よいお年を。
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「エージェント差前、差前鼎蔵を確保。空、ぼくはそっちに戻るね。」
「おめでとうございます」

伝説を目の当たりにしてから数分後、待ちに待っていたがある意味少し残念な報告が私の端末に届いた。
私は捕獲の難易度が高いであろうエージェント差前の方から攻めようと思い、そちらに向かっている最中だった。
正直、もう少し苦戦すると思ってたんですが・・・人数が居ればこんなものなのでしょうか?
バックアップチームからの報告によれば場所は階段を上がってすぐのところである。
とりあえず、合流するとしましょう。

飾り付けの完成に思いを馳せ、足取り軽く階段を上っていると
階段の上から人型の何かが転がり落ちてきた。
階段を横向きに転がるとはなかなかエクストリームな余興ですね・・・
そうだ、エージェント差前もツリーの一番上で回転させるというのは面白いかもしれませんね・・・
私は思案しながらそのスーツ姿の男を足元に転がってきたボールを止めるように足で止めた。


男は大樹の下に横たわるように上を向いていた。
男は緑の代わりに白と黒のコントラスを見た。
室内に居ることが大半な研究者は総じて色白なことが多い
しかし、彼女は色白でありながらもしっかりとした筋肉が付き
カモシカのような美しく白い脚をしていた。
そしてその白を映えさせるように黒いガーターの線が入り
線の先には黒の聖域が存在していた。


私は下にある顔を見る。
エージェント差前が下から見上げている。
正確にはスカートに阻まれ全貌が見えず、おおよそ半分がスカートで見えなかった。
「・・・!!!」
下にある口が開くよりも早く、私はバスケットからスタンガンを取り出し突き立てる。
声にならない悲鳴が上と下で重なり数秒後・・・

「ストーップ!!!」
エージェント餅月の声が階上から投げかけられる。
私はスタンガンをバスケットに戻しながら下のモノを踊り場へ蹴り込み、向き直った。
「再度になりますが、捕縛おめでとうございます。エージェント餅月」
「ありがとー…っていやそういう場合じゃなくて」
「ここに来た理由でしたら、挟み撃ちにでもしようかと思って近くまで来ていたので合流しようとしただけですが」
「そっちでもないよ」
どうやらまだ何かあった様子、階上も少し緊迫した空気が流れているようで…
「どうかしたんですか?」
「実はアタッシュケースにタイマーがあってさ、それで本人に解除させようと思ったんだけど」
「はあ・・・」
二人と階上からの数多の視線が踊り場に転がる哀れなスーツ姿の男に集中する。
うつぶせに倒れ、ピクリとも動かない男に…

「…おかしいですね、気絶するようなレベルで使ってないのですが」
「捕縛よーい」
エージェント餅月の指示の元、戦士たちが最大限の警戒をしつつエージェント差前に近づき…
何事もなく仰向けにした。
ポケットから金色の星が数枚零れ落ちる。
「餅月総隊長、手に切り傷を確認しました。おそらく落下中に切ったものと思われます」
「因果応報ってやつだね」
慎重に身体を見ていた戦士が報告する…が、私には何のことか分からない。
まあ、とりあえずエージェント差前が無力化されていると言うのは間違いなさそうですが。

「それで、タイマーと言うのは?」
「なんかねー、時限装置っぽいデジタルタイマーだよ」
ふむ…と顎に指を当て思案する。
こんな日にエージェント差前が仕掛けたとなると、ほぼ間違いなくイタズラと考えられるが…
「カウントは?」
「28分18秒です長夜博士、0になるのは2400だと思われます。」
階上の戦士に尋ねると思いのほか長い猶予が返ってきた。
「なるほど…」
「とりあえず処理班に回そっか」
もちろん、こんな面倒なものはさっさと処理班に回してしまった方が都合はいい。
ですが、下手に大事にしても…
「何が出るかは分かってるんですか?」
「全然、まあどうせイタズラだろうけど」
こういう時は本人に話を…ですが、エージェント餅月が動いてないということはおそらく不可能なのでしょう
となるとイタズラ…ドッキリの類だとして…
「では、エージェント差前を脱がせましょうか」
「あ、やっぱりそうなる?」
「ええ、イタズラを仕掛ける側の矜持として、何かを持っている可能性は高いでしょう」
その言葉に、筋骨隆々な戦士たちがエージェント差前に群がる。
程よく酒も回っているであろうその呼吸は荒々しく、顔は紅潮していた。
…趣味な方も居たかもしれませんね。

そしてものの数分もしないうちにパンツ一丁の男が横たわり
無駄に多い隠しポケットを探る作業も終わり
私とエージェント餅月は一枚の紙を覗きこんでいた。
そこにはアタッシュケース内の配線図に
ドラゴン、ネズミ、ススキの文字が連なっていた。
「えーっと…なんです、コレ?」
私たちには一目瞭然なのだが、どうやらこれに続く言葉が出ない戦士も居たらしい。
「全部花火ですね」
「だね」
そう、ドラゴン、ネズミ、ススキの後に続く言葉
それは今の時期とは真逆の夏の風物詩、花火
ネズミ花火は言わずもがな
ドラゴンとは正確には商品名で、置き型の火柱を上げるもの
ススキとは手持ち花火の一種で、火が勢いよく出るオーソドックスなもの
それらがこのアタッシュケースには内蔵されているようである。
まあ人だかりの真ん中で爆発すればそれは厄介なことになるでしょう。
「解除する?」
「いえ、お祭りの最後に花火があるというのはなかなか乙なものです。一応X線通して確認してから適当に設置しましょう」
「そだね」

こうしてエージェント差前を見事捕縛し、意気揚々とカフェエリアへ戻ろうとした瞬間
軽快な音楽が鳴り響いた。
その場に居た全員が止まり、その音の発信源
すなわち私の白衣のポケットを見る。
取り出した端末の画面は

着信
A.文月(連絡用)

の表記
・・・何故このタイミングで・・・

「…はい、長夜です」
「もしもし、文月です。81-4872-Aの件でお電話しました」
ため息とともに取った電話からは、完全に予想外の話が飛び込んできた。
「81-4872-A…? その件に関しては忘年会後に回収予定では?」
「繰り上げになりました。オブジェクトの回収は完了し、現在輸送準備中です」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
81-4872-Aは現地における捜査によりその脅威性が非常に低いことが確認されているため
回収優先度が低く、忘年会後にレプリカとすり替えて回収する予定となっていたのだ。
「私は繰り上げの報告を受けていませんが?」
「サイト管理者より繰り上げてほしいとの連絡がありました」
「今日私は非番なのですが・・・」
「参加している一部のサイト-8181職員は2330より準待機のはずです」
…やられた、と小さく口の中で呟く。
このタイミングから考えて、おそらくはサイト管理者自らこのバカ騒ぎを何とかしようとした…ということでしょう。
「つきましては、小一時間ほどでそちらのサイトにオブジェクトの移送が完了する予定ですので、解析をお願いします」
「…」
「…」
電話口と周囲に沈黙が降りる。
この一件は全てこのためにやってきたものだ、そしてこれからが一番の見せ場である。
しかし、財団業務が絡んできた以上
優先すべきは…

「…ふぅ」
「長夜博士?」
「分かりました、輸送開始後に到着予定時刻の一報をお願いします」
「了解しました」
よろしくお願いします、と言って私は電話を切り
戦士たちに向かい合った。

「今電話口で聞こえた通り、私はこれから財団業務に入ります」
戦士たちを見渡しつつ現状を報告し、少々騒めいた戦士たちに次の言葉を投げかける。
「エージェント差前についてはこのままパーティー会場へ、そちらで皆さん好きにしてください。阿藤博士に関しては・・・多分前原博士が好きにするでしょう」
「はい!食券は?」
「鬼食料理長に発注済みですので、食堂で受け取ってください。私の方から一報入れておきます。前原博士たちにも通達お願いします」
「りょーかい」
エージェント餅月からの予想通りの問答をし、ついでにカメラを持っているエージェントに声をかける。
「ああ、それとこの後の様子について撮影していただけるとありがたいです。後で見たいですから」
「イエッサー!」
戦士の答えに私は頷くと踵を返し
まるで原住民が獲物を運ぶように簀巻きにしたエージェント差前を持って行く戦士たちを背に、私は解析準備のため管理部に電話をかけた。
機器の準備、人員の確保、到着までにやっておかなければ成らないことはたくさんある。


事を終えた小さな爬虫類は、自ら操る機械の中で大きな伸びをした。
いや、まだ最後の報告が残っていた。
いつものように小さな手で器用に端末を操作し、依頼主に電話をかける。
「あー、もしもし。ボクやけど」
「そうそう、まあ喧嘩両成敗ってとこやね」
「そっちも娘さんと楽しい夜を過ごしてや。別に貸しやとも思ってへんよ」
「ほんならね、サイト-8181管理官殿」
「あ、そや。よいお年を」
今年もこうして暮れていく。

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