マッチポンプ
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 サイト8181カフェエリア。人々は皆一様に笑顔を浮かべてこの善き日を楽しんでいた。カフェには楽しげなクリスマス・ソングが流れ、部屋は煌びやかに飾り付けられている。その中でも一際大きな飾りで満載された一角……誰が呼んだか粛清エリアのモミの木に、ミニスカサンタのコスプレをした一人の冴えない青年が飾り付けられていた。誰あろう峰研究助手である。全身に電飾を巻きつけられ、目立つことこの上ない。

「うう……なんでこんなことに……先生、あんまりです……」

 輝くイルミネーションとは裏腹に暗い顔をして俯く峰助手。先生は逃がしてくれると約束したのに、凄まじい速度でどこかに飛ばされたと思ったらそこは長夜博士の手先でいっぱいのカフェエリアだった。あの人にほんの少しでも期待した僕が馬鹿だった! と心の中で叫ぶ。と、そんな彼に声をかけるものがあった。

「やあ峰君。そんなに足を出していては風邪を引くぞ」
「あ、せ、先生!?」

 紙皿に山盛りのポテトサラダを手に、阿藤博士がそこにいた。クリスマスだというのにいつも通りぱっつんぱっつんの芋ジャージを着て、堂々たる姿である。峰助手が大声を上げたことでふいに周囲の目を引き、やがてその目は阿藤博士に留まった。人々がやにわにざわつく。

「阿藤博士?」「阿藤博士だって?」「本物か?」「実物はじめて見た……」「研究室から出れたのか」「相変わらず芋ばっかり食ってるぞ」「なんでジャージ?」「なんでぱっつんぱっつん?」

 そのような人々の騒ぎをまるで無視して、阿藤博士はぐるりと辺りを見渡す。粛清された男達の屍が飾り付けられ、嘆きの声が響き渡る粛清エリア。

「まさに悪夢的光景というやつだな。気分はどうかね」
「先生こそ、よくも僕の前に顔を出せるものです。今僕はあなたのせいでこんな恰好を強いられているというのに!」

 峰の非難をどこ吹く風と受け流し、大口を開けてポテトサラダを食べる博士。

「私は君の要望通り君を楽にしてあげようと思ってやったのだよ。せっかくのめでたい日に延々逃げ回るのは辛かろう、いっそ一思いに楽にしてやった方が君のためだとね」
「なんて人だ。人間の情というものがないのですか」
「ところで、長夜博士は不在かね? 姿が見えないが」
「博士は現在外出中です」

 阿藤博士の問いかけに近くにいた長身の女性職員が答えた。峰君が怯えているところを見ると彼女も長夜博士の一派なのだろうな、と当たりを付ける。ヒドイ目に遭わされたに違いない。周囲をよく見ればパーティを楽しんでいる職員とは別になにやら警備を行っていると思しき者が数人見受けられた。

「そうかね。まあ居られないのであればいい。大した用があったわけでもないしな」

 私はメイン会場の料理を楽しんで来るとするよ。と手を振り立ち去ろうとする。その背中に峰助手が悲痛な声を投げかけた。

「先生! 助けてください! 後生です、一生のお願いです」

 阿藤博士が気だるげに振り向く。紙皿に一杯だったポテトサラダは消え去り、逆の手にローストチキンが握られていた。

「何が不満なのだね。クリスマスの華やかな雰囲気の一助となり、隣には女性を侍らせている。悪くないじゃないか」
「本気で言っているのですか! 僕だって美味しい料理を食べたい、みんなと一緒にクリスマスを楽しみたいんですよ! というか、こうなったのは先生のせいでしょう! 責任とれ!」

 騒ぐ峰を近くにいた長夜博士の手先達が封じ込めにかかる。峰はささやかな(本人にとっては精一杯の)抵抗を行ったが、縛られていてはどうにもならない。あっという間にさらにきつく縛り上げられ、口にはイルミネーション付のクリスマス仕様ボールギャグを噛まされた。哀れな研究助手の口元が楽しげに輝き、冴えない顔が今にも落涙せんばかりに歪む。阿藤博士は彼を見つめてしばし思案すると、その口元に邪悪な笑みを浮かべた。
 ローストチキンを一口で噛み砕き、周囲に響き渡るような低く威厳のある声で告げる。

「そこまで懇願されては仕方ない。ほかならぬ峰君の頼みでもあるし、助けてやろう」

 その言葉に周囲にいた長夜派の職員が警戒を強める。幾人かがゆるやかに阿藤博士を取り巻いた。博士は鷹揚に微笑むと、今度は優しげな声で峰研究助手に呼びかける。

「峰君、走る準備を。それと、これは貸しだからな。覚えておき給えよ」

 峰の目が今度は歓喜の涙に潤む。全身の装飾がパッ、パッ、と点滅した。博士を囲む警戒網はいよいよ緊張を強くし、今にも飛び掛からんばかり。粛清エリアが剣呑な雰囲気に包まれる。

「あー、そこの君」

 その緊張を破るようにして、不意に阿藤博士が手近な女性職員に声をかけた。彼女こそ長夜博士の不在を告げたあの女性である。

「……なんでしょうか」

やや表情を硬くしながらも、努めて平静を装い応対する女性職員。

「ペンはあるかね」


「いやありがとう。助かったよ。普段は持ち歩いているのだが……」

 渡されたペンで先程までポテトサラダの乗っていた紙皿に何事かをサラサラと書きつけていく阿藤博士。周囲の人のみならず峰助手までもが何をしているのかと訝しげに彼を見つめる。

「では君、これを長夜博士に」

 言いながらペンと紙皿を女性職員に渡す。彼女が書かれた内容を見るより早く、阿藤博士は動いた。

「そしてこれは私からのクリスマス・プレゼントだ」

 はっとして手元を見ると、そこには紙皿とペンの他に小さな煙玉が握られていた。たちまち小規模な爆発によってツリーの下が煙と混乱に包まれる。周囲が何事かとそちらを見やると、峰研究助手を連れた阿藤博士が誰よりも早く煙から飛び出してくるところだった。

「さらばだ諸君。メリークリスマス&よいお年を!」

 時候の挨拶と共にいくつかの料理をひっつかみ、小太りの見た目からは考えられないほど俊敏な動きで博士が駆け出す。すぐにその後を追うようにして数人の職員が煙から這い出してきた。

「逃がすな!」「追え、追え!」「俺も連れてってくれー! 博士ー!」「俺もー! 逃がしてー!」「あの芋野郎!」「捕らえて吊るせ!」「撃て、いいから撃て!」

 人々の悲鳴と怒号でカフェエリアが満たされ、かなりの人数が阿藤博士と逃げ出した峰助手を捕らえようと駆け出していく。クリスマスムードだったカフェエリアは一変、戦場のような騒ぎとなり人々が右に左に入り乱れた。追いすがる粛清部隊、叫ぶ男女、この機に乗ぜよとばかりに脱出を試みる男達。しかしそれもほんの十数秒の事で、粛清部隊は二人を追って飛び出していき、男女は去り、脱獄を試みた男達は残っていた粛清部隊に更なる粛清を受けた。嵐のような騒ぎが過ぎ去った後、カフェエリアは妙な沈黙に包まれた。取り残された誰もが今の騒ぎはなんだったのかと顔を見合わせている。
 煙が晴れたツリーの下で呆然と立ち尽くすのは紙皿を受け取った女性職員である。彼女は今更のように阿藤博士から受け取った長夜博士へのメッセージの事を思い出すと、手元の紙皿に視線を落とした。

長夜博士へ

前略

 助手は返して頂く。貴君もいいかげん許すことを覚え、もっと大きな心を持ち、植物のように平坦な気持ちで生きることを心がけるよう勧める。具体的には鏡の前で座禅など組むのが良いだろう。目標とすべきものがきっと見えてくるはずだ。
 
                                           草々

追伸―クリスマス限定のコンビニスイーツをお先に頂いたが、非常においしかったよ。君にもオススメする。

                                         阿藤より

 女性は怒りよりも脱力を覚え、その場に膝から崩れ落ちた。結局、あの博士は自らの手で助手をここに送り込み、自らの手で救出していったのだ。マッチポンプもいいところだ。

「何しに来たんだ、あの人」

 誰とも知れぬ者が呟いたその言葉は、しかしその場に居る全員の総意だった。


「……結局何がしたかったんですか、先生」
「ふむ? せっかくのパーティなのにあんなところに吊るされている助手を哀れんだだけさ」
「あなたが吊るしたも同然です」
「あれは仕方のないことだった。試運転の必要があったしね。カフェエリアに送ったのは手順の省略だ。あのままではいずれ捕まっていただろうし、めったにない体験が出来たろう?」
「めったにない体験なんてもうお腹一杯……試運転? もしかして僕をアレの試運転に使ったんですか!?」
「いいじゃないか。楽しみ給えよ、君。忘年会だぞ」

 博士は邪悪な笑みを浮かべ、助手は背筋を寒くする。

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