若き新人への講義
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廊下に靴音が響く・・・
一人の長身の女性が大きく、そして厳重にロックされたトランクを持ってサイト-8181を歩いていた。
彼女は長夜 空、財団で働く博士の一人である。
そして今日の彼女の仕事は、新人への座学であった。

本来であれば、こういったものは助手などが担当するものではあるのだが
彼女が提案した講義の内容が有用であると上層部から判断されたため、彼女の講師役と講義内容が特別に許可されたのである。

音もなくスムーズに開く扉を開け、彼女は講義会場に入った。聴衆の視線が一気に集まる。
講義会場には若者から壮年までの様々な年齢の人物に溢れていたが、皆押し並べて「若い」という印象を彼女に与えた。
・・・これは年齢的な意味ではなく、財団での経歴が「若い」ということだ。
だからこそ、彼女がトランクを持って講義を行うのである。
正確にはその中身だが。


そして、彼女の「講義」が始まった。
「こんにちは、皆さん。そして財団へようこそ。この講義を担当させてもらいます、長夜です。みなさんよろしくお願いします」
彼女が挨拶をすると、新人たちの緊張が少し和らいだようだった。
何故なら彼らは今日の講義の内容も、誰が行うのかすら知らされていなかったのである。
「さて、それでは本日の講義「財団におけるオブジェクトクラスの付け方について」の講義を始めます。
それではまず、財団におけるオブジェクトクラスはどのようなものがありますか?一番前の白衣の方・・・はい、貴女です。答えをどうぞ」
指名された女性は驚きながらも、Safe、Euclid、Keterと答えた。
「その通りです。とはいえ、ここに居る方々はまだ新人研修中の方々ですから、報告書そのものは見たことないでしょうが・・・
今彼女が答えた通り、我々財団が収容しているオブジェクトはSafe、Euclid、Keterの三種類のクラスに振り分けられています。
他にも無効化されたオブジェクトに振り分けられるNeutralizedなどもありますが、これは例外的なものです。
では次の質問です。講義なのにいきなり質問ばかりなのですか?という指摘もありそうですが・・・今私が行っているのは確認です」
その言葉に続けて、彼女は本題を切りだした。
「それぞれのクラスがどのようなものか、簡単に説明してもらえませんか?」
そう言うと、少し室内が騒めいた。彼女の思惑通り、こちらはまだあまり知識の定着がしていないようだ。
「間違えても構いませんよ、今の段階ならただのミスで済みます。それではそこのスーツの方・・・エージェントさんでしょうか? はい、貴方です」
指名された新人エージェントは起立し答えた。
「はい!Safeクラスオブジェクトは安全なもの!Euclidクラスオブジェクトは行動が予測できず危険性があるもの!KeterクラスオブジェクトはEuclidよりもさらに危険性が高く、人類に対して非常に敵対的なものであり、収容が非常に困難なもの!であります!!」
「はい、ありがとうございます。簡潔でとても分かりやすかったと思いますよ」
彼女がそう褒めると、ありがとうございます!と答え、彼は座った。
「皆さんも彼と同じ認識でしょうか?私あるいは自分、または俺、僕、儂はこのように思います、という方はありませんか?」
そう言って彼女が室内を見渡すが、何の反応もなかった。
新人ゆえの引っ込み思案か、それとも本当に大丈夫なのか。
彼女は後者と受け取ったようだ・・・ただし、どちらにせよ講義の内容に大差はないのだが。

「なるほど。それではこれから皆さんの誤解を解いていきたいと思います」
彼女のその言葉にまた少し室内が騒めいた、先ほどよりも大きく。
「この誤解に関しては今の段階で修正することが十分に可能なものです。またこの誤解は命に関わります。エージェントの皆さんは特に」
さらに騒めきが大きくなる。
「皆さんお静かに。さて、察しもついてるとは思いますが、皆さんの誤解はオブジェクトクラスに関するものです」
先ほど大きな声で答えてくれた彼は顔を青くしている。
「落ち着いてください、まだ若きエージェントさん。貴方の説明のほとんどは正解でしたよ」
彼女がそう言うと、彼は落ち着いたようだ。
「ただし少し危険な間違いが含まれていた、それだけですから」
落ち着いた矢先にまた冷や汗をかく羽目になったようだが。
「さて、先ほどのオブジェクトクラスの説明ですが・・・我々財団の歴史の中でこのような言葉があります。

オブジェクトを鍵のかかった箱に入れる、と考えてください。
もしあなたがそれを閉じ込めることができて、放置できて、何も起きないのであれば、それはSafeです。
もしあなたがそれを閉じ込めて放置しておいて、何が起きるか見当がつかないのであれば、それはEuclidです。
もしあなたがそれを閉じ込めて、放置しておいたら、とんでもないものが出てくるようであれば、それはKeterです。
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この言葉をよく覚えていてください。それでは彼の発言の解説に移りましょう」
すっかり汗っかきとなった彼を尻目に、彼女は黒板にその言葉を板書し解説を始めた。
「ではまずKeterから、先ほどの彼はEuclidよりも危険性が高く、人類に対して敵対的である。さらに収容が非常に困難なもの、と表現しました。
ではこれを先ほどの言葉に置き換えましょう」
どうでしょう?と彼女は室内を見渡した。
「そう、この説明で問題はありません。見事な解説でした」
彼はホッとし、後方からパラパラと拍手が上がる。
「次にEuclid、彼は行動が予測できず危険があるもの、表現しました。これは答えを言います、正解です」
解説は言葉通りなので省略しますね、という言葉と共に彼の汗はほぼ引いたようだ。またも後方から拍手が上がる。
「さて、最後はSafeです。これは言葉を先に思い出しましょう。
閉じ込めることが出来て、放置が出来るものがSafe
とありましたね? つまりこれは安全と言い換えることが出来ます」
室内をちょっとした混乱が包み込む・・・まあ当然の反応ではあろうが。
「はい、説明は完璧でした。では何が誤解なのか、それは安全の意味です」
どうやらますます混乱したらしい室内を横目に、彼女は教卓の上に大きく、そして厳重にロックされたトランクを置いた。

「このトランクは、鍵のかかった箱です」
彼女がそう言うと、中身を察した数名は息をのんだ。
「このトランクのために私は何枚もの書類を作成し、受理していただきました。この教材が私がお見せできる範囲で最も適当だと思ったからです」
最早室内は異様な静寂に包まれていた。全員彼女の教材の察しが付いたからである。
「ちょっと待ってくださいね、今開けるので・・・」
そういうと彼女はポケットから薄黒いプラスチックの板状のものを取りだし・・・割った。
「厳重すぎる、と思いますか?もし思ったなら遺書を書いておくことをお勧めします」
室内の数名の肝を冷やしながら彼女はプラスチック板の中にあった紙を見つつ開錠し、それを教卓に置いた。

それは博物館に置いてあるようなものであった。年季を感じる木目、鈍い色の金属・・・そう、それはダゲレオタイプと呼ばれる古いカメラだった。
「ちょうどここサイト-8181に収容されているので皆さんにお見せすることができました。一応、このオブジェクトの主任研究者の一人ですので。
さて、これはSCP-323-JPです」
と、次を説明する前に・・・聴衆たちは思い思いの「緊急避難体勢」を取った。
大半が机の下に隠れたようだが、手を合わせて震えながら拝むもの、とりあえず目をつぶるもの・・・様々である。
・・・全く動じないものも居たが・・・
「皆さん、落ち着いてください。これはSafeクラスのオブジェクトです。先ほどの彼の言葉を借りれば安全なものです」
その言葉に「緊急避難体勢」を取っていた聴衆たちは元の位置に戻る、まだ怯えてはいたが。
「そもそも、危険なものならこうやって持ち出しの許可が下りませんよ」
微笑ながら彼女がそういうと、聴衆たちもやっと落ち着いたようだ。
「犠牲者も少ない方です」
続く言葉でまた震えだすことになったようだが、気にすることもなく彼女は言葉を続ける。
「判明している範囲では回収時の1例、実験の6・・・いえ、5例、実験中の事故による1例ほど・・・ですね」
室内は凍り付いている。だが彼女はそのまま言葉を続けた。
「さて、それでは先ほどの安全の誤解は解けたでしょうか、新人エージェントさん?」
汗による寒さと事実による寒さ・・・おそらく両方だろうが、凍えたままの新人に彼女は問いかけた。
「は・・・はい、せ、Safeと言えども危険である・・・ということでしょうか?」
先ほどの元気はどこへやら、小さな声で彼は答えた。
「はい、その通りです。ではこのオブジェクトの特性について簡単に説明しておきましょうか。
見ての通り、このオブジェクトはダゲレオタイプ・・・銀板写真を撮影できるカメラですね。銀板が入っていた場合にのみ特性を発揮し、被写体を意識不明にし、銀板写真を撮影します。現像した写真内の被写体は光に晒すと動く。というものです」
残念ながらその言葉で室内が解凍されることはなかった。
「もちろん今は銀板を入れていませんよ? この通り」
彼女は内部を開き、銀板が入っていないことを確認させる。ようやく室内が解凍され、少し騒めき始める。
「では次に、撮影された銀板写真を見てもらいましょうか。それらはSCP-323-1と分類されています。・・・こちらの現物はありません」
どこかホッとした空気が室内に流れ、彼女は天井からスクリーンを下ろして映像を見せる準備を始めた。
「このSCP-323-1の被写体はDクラスです。動きが少しおかしいですが、このオブジェクトの特性なので気にしないでください」
そう言って彼女は再生を開始した。


写真が写っている・・・通常の写真と大きく違うところと言えば、まるで色と言う概念が消えたような風景であること。
そしてまるで数秒に1度ずつ撮影したかのように、被写体が動いていることだろうか。

被写体になっているDクラスは、おそらく実験室であろう部屋から出ようとしている。しかし写っている範囲のドアを開けても、逃げ出せることはなかった。
写真はその様子を映している・・・彼が写真の端を、まるで見えない壁でもある様に叩き続ける様子を。

場面が切り替わり別のDクラスが現れた。口をあらん限り開き暴れている、しかし彼がその場から移動することはない。何故なら彼の足は写真の端に囚われているからだ。

次のDクラスは一緒に写り込まされたと考えられるノートに必死に何かを書いている。
Help
ただその一言だけを。
何十も、何百も、何千も、何万も、何億も、ノートが真っ黒になっても書き続け、彼は今写っている床にも書き始めている。

その三人を音もなく写した後、映像は終了した。


「はい、ビデオは以上です」
彼女がそう告げたが、室内は再度凍結しており、応答はなかった。
「少し刺激が強かったでしょうか?」
そうにこやかに言うと、少し氷が解ける。
「ですが、エージェントの皆さんは、このようなものの回収業務に携わることもあるでしょう。また研究員の方々でも、研究のためにこのようなオブジェクトを使用することもあるかもしれません」
三度目の凍結。
「誤解は解けて、安全の意味は分かりましたか?
結論を言えば

「安全」とは、収容体制が「安全」であるという意味です。

このオブジェクトは銀板を抜き、カメラのレンズを閉じればその特性は完全に封じられた。と言うことが出来ます。
だからこそ、このオブジェクトは先ほどの言葉の
あなたがそれを閉じ込めることができて、放置できて、何も起きない
を満たすのでSafeなのです。
では分類後は危険性が変わるか?という問いはもう皆さんお分かりですね? ・・・はい、変わりません。
ですので、Safeであっても研究員の皆さんは常に危険と隣り合わせだということを忘れないでください。
エージェントの皆さんはSafeの話と合わせて、オブジェクトの外見に関係なく常に警戒してください。
Safeは言ってしまえば拳銃、テロリストの持ち物でない核兵器、瓶詰の毒薬などと考えてください。
それらが難しい、または無理だと思う方は前線から去ってください」
三度目の凍結は長く、いまだ解凍はなされていない・・・が、彼女は最後の言葉を続けた。
「それでは皆さん、改めて財団へようこそ。本日の私の講義「財団におけるオブジェクトクラスの付け方について」を終わります」


最後方から拍手が届いた、そこ以外は当然凍結したままだが。そして彼女は最後方で拍手をしていた同僚に声をかける。
「エージェント餅月、現時点を持ってSCP-323-JPの研究外持ち出しの目的を終了します」
「ん。なかなか面白い講義だったよー、お疲れ様」
室内が一気に騒がしくなった。まさか最後方に日本支部のトップエージェントが座っていたとは思わなかったのだろう。
だが彼女たちは気にする様子もなく、トランクにSCP-323-JPを入れ、次の言葉を続けた。
「このままこちらで返還しておきますか?それともお渡しした方が?」
「そっちで返しておいてよ。扱いにも特に問題もなかったし」
わかりました。と返答をして彼女は退室し、エージェント餅月は室内に残り次の行動の指示を出した。

「若さ」が少し消えた職員たちに。

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