日付:200█/██/██
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私は目を閉じながら、あの頃を思い出していた。
世界は今より広く、でも狭く、そして色鮮やかだったころを・・・

私は当時、あまり活発な子ではなかった。
父がいわゆる転勤族と呼ばれる部類の人間であったため、深い交友関係を築けなかったことが原因かもしれないし
あるいはただ私が内向的であっただけかもしれない。
あの町に住み始めたのもそんな父の転勤が理由だった。
全く馴染めなかったわけではないが、気が付けば私は一人で町を散歩するのが夕方の日課になっていた。

あの工場に出会ったのも、そんな散歩の中でだった。
最初はただ機械が動き作業をしている男たちがなんとなく面白くて見ていた。
無骨にして繊細な男たちの指先と機械の音が生み出す美しさが私を魅了したのだ。
男たちと顔見知りになるのにそれほどの時間は要さず
私が行く時間はちょうど作業が一段落することも多かった。
今にして思えば、ちょうどいい休憩に入る口実になっていたのかもしれない。

そのうち、「内緒話」をいくつかしてくれるようになった。
「コレが今考えてる試作品の設計図だぜ坊主・・・つっても見てもわからんか!」
豪快に笑いながら見せてくれた設計図は、男の言う通りさっぱりだった。
おそらくはコインケースのようなもの図に様々な文字、数字、記号が描かれ、まるで美術館に飾られた絵画のよう
唯一意味が分かった文字は「カラオケ」だけ。
それでも、子供に見られたくなかった私は
「いい仕事だね」
と、分からぬまま答える。
その言葉に大きな笑いと、どこか誇らしげな笑顔を見せる男たちはまさに職人と言った風貌であったことをよく覚えている。

「技術なんてもんはな、使い手次第なんだよ。ライターだってすぐに火を起こせる便利な技術の塊だが、使い方を間違えれば火事になっちまう」
難しいか?と真剣な目をながら教えてくれたことや
「坊主も不思議だと思ったことはどんどん調べてみな。調べたらそれを利用できないか考えてみればいい。好奇心ってのが一番大事だぜ」
と、まるで私よりも幼い子供のような笑顔を浮かべながら話していたことを思い出す。

そんな彼らと過ごす日々はあっという間に過ぎ去り、また別れの日がやってきた。
今までは少しも悲しくなかった別れが、この時ばかりは世界の終わりに見えたものだ。
「どうした坊主?なんか元気ねえな」
隠そうとしても態度に出てしまう自分が悔しくて、つい口から嘘がこぼれ出した。
「実は俺・・・今度誕生日なんだ!なんか作ってよ!!エリマキトカゲなんかに負けないようなすごいの!!!」
その言葉は自分でも驚くほど大きく出た。まるでそれまでの態度をかき消すように。
「お、そうだったのか。じゃあどうするかなぁ・・・」
大声に驚いたのか、少し間が開いてから男たちが顎を掻き相談を始めようとした・・・その時だった

「坊主、嘘はいかんぞ」
私は一瞬中に浮いた。いや、浮いたと思うほど驚いた。
私の嘘を一刀両断にして、私に話しかけてきたのは
その工場で最も年を重ねている老人
男たちは「工場長」と呼んでおり、私は「長老」と呼んでいた。
「な、何のことだよ・・・」
すでに裂かれた嘘を必死で縫い合わせるように、指を遊ばせながら私は長老と向き合う。
「儂らはな、色んな依頼自らの好奇心で、製品を作っておる。」
わざわざ膝を折り、私を真正面から見据えながら長老は次の言葉を紡いだ。
「坊主が儂らに「何か作って欲しい」と言えば、その瞬間から儂らにとっては大事な依頼主になる。だがな、儂は依頼主の嘘を一番嫌っておる」
その眼は真剣そのもので、私はすでにその眼から逃れられなくなっていた。
「もちろん、坊主にも事情があるのかもしれん。だが、儂は出来れば真実が知りたい」
だめかの?と柔和な笑みと真っ直ぐとした視線に貫かれた私は
「・・・引っ越し・・・するんだ。今週末に・・・」
滲んだ視界の中で真実を口にした。
「よく言ってくれた。最高の一品を作らせてもらうよ」
その時の笑顔は良く覚えている。虹がかかるような最高の笑顔だった。

「金曜にまた来てくれや。それまでは立ち入り禁止だ」
企業秘密って奴だよ。と言う言葉と共に男はニッと笑ってシャッターは閉じられた。
その日から週末まで、私はその言いつけを守り工場には近づかなかった。

そして、約束の日
ワクワクとした気持ちと、別れの寂しさを半分ずつ籠った足が工場に辿り着いた。
「お、来たな。出来上がってるぜ坊主」
いつもの男が、まるで普段と変わらない様に接してくる。
そして工場の中には、長老が待っていた。
「いらっしゃい。エリマキトカゲに勝てるかどうかは分からんが・・・ずっと動くものが出来とるよ」
そう言って、長老は私に小さな金魚のおもちゃを手渡した。
驚くほど軽く、手のひらに乗ったそれに思わず
「なにこれ?」
と疑問が口を突いてしまった。
「それはな、金属を食べる金魚だよ」
子どものような笑みを浮かべ、長老が答える。
「食べるだけじゃねーぞ、水中を泳ぎまわるしな」
同じ笑みを浮かべた男が、後に続いた。
「水中に入れて、口の傍に画鋲でも置いてやればすぐに食いつく」
長老が説明を続け、他にもいくつか注意事項を言われたはずだが
今はもう思い出せない。

だが、私が再びその軽く感じていた金魚に目を落とし
その金魚がとても高価で貴重なものだと感じたことは
今でも鮮明に覚えている。

その後、私はその町を去った。
「金魚」は最初こそすごいおもちゃとして私を楽しませたが
父が転勤族から解放され、一つの街に定住するようになったころから
私の心は金魚から少しずつ離れ始め
段々と動かすこともなくなり
ついには押し入れの奥にしまわれることになった。
それでも捨てることは出来ずに
今もこうして、持っている。


「これが、私のこの金魚との出会いですよ」
リビングで中年の男が、思い出を語り尽くしてそういった。
「なるほど、ご協力感謝します」
スーツ姿の女性が頭を下げる。そのそばにはアタッシュケース、そして机の上にはレコーダーが置かれていた。
「いえ・・・しかしこの金魚を御譲りするわけにはいきませんね」
「どうしても・・・でしょうか?」
「ええ、あなた方が「失われた町工場の技術を探している」と言われても、「はい、そうですか」とはなかなかね」
頭を振りながら、男は答える。その眼に何か意志を宿して
「なるほど。では何故今のような話を?」
「あなた方なら、これの製作者が誰か分かるのではないか・・・という気がしましてね」
正面から相手を見据えた男の眼には、確固たる意志が現れていた。
「・・・それは今から調査するところです」
「・・・なるほど、それではその調査報告を私にもお聞かせ願いたい」
見据えた目を逸らすことなく、視線が女性を射る。
「・・・分かりました。それでは何か分かりましたら、またご連絡を差し上げます」
女性の方が頭を伏せ、インタビューは終わった。


男の家が視界から消えた後、女性はすぐに端末を取り出した。
「もしもし、文月です」
「はい、インタビューは終了しました。データは後で送ります」
「・・・そうですね、おそらくは東弊重工についての情報は知らないと思われます」
「はい、身辺調査は現在進行中です。3日後には結果が出ているかと」
「オブジェクトは現在未回収ですが、調査後に回収します」
「はい、ですので3日後に記憶処理の準備をお願いします。オブジェクトはその時に」
失礼します。という言葉を最後にエージェントは報告を終えた。

すっかり夕暮れとなり夜の帳が下り始めていた。
少し肌寒い街を行きながら、先ほどの男の目を思い出しエージェント文月は呟いた。
「貴方に強い意志がある様に、我々にも強い意志と覚悟がある。
全てのオブジェクトを確保、収容、保護Secure Contain Protectせよ。という、ね。」

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