名前:風呂屋敷"フロシキ"啓子
セキュリティレベル:1(職務上必要な場合は3まで許可され、その後記憶処理を受けます)
クラス:C
所在:必要な場所
業務:サイト間の情報伝達 通訳 フロント企業との連携 要注意団体との接触/偵察/潜入/調査 言語学もしくは量子力学を用いた研究への参加
現在対応可能な言語:日本語 英語 中国語 ロシア語 フランス語 韓国語 ドイツ語 アラビア語 イタリア語 スペイン語 ヒンディー語 ポルトガル語 ベンガル語 ベトナム語 ラテン語 ヘブライ語
来歴:日本国東京都出身。██大学在学時、アメリカ合衆国への留学中にGOC傘下団体と財団の交戦に遭遇。その際の対処の腕を買われ、██大学院卒業後財団へ就職しました。
人物:エージェント・フロシキは要注意団体に関連した任務以外では、常に風呂敷を背負った日本人女性です。年齢は29歳、身長16█cm、体重5█kg、黒髪を背中半ばまで伸ばしています。また、目の色が薄い水色ですが単なる遺伝であると判明しています。任務に際し、ほとんどの場合黒いスーツを着用しています。酒豪ですが禁煙家であり、彼女の半径3mでの喫煙は推奨されません。
類稀なる言語習得能力を有しており、通常の習得方法を用いずに母国者と違和感なくコミュニケーションを取れるレベルまでマスターすることができます。しかし、任務中以外では伝法調と山の手言葉の入り混じった奇妙な口調で日本語を操ります。また、量子力学についても博士号レベルの知識を持っています。
量子力学をちょちょいとお勉強なさりゃあ、どなたさまでもこんくれえは朝飯前にこなせますわよ ──エージェント・フロシキ
エージェント・フロシキの主な任務は現地住民と財団職員、収容時複数の地域の財団職員間での多言語同時通訳です。通訳任務の無い場合は、電子上でのやりとりのできない情報をサイトやフロント企業上層部に連絡する"郵便屋"を務めています。就職直後は要注意団体への諜報活動を頻繁に行っていましたが、面が割れてきたので現在は行っていないようです。また、その言語学への造詣の深さから、解読研究への招聘も度々行われています。
そのふざけた口調のように、極めて俗物的で快楽主義的な性格の持ち主であり、財団職員へのランゲージ・ハラスメント行為が問題視されることがあります。しかし、任務に関しては誠実かつ理性的な態度で臨むため、"人が変わったよう"だと言われています。風呂敷を背負って任務に参加している場合、彼女以外では再収容できない量の"必要物資"が入っているため、第三者が彼女の風呂敷に触れることは推奨されていません。
職員からの一部コメントと回答:
貸した3万円早く返してください ──██研究員
んんん、貴方に借りたのは競馬の負け分でござあしたっけ?それともカジノ?賭け麻雀?パチだったかしら…… ──エージェント・フロシキ
合コンで酒ガバガバ飲んで若い子に絡んでましたよ ──██博士
人聞きの悪いことおっしゃってんじゃねえですわよ。 ──エージェント・フロシキ
たまに高そうな赤いスーツで仕事してますよね ──エージェント・███
あら、わたくしそんな上等なものは着たことありゃしませんわね。人違いじゃねえかしら。 ──エージェント・フロシキ
アフリカの雄大な自然の中を、一機のプライベートジェットが飛行──いや、墜落している。
高度を徐々に落としながら、ふらふらとあてどなく飛ぶ様は、もし見る者がいたならばパイロットの不在を強く感じさせただろう。
飛び方と同じく、機内も惨憺たる有様だ。
乱雑に散らばった調度と血痕、床に横たわる数人の男から、客室はこの飛行機で何があったのかを暗示するものとなっていた。
かろうじて生きているのは、もはやコクピットにいる二人の男女のみとなっていた。
男は身動きが取れないように縛られ、床に転がされている。
女は操縦席に噛り付いているが、左の脇腹から流れる血の量から、そう長くは持たないことが窺えた。
「──これで、よござんしょ。回収指定ポイントと座標はそうずれやがりませんわね・・・・・・ああ、疲れた」
何処かとの通信を終え、計器に張り付いていた姿勢から女──エージェントフロシキは軽く伸びをした。
そのまま、傍らにあった風呂敷からライターと煙草を取り出し、一服する。
「おい」
「なあに、カオスのスパイさん?一本いる?」
紫煙を吐きながらフロシキが呼びかけると、男は眉を顰めながら口を開いた。
「アンタ、嫌煙家なんだろ。それに、もっと奇妙な口調でしゃべっていたはずだ」
「あら・・・・・・ああ、そうか。あなた、襲いやすい職員を調べて仕留めてたんだっけ。残念だけど、私はハズレよ」
どういうことだ、と怪訝な表情を深めた男にフロシキは畳み掛けるように語る。
「おかしいと思わなかったのかしら。年齢やら、外見やら、仕草やら性格やら口調やら。財団の人事ファイルが、何故あれほど事細かく書いてあると思ったの?何となく?ちょっとしたユーモア?財団が、そんな組織だと思ってたわけ?」
「替え玉だっていうのかよ。そんなことをしてなんになる」
「あなたみたいな間抜けは捕まえられるわね」
瀕死の人間の戯言だと受け取った男に、フロシキは悠々と反論する。
彼女の唇の端から、一筋赤いものが伝い落ちていった。
染料が落ち、茶色くなっていく髪の毛をかいているフロシキの傍で、男が呟く。
「まさか・・・・・・ありえない。上っ面をコピーしようが、頭脳は出来まい」
「そうね、流石に全員を"そう"するのは無理でしょうね。ただ、"私"は、エージェント・フロシキはそうできたというだけ」
「それでいいのか」
「え?」
二本目の煙草を吸い始めたフロシキに、男は真剣な、いっそ身を案じるような眼差しで告げる。
「それでいいのかよ。そんな扱いで、他人の名前を名乗って、それでお前は満足なのか」
「・・・・・・何か、思い違いをしてないかしら」
煙草を勢いよく──瀕死にしてはだが──揉み消し、フロシキは一言一言、はっきりと宣言した。
「財団が無理やりやらせてるんじゃないの、"私"たちは自分で選んだの。エージェントや職員として個人の名前を残すより、こちらの方が貢献できるって判断して選んだのよ。」
絶句している男を横目に見ながら、フロシキは目を閉じる。
先程から感じる圧力から、地面との衝突までもう幾何もないように察せられた。
「最後に一つ、教えてくれ」
往生際が悪いのか、男がまだフロシキへと話しかける。
「何かしら。もう余り、時間がないようだけど」
「お前の・・・・・・お前の、本当の名前はなんなんだ」
女は嗤った。嗤いながら、吊り上がった唇の端から血を滴らせながら、
「さあね」
瞬間、衝撃とともに全ては炎へと包まれていった。
『──然公園で発見された小型旅客機から、邦人男女二名の死体が新たに発見されました。二人の身元は、日本から新婚旅行に来ていた──』
ざらついたラジオの音が目覚まし代わりになったのか、女は微かに震えながら、ゆっくりと目を開けた。
「気がつかれたようですね。・・・私が誰か、わかりますか」
女と向かいあうように座っていた壮年の男が、目覚めたのを確認するかのように問いかける。
女は首を縦に一度振り、ハスキーな声で答えた。
「ええ。諸知博士。爽やかな朝、とはなかなかいきゃあしませんけれど」
「それはよかった。では、もうおわかりのこととは思いますが──」
「結構よ。活動中の一人がしくじって、おまけに死ぬ前に余計な手前事をぺらぺらしゃべりやがったんでございましょ」
男の説明を遮るように大袈裟に左手を振ると、女は深く腰掛けていた姿勢を正し、脚を組んだ。
「で、私たちが再教育されたって塩梅になりますのね」
「はい。今後このような事態が起こらないよう、ある程度の措置を取らせていただきました。早速ですが貴女には、前任者の担当地域へと向かってもらいます──よろしいですか?」
度の強い丸眼鏡の奥から、男の瞳が女を試すように覗き込む。
「勿論。だってわたくし、エージェントですもの」
女──"エージェント・フロシキ"は、彼女らしい笑顔で頷いた。