『N/A倉庫』の休日
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京都近郊の保管サイト-81██。そこはすでに研究し尽くされ、危険性を持たないと判断されたSCiPを収容するサイトである。NeutralizedクラスやAnomalousアイテムばかりが保管されるため『N/A倉庫』などと呼ばれている。
財団エージェントたちの間では、このサイトへの転属は左遷だと考えられていた。大きな失態を犯したエージェントはこのサイトへ飛ばされ、よほどの功績を上げねば再び異動する事はできず、出世も出来ずに死ぬまでこのサイトに縛り付けられるのだ……と、まことしやかに噂されていた。何しろ、『N/A倉庫』は安全極まりない。収容オブジェクトよりも玄関前の路駐のクルマの方に悩まされる、などと言われるほどで、トラブルシューターたるエージェントが解決すべき問題がそもそも存在しないのだ。
サイト-8181の支部史編纂室(財団日本支部に起こった出来事を、日々編纂し、書類にするのがお仕事。当然、その内容は機密性が高く、書いたそばから検閲され、ほとんどを黒塗りされてしまうので誰にも読まれない。通称『賽の河原』)でさえ震え上がる、閑職中の閑職。それが『N/A倉庫』所属のエージェントである。
「本日よりこのサイトへ配属となりました、エージェントのP田です」
憮然とした表情であいさつした若手エージェント、P田はそこに配属となったのだった。
「ようこそようこそ、保管サイト-81██へ。まあ、ここじゃエージェントが必要になる事なんて滅多にないから、気楽にしていてください」
P田を出迎え、対照的なニヤニヤ笑いでそう言ったのが、サイト管理者のV川である。そして、この2人が現在のところ保管サイト-81██に所属する全人員なのであった。
「それじゃ困るんです。手柄を上げられないじゃないですか」
一転して鬼気迫る表情になるP田。一方、V川のニヤニヤはさらに大きくなるのだった。……おそらくだが、彼は自分が慈愛あふれる、にこやかな笑顔を浮かべていると思っている。
「ああ、まあ、近所で大きな事件があれば、うちにも応援要請が来る事がありますから」
かりそめの慰め。そんな時は大抵、超のつく緊急事態で、数年に一度あるかないかだという事はP田には伏せられた。このサイトへ飛ばされてきたエージェントは、みな躍起になって失態を取り返そうとする。同じような会話を、V川は過去に何度かしてきたのだ。いつだったかのように、逆上されて殴られたくはない。
「まあねえ、うちのサイトがエージェントさんからどう思われてるかは知ってますよ。噂されている内容についても、多くは否定しません」
「……そうですか」
P田の表情がさらに一転。絶望の色が濃くなる。『賽の河原』ならば不毛とはいえまだ仕事がある。だが、『N/A倉庫』にはそもそも仕事がない。当然、異動されるほどの功績などあげられるはずもないのだ。自分はこのまま、死ぬまで待機させられるのだろうか。
「そんな顔しないでくださいよ。そうだ、どうせ暇だし、うちに保管されてるSCiPを見せてあげましょう。ちょっとは気分が変わるかもしれませんよ」
ため息をつくP田の手を半ば強引に引き、V川は収容棟へと向かうのだった。
 

 
京の都の花の御所、将軍足利義満は近頃噂の小坊主、一休さんを御前に呼び出しました。
「これ一休、この屏風の虎を捕まえてみよ」
将軍様が指差す先には、ギョロリと目をむく竹林の虎が描かれた、一隻の屏風がありました。一休さんはしばらく考え込んでいましたが、何事かを思いついたらしく、ニッコリ笑ってこう言いました。
「かしこまりました!」
てっきり「参りました」と降参すると思っていた将軍様が驚いているうちに、一休さんは立ち上がり、屏風の前まで来ると身構え、こう叫びました。
「やあやあ我こそは一休なり! 将軍様の命により、お前を退治てくれようぞ!」
すると、屏風の二次元平面に囚われていた虎は、染み出すかのように三次元へと歩みだし、質量と実体を備えた恐るべき存在となったのです。こうして三日三晩に渡る伝説の死闘『一休の虎殺しイッキュー's・スレイ・オブ・ザ・タイガー』が始まりました。
 


 
「これがその時の屏風、SCP-█193-JP-1です」
「私の知ってる一休さんと違う」
「一般にはカバーストーリーが流布されてますからねー」
 


 
ある日、和尚様は寺を訪れたお客人から水飴をいただきました。それを見ていた一休さんたち小坊主に、和尚様はこう言いました。
「これは大人が食べると薬になるが、子供が食べると毒になる水飴じゃ。お前たちは決して食ってはならんぞ」
そう言い残して、和尚様は用事で出かけてしまいました。
さて、しばらくして和尚様が寺へ帰ってくると、なんと一休さんが大声で泣いているではありませんか。何事かと和尚様が尋ねると一休さんはこう答えました。
「申し訳ございません、和尚様。皆、我慢できずにあの水飴を舐めてしまいました!」
驚いて本堂の扉を開けると、そこには苦悶の形相をした小坊主たちのシカバネが積み重なり、まさに死屍累々とはこのこと。皆一様に口の端から、血と水飴を垂らして死んでいるではありませんか。収容違反が起こった事は明らかです。
「なんという事だ、だから言ったのに。ところで一休、お前は大丈夫なのか?」
すると一休さんはポッと顔を赤らめて言いました。
「お忘れですか和尚様? 一休は和尚様の手によって、すでに大人の階段を昇っております……」
 


 
「そしてこれがその水飴の入っていた壺、SCP-█193-JP-2です」
「何すかこの話」
「特別収容プロトコルはちゃんと守ろうねって教訓ですよ」
「いやそこじゃなくて」
 


 
一休さんは京のとある豪商から食事に招かれました。その屋敷はぐるりを深く広い堀に囲まれ、そこを超えるには一本の橋を渡らねばなりません。しかし、その脇にこう書かれた立て札が立っていたのです。
『このはしわたるべからず』
そう、豪商は一休に、食事だけではなく、一杯食わせようともしたのです。
「ふーむ」一休さんは悩みました。端ではなく真ん中を通ろうかとも思いましたが、迂闊にプロトコルを破れば死の危険がある事は水飴の一件で身にしみてわかっていました。
しばらく橋のたもとで座禅を組み、考え込んでいた一休さんでしたが、急に立ち上がると踵を返し、どこやらへと立ち去ってしまいました。
それを屋敷から見ていた豪商は、手を打って喜びました。あの将軍様でさえもやり込める事のできなかった一休さんを退散させたのです。
「ワッハッハ、これで京一番のツワモノは、一休さんではなくこのワシぞ! ……ん?」
そんな事を言っている間に、いつの間にやら豪商の屋敷は何者かに包囲されています。
「な、なんじゃ。一体これはどうした事じゃ?」
目を白黒させていると、橋のたもとに二人の人間が立っている事に気がつきました。一人は一休さん、そしてもう一人は。
「しょ、将軍様!」
そう、足利将軍義満その人です。
「そこな商人あきんど!」
将軍様の声は天をも貫くかと思うほどに鋭い声でした。
「自ら食事に招きながら、その通行を差し止めるなど不届き千万! 貴様の如き愚物はこのワシ自ら成敗してくれる!」
「そ、そんな!」
「かかれぇい!」
「うぉおーーーっ!」
将軍様の掛け声ひとつ。屋敷を包囲していた侍たちは橋の真ん中を渡り、屋敷へと突撃をしかけます。そして暫くすると、屋敷の中からは豪商とその家族、使用人たちの断末魔の叫び声が聞こえてきたのでした。えいえいおう! えいえいおう! 侍たちの鬨の声が響きます。
「将軍様、ありがとうございました。これで私の面目が立ちます」
「なあに、この程度のことどうということもない。……ところで、この商人の屋敷や財産、どのようにすべきであろうかのう?」
「そうですね……そのような悪銭は徳の高い将軍様が没収なさって、ご自由にお使いになるのが御仏の心にかかるかと」
「おお、なるほど。そのような事、この義満まったく考えつかなんだ。流石は一休よのう」
そうして二人は顔を寄せ合い、クックックと笑いあうのでした。
 


 
「めでたしめでたし。とっぴんぱらりのぷう」
「いやもうSCiP関係なくなってるし!」
 


 
「おっと、もう5時だ。帰りましょう」
とめどなく続くかと思われたV川の語る数々の胡乱なSCiP逸話は、サイト内に響く5時のチャイムで遮られた。
「まさかこのサイト、5時で閉まるんですか?」
「もちろん、うちは9時5時ですよ」
P田はそんなサイトを聞いた事がない。研究員は交代で24時間体制、エージェントは24/7で決まった就業時間などあってないようなもの。それが財団勤務というものではなかったか。P田は今日一番の大きな溜息をついた。
「本当に、ここではエージェントの出番なんてないんでしょうね。……命の危険はないにしても、エージェントとしてはもう、死んだようなものかな」
「あのねぇ、P田さん。それは大きな思い違いですよ」
いつの間にか帰り支度を整えたV川は、P田の背中を押しながら、玄関に向かって歩く。
「P田さんがどうしてこのサイトに来たのかは知りませんし訊きもしませんけど、本当に取り返しのつかない失態だったら財団はあなたをこんなサイトに回さずに、即刻解雇か終了。ことによるとそれよりひどい目に合わせてますよ。きっと」
「そうでしょうか?」
「そうですよ。財団は決して甘くはありません」
V川は少し遠い目をしたが、背中に目があるわけでもないP田には、それを見る事は叶わなかった。
「財団はね、今はあなたに休みを与えてるんですよ。本当に必要になる時のために。だからね、その日が来た時に全力で働けるように、今は一休みしてればいいんです」
「一休み」
「そうそう。『慌てない慌てない、一休み一休み』ってねー」
サイトを出たところで、V川は玄関扉に鍵をかけると、それを胸ポケットに入れた。
「朝は9時ちょっと過ぎに来てください。私はちょうどに来ますから、早く来ても開いてませんよ」
そう言って会釈すると、V川は振り返りもせずに行ってしまった。
「一休み」
P田は再び、口の中でその言葉を転がした。思えば、財団に入ってからの3年間で、初めての休暇であった。

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