全てはただロシアの為に
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    天は自ら助くる者を助く。  


1966年█月██日 サイト-3367 フランス  ドゥブロヴィナ博士

「私はフェリックス・ユスポフ、かつての帝国貴族にしてツァーリの蒼き血を継ぐ末裔の一人である。」

しわがれた老人は静かに語る。フランスの片田舎、財団の小さなサイトでかつての貴族は静かに語る。私は財団の命令で彼にインタビューを行う、なんでも彼はCK再構築の記憶を所持しているという。

それは荒唐無稽な口述記録だ。故に私はそのままを記す。これはCK再構築を人の力のみで修復した偉大なる人々の最初の一歩であり、要因となった怪物の爪痕についてのほら話だ。

老人は滔々と語る。偉大なる夢物語を、存在しない事になっているかつてのロシアを。

「GOCはまだなく、財団が分裂していた時代の事だ。私はツァーリの為にあの怪物に挑んだ。1916年12月17日、モイカ宮殿での事だ……」


1916年12月17日 モイカ宮殿 ロシア  フィリックス・ユスポフ

当時のロシアは全てにおいて闇が蔓延っていた。人は心まで腐敗し、淫靡な宴こそが尊きものとされた。

全ては改変されていた。ツァーリの姫はその力で堕とされ、皇帝は白痴になり、軍は彼の玩具となった。後に我々は全てをもみ消したが、革命家たちと共にツァーリの歴史を修正するのに30年を要した。信じられるかね?スターリンの粛清はあの怪物の痕跡を消すための隠蔽工作であったのだよ。

彼は進んで悪となり、ツァーリの為に人生を尽くして歴史を修復した。全てはあの日、怪物を倒したあの日から始まった。

あの日の為に我々は全てを尽くしてきた。貴族の長たるドミトリー大公を懐柔し、ツァーリの姫を欺き、秘密警察から毒を買い、軍の犬から武器を手に入れた。

全ては一人の怪物を殺す為だった。怪物の名はラスプーチン、現実を思うがままに改変し世界の可能性を吸い上げる忌むべき魔王だ。

我々は彼を殺すために地の底まで落ちる事にした。


あの日、私は彼を酒の席に招いた。防音の施された秘密の部屋に彼を招き、致死毒をしみこませた侍女を4人あてがった。吐き気がする思いで彼が女を貪るのを眺める事になったよ。彼が毒で身動きが取れなくなるまで2時間かかった。

彼は交わる事で毒に侵されたが死に至る事はなかった。だが認識能力を歪めるのには成功したらしい。彼はその毒によって形質を失った。もしかしたら本来の姿に戻ったのかもしれない。

あれはミックスドマンと形容するに十分な姿だった。複数の頭、無数の腕、触手にキチン質の肌。彼と交わっていた侍女の体さえ取り込んでいた。世界はその原型から歪み目に見えるすべてが信じるに値しない戯言になった。

私はドミトリー大公と共に武器を取る羽目になった。拳銃を手当たり次第に撃ちまくった。頭に、胴体に、侍女に、触手に、あらゆる彼に弾を浴びせた。

世界は彼を撃つたびに彼になっていった。地は皮膚となり、空は脳髄に埋め尽くされた。しかし私たちは撃ち続けた。そして、そして18発目で、世界は収束した。彼は今に残る醜い怪僧の姿でそこに倒れていた。

我々は彼を水底に沈めた。途上3度彼は立ち上がろうとし、私と大公はその度に彼の心臓に杭を突き立てた。

死体は3人の侍女と共に翌日川に上がり、そして再びツァーリのロシアが返ってきた。


1966年█月██日 サイト-3367 フランス  ██博士

老人はそこまで語ると疲れた顔で私を見た。

「ところが彼は保険を残していた。名をマリアという。あの時取り込まれた侍女の名だ。そうだな、マリア・ラスプーチナ」

老人はゆっくりと杖を捻る、一本のエストックがそこに収まっていた。剣は黒く輝き私は座っていたパイプ椅子から転げるように後ずさる。違う、私は違う、私は、わたしは、ワタシは

「私はもう彼じゃない」

ズブリと体に沈みこむエストックの感触にただ懐かしさを感じながら私はそう絞り出した。世界は彼の死によって再構築されたのだ、私はもう残滓に過ぎない……だから

「だからロシアは滅びたのだ。」

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