蒼穹のグレムリン
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    「大義に殉ずるは須らく善なりて」
    18世紀イギリスの詩人、アーサー・モラビィアの言葉

 


 

以下は財団がSCP-1944-JPを捕捉する切っ掛けとなった事件である。

 

 

19██年██月██日、午前10時23分。

文筆家の西郷シン太郎氏は自身の妻と娘夫婦、そして担当編集で旧知の高嶋氏を連れた台湾への観光を計画し、自身が所有するプライベートジェット機「エクリプス」で空の旅を楽しんでいた。

西郷氏と高嶋氏は学生時代からの知己の仲であり、西郷氏がジェットを購入してからは何かとフライト計画を建てては二人で日本の空を飛び回っていた。

彼らにとって今回は初めての海外渡航だが、二人とも自分たちの技術がプロフェッショナルの域に達していると信じていたし、それは客観的に見たところで間違いはない事実であった。

ただし、不幸とは常に突然かつ理不尽に訪れるものである。

 

 

沖縄本土を越え、台湾の空港がある台北市まで数百キロとなった海上。

二人は代わり映えしない海上の景色に気が遠くなるのを嫌って、集中力が途切れない程度の雑談をしていた。

話の流れで西郷氏が高嶋氏に台湾での滞在記の構想を語っていたところ、自分の口調に眠気覚ましの雑談には似つかわしくない熱がこもり始めたのを感じた作家が自重し、話に一区切りをつける。

互いに次の話題を探す。そんな少しの沈黙の中で、高嶋氏が見つけたのは海上に浮かぶ大型船だった。

二人は知る由もなかったが、それはオーストラリアから出航した新型のタンカー船であり、この時13,000トンの石油を輸送中だった。

巨大船の迫力に感心した二人が揃って窓の外を覗き込んだその瞬間、ヘッドセットに強烈なノイズが走った。

船に夢中になっていた彼らは現実に引き戻され、計器に異常はないかとモニターとメーターに目を走らせる。

一見問題は無いように見えたが、しかし問題は計器ではなく、高度計によってパイロットに示されていた。

高度が落ちている。

 

 

操縦桿を引き、フラップのレバーを動かしても高度は下がるばかり。

また管制塔や他の航空機への通信を試みるも、聞こえてくるのはノイズばかり。

搭乗しているのは自分の家族である西郷氏が軌道の修正に尽力したのに対し、高嶋氏は半ば錯乱状態で無線通信を繰り返し試みていた。

やがて周波数の一つにノイズ以外のものを聞いた高嶋氏によってチャンネルが修正されると、雑音交じりながらもそのは確かに西郷、高島両氏のヘッドセット、そしてコックピットボイスレコーダーに届いた。

 

『ワレ、コレヨ…、…チクベイ……ドモノ……テイヘムケ、……カゼヲ……コウス…モノナリ!』
『ク…カエス!、ワレ、コ……リ、テキカン……ツゲキスル!』

 

この通信から200秒後、ジェット機は巨大タンカーに墜落。

小型ジェットのため航空機としては比較的低空を飛行していた墜落機にタンカーが気付いた時には、すでに回避の伝達も手遅れであった。

無防備な状態で航空機の体当たりを受けたタンカーは爆発。海上の石油火災のため消火活動が滞り、タンカーは七日間炎上し続けた。

鎮火後、タンカーからは乗組員40名の遺体と厳重に補強されているフレイトレコーダーが回収されたが、その他のジェット機の残骸は跡形も無かったという。

 


 

    「強いれば悪だ」
    墜落の直前、西郷シン太郎氏の呟き

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