個人的なつながり
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「次の番号、どうぞ」スピーカーの向こうの声が低く呻った。

D-24461は殺風景なスチールのテーブルに体重を思い切りかけ、目の前の黒いダイヤル式電話機を見つめた。彼女は空っぽな部屋を、財団の研究者たちが回答を記録していると思しき方の壁を見上げた。「で、どこまで来たっけ?」

一瞬間があり、スピーカー越しにキーボードを打つ音をかすかに聞くことができた。「おそらく222-3381かと」反応があった。D-24461はスピーカーの向こうで命令してくる声の主に会ったことはなかったが、声から容易に彼を思い描くことができた。30代初頭、せいぜい5フィート6、長年コンピュータの前に座りっぱなしなせいで痩せて色白。D-24461は溜息をつくと、日焼けした指を電話のダイヤルに差し込んだ。「当ててよね」彼女は言った。「前のは腐った牛乳みたいな味がしたんだから」どういう訳か、その電話はダイヤルした番号ごとに違う味覚を感じさせた。D-24461が最後の数字から指を離すと再度酸っぱいミルクの味が口内に溢れ、彼女は受話器を投げ捨てて椅子から飛び上がった。そいつはコードの終端で無気力に弾んだ。

「マジ最悪」口から味を吐き捨てようと努力しつつD-24461は言った。何の意味もなかった。それは厳密に言うと本物ではないのだから。有り難いことに、他と同様に約10秒で消えていった。

「また腐った牛乳?」

「馬鹿野郎、なんだと思ったわけ?」こめかみを擦りつつD-24461は座り直した。「今度はちゃんと結果を書いといてよ」

「もちろん。じゃあ222-3382」

D-24461は溜息をつき、それから番号をダイヤルした。酸味が舌の側面を突き刺し、その感触に彼女は酸っぱい口をせずにはいられなかった。「あー、100%のレモンだ」


「次の番号」

D-24461はダイヤルした。222-3611。即座に彼女は咳き込み出した。「胡椒。てんこ盛りの胡椒」壁の向こうの研究者が規定の10秒が経過するのを待つ間、部屋には彼女の咳の音だけが響いた。

「次の番号」

彼女はダイヤルした。タルトフルーツの味が口に溢れた。「絶対りんごだ」

「もうりんごはある。もう少しく詳しく言ってくれ」

「こっちは酸味が強くなってる、だからもしかしたら青りんごかも?」

「ありがとう。次の番号」

またダイヤルした。「ううっ。木だと思う」彼女は一瞬味を熟慮した。「待って、子供の頃バーベキューでした味だ。多分ヒッコリー」

「なるほどね。次の番号どうぞ」

「ねえ、ちょっと休憩とかないわけ?」部屋の隅に据え付けられた小さなカメラを見据えてD-24461が立ち上がった。「もう3時間もやってんだけど! ここ2カ月毎日だし」

「続けるべきなんだが」スピーカーの声が言った。

「どうでもいいよ。変な味のしない時間が5分間欲しいわけ。少なくとも」

「……じゃあいいよ。準備ができたら言ってくれ」

D-24461はテーブルの端に座り、腕組みして目を閉じた。「セキュリティは呼ばない?」

スピーカーの向こうの声は小馬鹿にしたように笑った。「いちいち不服従のたびにセキュリティを呼びつけるようなマンパワーなんてないよ」彼は一瞬沈黙した。「ところで、分かったよ」

まだ腹を立てていたD-24461は立ち上がった。「何が分かったって? このクソ電話で千回もお電話1本味覚お届けやらされてるのはこっちだっつうの」カメラの代わりに顔を見てやりたいと思いながら、D-24461は睨みつけた。

「2カ月もやってるって言ったよね?」

「そう」

「俺は結果のカタログ作りで3年になるな」

「オー」彼女はゆっくりとテーブルに座り直した。「それクソじゃん」

「まあね」

2人とも無言だった。沈黙を破ったのはD-24461だった。「あんた、名前なんつうの」
「俺? それは教えられないな」

「なあに、教えたら大事なデータに傷がつくとか言うわけ?」

「あー、別に。でも……」

「でも何? じゃああたしから言うよ。あたしはフランセスカ、みんなにはフランキーって呼ばれてる」

「分かった分かった。俺は、うーん、ジョナ」

「ジョナ?」D-24461がフランキーが笑った。「なんつー白人の子供の名前。で、ジョナ、あんたの鯨は何1? 何を追いかけてんの?」

「ジョナは鯨を狩ってた訳じゃない。神がそいつを遣わして教訓を与えるために彼を飲み込ませたんだ」

「ハッ、ほんと? じゃああたしは誰だと思ってたわけ?」

「多分エイハブかな。白鯨の」

「分かった分かった。日曜学校には真面目に通ってなかったもん。それか国語か」彼女は顔をしかめた。「うーん、じゃああんたは何の教訓を学んでるわけ?」

「それが分かったらな」ジョナが言った。「でも怪物に食われてる気分なのは間違いないな」

「あたしもだよ」

再度少しの沈黙があった。今度口を開いたのはジョナだった。

「それで、えー、気を悪くしたら申し訳ないけど、君はなんでここに?」

「なあに、このクソをテストしにみたいな? あんたらの人がムショで20年やる代わりにここなら5年でいいって言ったの。そんなのみんなやるよね?」

「待って、20年?」ジョナが不信の声を上げた。「死刑囚じゃなかったのか?」

フランキーは腰に手を当てた。「そんな訳ないよ! あんた何やったって思ったの?」

ジョナは躊躇した。「知らない。上はいつもDクラスはみんな人殺しかそれ以下だと」

フランキーは笑った―荒い、けたたましい不信の笑いだった。「ないない。銃とか触ったことないし。彼氏が仲間と銀行強盗してて、逃げるときの運転手してたの。あたしがこんな長くぶち込まれることになったのはただどっかのアホなおまわりがうちらを止めようとしてバンの前に出てきたせい。警官に対する殺人未遂だってさ。信じられる?」

彼女と一緒にジョナは神経質に笑った。「いや。でもその5年が終わったら君はどうなる?」

「刑務所に会いに来たスパイは自由になれるしか言ってなかったよ」

「できると思う。多分最初に記憶処理剤を投与するだろうけど」

「今度はを投与するって?」

スピーカーが甲高い音を立ててフランキーは怯んだ。ジョナがマイクをひっくり返してしまったに違いない。元に戻される静かな物音がした。「話すべきじゃなかったな」彼はしばらく黙った。「まあいいよ。Dクラスと雑談するのが問題なら大差ないし。それで、あー、記憶処理剤だけど。それは記憶を改変する薬なんだ。よく知らないけど、当然君がここにいた間のことを全部消せるだろうな」

「今度はなんか想像のやつなわけ」フランキーが言った。「でも残念。ママに刑務所でどうしようもないクソじゃない人に会ったって言いたかったのに」ジョナは答えなかった。「あんたのことなんだけど、クジラくん」

「え! あぁ。ありがとう」ジョナはもごもご言った。

「どうも、お気遣いなく。で、あんたが訊いたからあたしもお返ししなきゃいけないんだけど。あんた、どうしてこんなクソの極みみたいな仕事することになったの?」

「よく分からない。財団は雇い主から直接俺をリクルートして、単純な異常オブジェクトいくつかから始めてからセキュリティクリアランスをアップグレードすると言って研究チームに入れた。それから3年経ってご覧の通り、まだ同じことをやってる」

「それマジでひどいね。会社がどれだけ秘密かじゃなしに、上司ってのはお給料上げたくないもんさ。まあここの上司は“持ってる”と思うけど」

「多分ね」ジョナが言った。「かなりの秘密主義だ。大半の人は何者なのかすら知らない」

「マジで? ヤバいじゃん。でもこういう秘密組織だとありそう」

「多分そうだよ」

また沈黙があったが、今度は緊迫感に溢れたものではない、自然な会話の休止だった。フランキーは手を1拍鳴らし、椅子に戻ると受話器を手に取った。「よし、再開しよう。何番だっけ?」

ジョナが音を立ててコンピュータに戻った。フランキーは含み笑いした。「うーん、222-3613だな」

フランキーは番号をダイヤルした。「ジョナ」彼女はからかうように節をつけて言ったが、もはや腹を立ててはいなかった。「また木の味。気をつけてよ」

「くそっ、ごめん」

「ハハッ! 白人少年も悪態つけるんだ。よし、じゃあ3614は?」彼女は再度ダイヤルした。「ちょっと、今度はハンバーガー! やっといいのが出てきた。ちょっと待って、もうちょいかけさせて」

彼らは奮発して次々に番号をダイヤルした。相変わらず退屈ではあったが、それでも多分なんとなく、少しだけましだった。

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