阿鼻残業
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事件が収束し、静かになった施設内。それでも医師達は、広くない医務室で各々声を張り上げる。
患者用の丸椅子に腰かけた女はうっとりと、頬に手なぞを添えながらひたすら話し続けていた。
医師は各種記憶処理剤を視界の端に入れながら女の話を聞いている。
 
 
「いきなりの警報に驚いていた私の前に、雄々しい悪態を叫びながら扉を突き破って現れたあの姿は最高にクールだったわ!
 可哀想に怯えているようだったから、私は運命に導かれる様にあの手を……手よね? とにかくあの、少しぬめった太くて大きな、うふふ、それを両手で包み込んで、生まれてはじめてのプロポーズをしたの。心配しないで、私が守ってあげるからって。
 警報はなかなか鳴り止まないし、何が起こっているかは分からなかった……いえ、何か言っていた気もするのだけど、そんなのどうでも良かった。私はあの方になら、何だってしてあげたいと思ったの」
 
 
事態は収束した。事態は、だ。
くそ面倒な成さねばならない後処理は山ほどあった。
如何せん、今回の被害は予想以上に大きすぎたのだ。 
頬を赤らめて喋り続けるこの女や、後ろで似た様な事を喚いている機動部隊の男。
まだ十数人いる患者たちには、情報の共有と暴徒化を防ぐための手枷足枷と猿轡をして待機させている。
別室では今頃対策本部が立ち上がり、今回の件について話し合いが行われている頃だろう。

けどそんなこと、我々にはぶっちゃけ知ったこっちゃねえ。
さっさと注射でもなんでもブチ込んで終わりにしたかったが、曝露者に関するレポートを作成しなくてはならないのだ。
隈を散らすように揉みほぐしながら、辛抱強く話を聞いているのはそのためだった。
気を抜くとせり上がってくるFから始まる暴言を飲み込み、音声が録れているかの確認をしながら、会話の内容をパソコンに打ち込んでいく。
 
 
「忘れられないわ、あのしなやかに動く、力強いモノ……、何もないのよ、他意はないのだけど。あの方は、部屋に戻ってしまったの? あそこは窮屈ではないかしら。ちょっと言っておけば、あんなのいくらでも」
「分かった。分かったから。あいつ…アレはあそこが好きなんだ。だからきみは、少しボーッとしていような。それがいい。
 って、おいそこ、それは違うやつだろ。そいつにはC処理! 舟をこぎながら薬を持つな!
 俺だって今日は娘の……あぁくそ、休みたきゃとっとと捌け! だから起きろっつの! マジでおま……お前、ふざけんなよ!

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