最初の報告書
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 サイト-8107のオフィスで、陰鬱な表情をした青年が、自らが先ほどようやく書き上げたとあるSafeクラスオブジェクトに関する報告書を注意深く読んでいた。
 彼が財団に異常ミーム学の研究員として採用されてからまだそう長い期間は経っていない。生来の慎重さが評価され、新人としては比較的早い段階で報告書の作成を任されたものの、その躍進に反して若き新任研究員の表情は酷く暗い。
 青年は財団という組織の前もっての警告と相反して、死亡事故が実際にはとても少ないと感じていた。少なくとも直近のサイト-8107で死亡事故は報告されていない。財団は人員の喪失にとても気を遣っているし、特別収容プロトコルに従ってさえいれば人員は基本的には安全だ。しかしそれは報告書の正確性あってのものだ。責任は重大だ、と彼は考えていた。
 青年は特別収容プロトコルの誤りを心配して先ほどから何度も、報告されているオブジェクトの性質と自分の報告書の間の視線の往復を繰り返していた。ロッカーの中に放り込んで用があるとき以外取り出すな、というだけの内容に瑕疵が存在するはずもないという事実に、彼は未だ気付いていない。
 そもそもこのプロトコルは収容チームが考案したものだし、実験も直接担当したわけではない。これまでに青年が担当した業務はオブジェクトの観察だけだ。オブジェクトの大まかな性質も彼の上司が事前にまとめていた。青年に任されたのは報告書の作成というより、実際には既に作成された文書を書き写す作業である。

とは言え初めての仕事だ。上司には、報告書が完成したら一度見せに来るように言われていた。


「面白い見方をしますね」
 上司が報告書を読み終わるのを罵声と叱責を予感しながら待っていた青年は、予想していなかった上司の台詞に、え、と間抜けな表情で反応した。
「ほら、ここ。観察記録」
 上司は仲間に餌をすべて食べられてしまった金魚のような青年の顔には目もくれず報告書を指し示す。
「え、はあ。そうですか? すみません」
「いやいや、謝らなくても。独特な見解だなと思っただけです。うん、成る程たしかにこう考えればわかりやすい」
 自分の見解が独特だなどと思ったことはない。観察から得られた知見を忠実に記述したつもりだった青年は、はあ、と間抜けな表情のまま返事をした。
「少々主観的な記述がありますが、まあいいでしょう。あとは細かいフォーマットのミスがあります。ここと、ここですね」
 あとはここです、と修正が必要な箇所を指摘する。何度も確認したはずの報告書に突如として出現したミスに青年は驚愕している。
「まあこのくらいは私が直しておきます。次は気をつけてください」
「すみません」
 いいですよ、と上司は微笑みながら答える。その後青年は出世し、輝かしいキャリアと資産を手にし、恋人との熱い恋愛の末に結婚し、幸せな家庭を築き、人類を護るために人生を全うした。


 みたいなのが理想なんだけどな、と青年は独り言ちた。
 報告書はまだ提出していない。青年は先ほどから一度も姿勢を変えず、性懲りもなく書類を睨みつけていた。しかし、少なくとも彼に気づくことができるようなミスはもはや報告書には残されていないということを青年は知っていた。
 そろそろ見せに行かなければ、と実はまだ名前を覚えてさえいない上司のデスクを一瞥する。
 続く十分の長い逡巡の後、青年は報告書を提出するべく立ち上がった。

 そして、心配性の新任研究員は席に戻り、再び報告書を眺め始めた。最後にもう一度だけ、ミスがないか確認することにしたらしい。

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