また、あう日まで。
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月明かりもなく、暗い、暗い夜だった。
荒涼たる大海原、南太平洋の海上に一隻の潜水艦が遊弋していた。
その姿は、戦史に名高き海の狼Uボート。その道の人間ならば、それがVII型だという事も分かっただろう。

艦橋には、艦長ただ一人が立っていた。その人は暗い海面を見つめて大嘆息をもらした。

なんと、なんと無様なことだろうか。

これが、あの艨艟達の成れの果てだと言うのだろうか。

この海にただ七隻君臨した戦艦も、太平洋の覇権を争った航空母艦も。

大海原を駆け回った艦も、陰になり日向になりと艦隊を支えた給油艦も。

すべて、すべてがこの醜悪なる残骸の塊となってしまったのか。

艦長は天を仰ぎ、この閉じた海を呪った。何時まで艨艟達を縛り付けておくのだろうか。
こんなにも狭く、終わりのある海で朽ちるにはあまり惜しい艦ばかりではないか。

艦長はふと、北へ視線を向けた。二隻の船が潜水艦へと向かってくる。二隻の船が何者かは分かっていた。
普通なら魚雷を御馳走するところではあるが、艦隊司令部の命令には背けない。

財団所属船舶との戦闘は厳に控えよ!特別の命令の無い限りは!

急速潜航。艦長の号令一下、艦内にはブザーが鳴り響き、乗員は粛々と持ち場に就く。
周囲に泡が沸き立つと同時に、潜水艦は急速に海面下へと沈み始める。20秒とかからぬうちに艦影は暗い海へと没した。
10m、20m、30m、操舵員が深度を読み上げていく。暗黒の深海へと艦は降りていく。もっと、もっと深淵へと降りていく。

やがて、艦長の周囲から全てが消え始める。

灯りが消え、

乗員が消え、

間近の副長が消え、

船体そのものも消え去った。

暗い、暗い空間の中で艦長は一人呟いた。その視線の先に艨艟達を見遣りながら。

いつか、いつか必ずお前たちを連れ戻してみせよう。

艦長の体が消えていく。際限の無い海へとかえるために。

また、あう日まで。

それが閉じた海に残した最後の言葉だった。

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