SCP-KOの略史
評価: +1+x

全てはゲームから始まりました。2012年5月にContainment BreachとSCP-087-Bが生まれ、韓国でもアメリカやロシアといった他の国々と同じくらい大人気となりました。国中の人々がこのゲームをプレイし、話題にし、その起源を探っていました。

韓国でSCP Foundationが立ち上がり、コミュニティの人数が増えていった頃には、興味の中心はゲームではなくSCP記事そのものに移っていました。そこで2012年5月、韓国リグヴェーダWikiに韓国語翻訳サイトが設立されました。SCP-KRは大規模にして迅速な翻訳を開始しました。

SCP韓国地域司令部の設立者はMerlin Emrysで、共同設立者はscpfskhqでした。設立当初からこのサイトには非常に優秀な翻訳者が集まりました。ShfoakdlsやDevanos、QAZ135は最初の翻訳者であり、時折ここにDanielという名前のユーザーが加わりました。偉大な4作品であるSCP-173、682、087、096を始め非常に数多くのメジャーなSCPが翻訳されました。

このサイトの最大の競争相手としてDr. Kimという名前のユーザーがいました。SCP韓国地域司令部が成長すると、Dr Kimは自身のブログであるSCP-ROKを設立し、彼自身のSCP翻訳記事を作り始めました。彼はSCP韓国地域司令部のスタッフに連絡を取り、SCP韓国地域司令部の翻訳をROKで使わせてもらえるよう求めました。ライセンス上の問題からこの議題については他のユーザーとの相談が必要であり、すぐに返答を出すことはできませんでした。その代わり、スタッフは最終的な決定が下されたら返答すると約束しました。この問題について投票や議論が行われる中、Dr Kimは個人用wikiのような形式で新たに自身のサイトを開設し、ユーザーを集め出しました。

SCP韓国地域司令部のスタッフはこの進展に非常に驚いたものの、大ごとにすることは望んでおらず、Kimの行動を許可しました。1ヶ月後、Dr Kimは英語版SCP Wikiを訪れ、自身のブログをSCP Foundationの正式な韓国語翻訳サイトとして認めてもらえるよう働きかけました。メインページの履歴を見れば、彼のwikiが最初に追加されたのが確認できます。Dr KimはSCP英語版サイトのスタッフと相談をしておらず、単に自身の記述をページに追加しただけであるという点には注意してください。

SCP韓国地域司令部のShfoakdlsとDevanosがこの件について彼に連絡を取ったところ、彼は「SCP英語版サイトは私のブログをメインページに加えるか議論している」という旨の主張をしました。話し合いの中で、Dr KimはSCP韓国地域司令部と部分的に共存していく選択肢を持ちかけました。この時点でこの知らせについて調査した韓国司令部のスタッフはDr KimからO5 Commandに送られたメッセージを発見し、憤慨しました。そのため彼らはDr. Kimとの話し合いを打ち切り、WikiDotに韓国語版wikiを設立しました。

当時250本以上の翻訳記事が存在していたため、彼らはwikiの作成とメンバーの移転、翻訳記事の移行を行わなければなりませんでした。
WikiDotへの移転については以前からQAZ135が計画していましたが、Dr Kimとの騒動により移転計画は劇的に進行しました。その後英語版SCP Wikiとの数度の話し合いを経て、shfoakdlsとQAZ135とDevanosが設立したSCP韓国語wikiは満場一致で公式の韓国語版wikiとして認められました。このwikiはSCP-KRとしても知られています。

これらは全て2012年5月から2012年10月にかけて起こったことです。 - shfoakdls

騒動が全て幕を下ろした後、Devanosにより韓国語wikiは公式にDr Kimのブログに敵対すると発表されました。一方でDr Kimは謝罪をすると発表し、自分が謝罪すべき事柄について話し合うことを求めました。そのため2組のスタッフがこの議題と、正当性に関する議題について議論を継続しました。スタッフの時間を使いすぎたため、shfoakdlsとQAZ135は議論を止めさせました。2人はDr KimとSCP-ROKに反対する公式指針を全て取り消しました。

その後、DevanosとDr Kimの間で何度か対立があったことを除けば、SCP-KRは記事の翻訳とSCP韓国地域司令部からWikiDotサイトへのコンテンツの移行に専念することができました。ほとんどの翻訳記事が、翻訳taleも含めて韓国地域司令部にあり、ユーザーは常に流入し続けていました。DevanosはSCP韓国語wikiとその起源であるSCP韓国地域司令部との関係を終わらせることを望んでいました。しかし他のスタッフはこれに反対しました。彼らは「SCP韓国地域司令部の設立者は、全てのユーザーと翻訳が韓国語wikiに移るであろうことを承知しながらこちらのwikiプロジェクトを認めてくれたのだから、関係を断つのは無礼である」という旨を主張しました。

彼らにとってあまり良いこととは思えません。 - shfoakdls

管理者Devanosは、shfoakdlsとQAZ135がSCP韓国地域司令部との繋がりを断つことを望まなかったことに困惑しました。そのため長い議論の末、彼は管理者の地位を降りて一ユーザーとして残ることに決めました。2012/11/28のことです。Devanosが地位を降りた後は2人しか管理者がいませんでした1

その後2013/01/16、SCP-KRの母体サイトであったSCP韓国地域司令部は消滅しました。

全てのスタッフとユーザーがブロックされ、記事が削除され、サイトは完全に削除・破壊されました。SCP-KRのユーザーはこれを単にハッカーの仕業であるとみなしました。SCP韓国地域司令部を愛し、SCP-KRの代わりに韓国司令部を用いることを望んでいた人々のために大きなサイトを破壊し、小さなサイトを作成することが目的であると。残念なことに、このサイトの喪失と同時に、ユーザーの一人であったDanielの素晴らしい翻訳も失われました。彼は自身の作品をSCP-KRに移すことを丁重に断っていたためです。このサイトに起きた事件については多くの憶測が囁かれました。一例を挙げると

本件に関わったあるユーザーが、削除を行なったのはSCP韓国地域司令部の設立者であるMerlin Emrysに他ならないと打ち明けました。

Merlin EmrysはSCP Foundationの全てにうんざりし、ハッキングされて何もかも削除されてしまったふりをすることが素晴らしいアイディアであると考えました。
(主要な管理者の一人が自分自身でサイトを完全に削除することを決めたとき、事件は起こりました。気をつけてください、Roget。)- shfoakdls

この仮説を裏付けるものは匿名のユーザーの言葉だけです。そのためこれは絶対の真実であると言うことはできませんが、出された回答の中では最も詳細なものです。

この事件に際し、SCP-KRは小さいSCP韓国地域司令部とは全く別で無関係のサイトであると発表されました。その後は今日まで何事もなく運営されています。この頃からContainment Breachが韓国語に翻訳されており(クリエイティブ・コモンズ・ライセンスを含めて最新版のものまで対応)、チャットルームも作られました。

2014年1月6日、SCP-KRのISOが変更され、SCP-KOになりました。これはSCPモデレーターであるRogetの協力により連絡を取り付けたSophosBlitzの協力を受けて実現しました。

Shfoakdlsからエッセイの最後に以下の覚書を入れるよう頼まれました。これがSCP-KR wikiだけでなく我々、そして我々の共同制作に関わる全てのコミュニティにとっての手助けになるだろうという彼の考えによるものです。SophosはSCP-KRのドメインに自身の名前を加え、変更をとても容易にしました。そのようなわけで、この時からサイトはSCP-KOとして生まれ変わったのです。

今までたくさんのドラマがありましたが、これからもSCPは続いていきます。これからもっと良くなるよう努力していきます。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。