述懐、あるいは
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ここは禁煙だよ、なんて今は言うだけ野暮だろうね。いーよ、気にしなくて。どーせここにいるのは、もうの2人だけだ。

はぁ…僕ももう歳だねー。君に会ったら何か言いたいことがあったはずなんだけど、どーも上手く言葉に出来ないや。軽妙で小粋なお喋りこそが僕の持ち味だったはずなんだけど。あはは、でもまー、考えようによっては、こーして多少なりとも舌が回ってるっていうだけでも儲けものか。…うん、そーだね。この際贅沢は言わないことにしよう。

ねぇ、煙草をちょうだいよ。服に臭いがついちゃうからもうずっと吸ってなかったんだけど、君を見たら何だか急にまた吸いたくなっちゃって。……ん、ありがとう。……ふぅ、ああ、美味い。…良かった、味わい方はどーやらまだ覚えてたみたいだ。実を言うとさ、吸うのがかなり久しぶりだったものだから、1口目でむせちゃったりしたらどうしよう、って思ってたんだ。ほら…だってそんなのカッコ悪いじゃないか。あはは、カッコつけなんだよね、僕って。

……うん、それにしても本当に随分と久しぶりだ、こーして紫煙を燻らすのは。僕の周りには愛煙家が1ダースはいたものだから、パイプから水煙草に至るまで馴染み自体はあったんだけど。ええと…あれ、ひょっとしてこの前に最後に吸った煙草って……あはは、うん、そうだ、間違いない。黒シャツ隊の連中から分捕った戦利品、もとい鹵獲した補給物資の中にあったのだ。…あれは人民解放戦争の真っただ中のことだったかな。前線基地への夜襲が成功した次の日の朝に、戦利品の中にイタリア製の葉巻を見つけたミランが「こいつでささやかだが勝利を祝う宴としよう」って言って…どう考えても明らかに彼が吸いたいだけだったんだけどさ…そっかぁ、もうそんな前になるのか…道理で。

ねぇ、これはなんていう銘柄の煙草なの?……あー、そうだ、君は寡黙な男なんだったねー。あはは、なけなしの力を振り絞ってまで喋ってるよーな男とは真逆だ。ちょうどスーツの色も正反対だし。…でもしょーがないよね、それが僕なんだもの。僕はその瞬間まで僕でありたいんだ。矜持…じゃないけどさ。…ん?そー言えば誰かが君と話そうとした記録ってのはなかったんだっけ?もしそーだとしたらみんながみんな僕みたいにお喋りじゃなかったってこともないだろうから………はぁ、まー、いーや。今その理由がふと理解できた気がしたんだけど、生憎僕はそれほど出来た人間じゃないみたいでね。

ふぅ……。

僕はさ、死ぬこと自体は別に怖くないんだ。地獄に落ちろって言われた回数なら数えきれないけど、少なくとも僕はそんなものは存在しないって思ってるからねー。だって、ほら、僕は彼らがいうところの根っからの共産主義者komunistなんだもの。それにそもそも、そんな感傷はとっくの昔に、学生時代に通ってたカヴァナにでも置き忘れてきちゃったものでね、なーんて、あはは。…僕も立派な異常存在であることを考えると、呪術師がそうであるべきように、死してそのまま土に還ることは十中八九できないんだろーけど…まー、それでも死とは恐れるようなものじゃないよ。花は枯れても種を遺すように、人は死んでも仕事を遺す。僕が遺した仕事は誰かが必ず引き継いでくれる、そうだろう?人類はこれまでそうやって発展し続けてきたんだから。…ただ、1つだけワガママを言わせてもらうとしたら、もう1度だけでいいから祖国の土を踏みたかったな…叶わない願いだってことは分かってるんだけど、さ。僕の祖国はね、良い国だったんだよ……本当に。

…後悔はしていないよ。僕は自分で考えて、自分で決断して、自分が為すべきことを、自分で為した。後悔なんてあろうはずがないじゃないか。…後は彼らがきっと上手くやってくれる。彼らのような若者たちこそが未来なんだ、未来を守ったと考えれば、僕のような色男になかなか相応しい最期じゃないか。うん、上出来だ。強いて言うなら、コートとスーツがダメになっちゃったのは残念だけど。オーダーメイドだからね、これ。素材にもこだわってたんだよ?気に入ってたのに、ぐちゃぐちゃだ。まったくもー、ひどいことするんだから。帰ったら雨矢ちゃんにオーダーを……って何を言ってるんだか。あはは、うーん、ダメだねー。自分でも自分が何を言ってるのか分かんなくなってきちゃった。……ふぅ、そろそろ、なのかな。

悪くない人生だったなんて口が裂けても言えないし、思い残すことがないだなんてこれっぽっちも思えそうにない。でもまぁ…1つだけ確実に言えることがあるとしたら、決して悪いことばかりの人生でもなかった。うん、それはきっと間違いないことだし、誰にも否定できないことのはずだ。最期の話し相手にもこーして恵まれたしね?…あはは、まー、もっとも僕が一方的に話しかけてただけなんだけどさ。…ねぇ、ことのついでに聞くんだけどさ、ひょっとして君は…君は僕より先に行った友人たちのことも、こーして見送ってくれたのかい?もしそうだとしたら…ありがとう。彼らは1人じゃなかった。それが分かっただけでも、すごく楽になったよ。

…ヴァレンティナには酷なことをしちゃったな。でもね、あれが最善手だったことは間違いないんだ。感情論じゃないよ、仕事には私情は挟まない主義なものでね。僕はこー見えて完璧主義者なんだ。あはは、ただ単に凝り性なだけともいうんだけどね。とにかく仕事は最後まで完璧にこなさなきゃ、もやもやしておちおち死ぬこともできやしない性分なのさ。……彼女はちゃんと彼らと一緒に…いや、それは心配するようなことじゃないな。なんてったって彼女は僕の最高傑作なんだから。ふふ…思えば無茶ばかりさせてきた、なーんて言ったら、「なーにを今さらッスか」とか返ってくるんだろうなぁ……。僕の愛しいヴァレンティナMoja mila Valentina、来週お花見に行く約束守れなくて、ごめんね。

はぁ…眠いや。ねぇ、最後の最後にもう1つだけ聞くけどさ、君が僕の前にこーして煙草の火を分けに来てくれたのは、僕のことを孤独な人間だと思ったからなのかい?…あはは、だよねー、やっぱり答えちゃくれないよねー。まー、いーさ。ちょっと寂しいなって思っちゃったのは嘘じゃないから。

……Sreće proleterima svih zemalja万国の労働者に幸あれ. Drugovi i drugarice, sada ću ići k vama i ja同志たち、今僕もそちらに行くよ.

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