仕事ばかりで遊びなし
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「あいつ、一体どれだけ時間をかけるつもりですかね?」

カツオは顎をなぞりながら腕時計を見た。「知るかよ。急いでるわけじゃないようだからな」

シバタ・ユーダイとタナカ・カツオは諜報活動用の車に乗っていた。車は福岡市内のありふれた団地から安全な距離を保ったところに停まっていた。ユーダイはリストバンドをいじりながら車の外を見、建物のドアへとしきりに目を遣っていた。カツオは静かに座席に座り、腕時計や電話を時おり調べながらもドアを注意深く見ていた。

静かな着信音によってカツオが電話に注意を向けた。ユーダイも自分の電話が同じような音を発しているのに気付いた。しばし互いに顔を見合わせた後、電話に顔を向けた。

「ジュウヨウ ナ ジョウホウ。 アス 1400 ニ シテイ ノ バショ ヘ シュットウ セヨ -MI」

カツオはメッセージを見て少しだけ戸惑った。イワタ・ミノリ自身がそれを重要な情報だと思ったのだろうか?いったい何が起きたのだろう?

「見てください。あいつです」ユーダイは男を指さした。ユーダイがこの団地に来る前に会った、背負い鞄を持つ男だった。しかしながら今の彼は鞄を持っていない。流行りの曲を口笛で吹きながら、男は自分の車に乗り込んでいった。

カツオは静かに車を発進し、再び尾行を始めた。ユーダイは唇をなめ、ポケットからピストルを取り出し、弾薬がきちんと装填されているかを確かめた。

「それは仕舞っておけ。おれ達は奴の住処を調べようとしているんだ。殺しに来たんじゃない」カツオはユーダイを一瞥した。

「転ばぬ先の杖、というでしょう? オレはいろんな可能性を考えているんですよ」ユーダイは指摘した。

「仕舞っておけ。お前に撃ちたがり屋になってもらいたくないんだ。特に、あいつの近くに行かない時はな。お前は既に面が割れている」

ユーダイは少しの間顔をしかめたが、やがて銃を仕舞った。カツオは彼を咎めなかった。もしカツオがユーダイの立場だったとしても悩んだだろう。

カツオは滑らかに、しかしどこか漫ろな空気を醸しながら運転した。イワタは一体何を望んでいるのだろう?彼は潜入エージェントが何か成果を挙げたのではないかと考えた。カツオは堂仁会にも財団の手の者がいるということは知っていたが、それが誰であるのか、何をしているのかは知らなかった。

おそらくもう一度ヒサシと話をする必要がある、とカツオは考えた。ヒサシの堂仁会の伝手がそこで何が起きているのかを知っているか確かめるか。そのようなことをすれば潜伏している彼の存在を暴いてしまうことになるのではないか?むしろ何もしないほうが状況を悪化させてしまうのではないか?

カツオは頭を振って気を散らす思考を払い、目先の任務に集中することを考えた。売人を追跡するという任務だ。いきなり、標的の車が左折し、狭い道を下り、小さな剣道場に着いた。売人は車を停めて静かに降り、周囲を見回した。

タナカは車を停めた。これは新しい展開だった。

一人の男が道場から出てきて売人に挨拶した。ユーダイから受け取った金の詰まったバックパックを、売人は道場から出てきた男に差し出した。新たに来た男はそれを見、売人に笑みを向けた後、差し出されたバックパックを受け取った。しばらく会話した後、二人の男は一緒に道場に入っていった。

刑事は車のエンジンを切り、電話を取り出した。それを見るふりをしながら、彼は電話のカメラで車の周りの通りを慎重に見渡した。

その通りは街の中でも裕福な部類に入る地区に位置し、流行りの服を並べるブティックがずらりと並んで最新のアメリカンスタイルの宣伝をしていたり、小さなカフェや店があちこちに散らばっていた。剣道場の向かいには小さなコンビニエンスストアがあった。古い時代の遺物のような剣道場はこの高級街にはまるで似つかわしくなかった。周囲のプラスチックの輝きと見比べて、あまり人が使っているようには見えなかった。

刑事は最後に見たものに注意を向け、コンビニエンスストアへと入っていった。そして周囲を見回した。他にいる人間は退屈そうにしているレジ係と雑誌に目を通している年配の男だけだった。

タナカは向かいの道場から目を離さないようにしながら、小さな箱に入った飴を取り、レジへと歩いていった。レジ係は機械的に会計を行った。カツオは咳払いをした。

「あの、向かいの剣道場なんだけど。評判はどうなんですか?」

レジ係はカツオへしばらく眼差しを向けた。「良いみたいですよ。若い奴はだれでも強そうな見た目になりたがりますから」

「ああ、なるほど。そこの主人について何か知りませんか?」

「知りません。気にもしませんし。飴です、どうぞ」

カツオは箱を受け取り、店を出て行った。ドアを通る時、彼はさり気なく後ろに手を落とし、道場の方をまっすぐ向いているコンビニのドアのそばに小さな物体を貼り付けた。

タナカは車へと滑り込み、ユーダイに箱入りの飴を放り渡した。

「食えよ。おれはいらないから」

シバタは質問をしたいような素振りをみせたが、尋ねないほうが賢明だと思った。彼はとりあえず箱を開けたが、すぐに閉じ、箱を眺めた。少し間を置いて、先輩と目を合わせた。

「今度は何ですか?」後輩の刑事が尋ねた。

カツオは顎をなぞった。「どうやら打ち合わせが始まるようだぞ」


「ファック、ド畜生め。これは荷物の地獄だぜ」

コガ・ナオキはその言葉にたじろぎそうになりながら椅子にもたれかかっった。このバカ全員とも自分を格好良く見せたいのだ。あたかもアメリカの酷いギャングムービーを見て口汚く罵れば自分の株が上がるのだと言わんばかりだ。

しかしナオキはそれを無視した。彼の仲間がスピリットダストを売り始めてから、金が流れ込み続けているためだ。そしてそのことが彼の仲間を幸福にしており、かつ(比較的)大人しくさせているのであれば、彼は満足だった。たとえそれがバカどもの事を我慢するということをを意味するのだとしても。彼らはやがて学ぶか、あるいは他の者のように落ちこぼれていくだろう。

道場の奥の間はナオキが自分の手で選んだ12人の舎弟で一杯になっていた。彼らは年齢層も幅広く、ある者は売人、ある者は殺し屋、そして他のある者はただの鉄砲玉であった。全員とも忠実なヤクザだった。全員ともナオキの手で直々に選ばれた物だった。

その彼らが囲む真ん中には金が綺麗に山積みにされていた。あまりにも大きな金の山であり、まるで漫画に出てくるような光景だった。スピリットダストを売る時の値段について話をする時、ヨシダは冗談を言わなかった。そして値段は彼らが売っていくにつれて上がっていったのだ。コガは考えにふけった。

「さて、親分に差し上げる方はいいとして、残りはどうするよ?」最初にしゃべっていたのと同じ男が言った。彼は歯を大きくむき出して笑った。その笑みは彼の若さを雄弁に物語っていた。「俺は前から欲しかったバイクを――」

「うるせえったい、偉そうにバカんごと」刺青まみれの老人が鼻先で嘲った。彼は不快そうに首を振ると、年寄りの歯のない笑みが向けられた。「コガの兄貴が決める事ったい、スミも入れてねえような青いのが黙りやい」老人は自分の身体中を示して説いた。

若い男は跳ねるように立ち上がり、目に炎を灯しながら老人をにらみつけた。彼はベルトに手を遣った。「きさん、なんか、やるんや? こんクソ――」

「おい」威光に満たされた、その一言が、カミソリのように空気を引き裂いた。

ナオキが腕を組むとともに全員が彼に目を向けた。「金は家族に行く。これは俺たちが家族として稼いだものだし、家族として持つ。いいな?」彼は周りを見回し、舎弟の一人一人に順番に目を合わせていった。彼らは視線を合わせるか、あるいは思い上がっている場合には恥じ入って目を背けた。

兄貴の言葉は舎弟にとって絶対の法なのだ。

ナオキはある一人を特によく見た。「シバさん。金を数えて、金庫に入れて、記録をしておいてくれ。オレが居ないときは誰にも触らせるな」

シバは深く頭を下げ、金を運ぶための手押し車を探しに出て行った。若い男がシバをどこか物欲しそうな目で見ていたことを、コガは心に留めた。

ナオキは完璧な振る舞いで椅子に腰掛け、目の前で指を合わせて尖らせた。これはまさにアメリカ風の仕草で彼が癖にしているもので、彼はそれを楽しんでいた。彼は目の前の聴衆をじっと見、言葉を慎重に選んだ。

「お前たちの忠義は疑う余地もない。そうだろう?」

何人か困惑した様子を見せたが、頷いて口々に同意の言葉をつぶやいた。

「お前たちはオレのシノギの友で、俺がみんなで今ここにこうして居られるよう計らったんだ。そうだろう?」

舎弟達は先ほどより納得した様子を見せ、積極的に頷いたり賛意を声に出したりした。

「そうだよな。それならお前たち全員オレの言うとおりにしたんだよな?」

彼らは、今度は確信をもって頷いた。舎弟の売人たちは様々なところから小さな装置を取り出し、手に持ってナオキに見せた。ナオキが目の前のテーブルを指し示すと、彼らは装置をテーブルに置いた。装置の画面がぼんやりと光を出した。

コガは椅子にもたれかかり、髪を後ろ向きに撫でた。「よくやった」彼はこらえきれず、にこやかな笑顔を舎弟に向けた。

それから、彼は自分の電話の出す小さな着信音を聞き、そして凍りついた。それは普通の電話の音ではなかった。彼はポケットに手を滑り込ませて財団支給の電話を引き出した。画面には一つのテキストメッセージが映っていた。

「ジュウヨウ ナ ジョウホウ。 アス 1400 ニ シテイ ノ バショ ヘ シュットウ セヨ -MI」

彼はそれを見、苦悩の表情を顔に出さなかったが、胃袋はひっくり返っていた。他の潜入エージェントだろうか?イワタは彼の最近の行動をまだ知らないのではないか?

何が起こったのだとしても、きっと良いことではないだろう。

彼は電話から顔を上げ、仕舞いこんだ。そして咳払いをし、舎弟たちの期待の眼差しを覗きこんだ。

「仕事に取り掛かろうぜ」


一時間前

イワタ・ミノリ司令官はコートを身につけ、福岡の通りにある財団の施設の外を歩いていた。彼女はすれ違う人々に別れの挨拶をつぶやいていた。すれ違う全員、彼女がこのような雰囲気の時には話しかけないほうがいいということを分かっていた。

小雨が降っていたが、彼女は気にしなかった。通りを歩きまわり、頭を下げ、心を思考でいっぱいに満たした彼女にとって、雨などごく些細な問題だった。

この地域一辺の収容チームすべて、価値のあることを成し遂げてなどいなかった。スピリットダスト事件の起こる頻度が収容できない急速に跳ね上がる一方、彼女のチームは何ら報告に値する情報を持っていなかった。

彼女が知るところ、スピリットダストは文字通り悪魔の薬物である、と後に記憶を処理した一般市民は言っていた。誰も薬物の出処についての手がかりを持ってはいなかった。堂仁会のヤクザが売って回っているという情報を除いては。彼らがどこから手に入れているのか、その事については誰にも分からなかった。

彼女は視線を上げ、福岡の繁華街に並ぶケバケバしい看板や広告を眺めた。看板は美容用品や新しい家電製品などについて不愉快な文句を謳っていた。彼女はため息をついた。見事に欺かれる愚か者達が平穏無事に暮らせるようにするのにどんな手間が掛かるか。知らぬが仏というやつだ。

彼女は過去のことに思考をめぐらせた。彼女の抱える研究員はスピリットダストが奇妙な点のある植物であるという事実の他には、何も発見できなかった。彼女が今すぐアメリカの基地に譲らないのは、彼らが持つ装備のことがあった……それらは絶対にアメリカやヨーロッパにとって用済みになって放棄されたガラクタよりはマシなものだ。

彼女は雨の中で目を瞬かせ、首を振り、思考を整理しようとした。少しリラックスする必要がある。彼女は既に何人かのおびえる研修生や収容チーム代表者を叱り飛ばしていた。彼女はこれからの日々の思考を曇らせる存在をこれ以上必要としてはいなかった。


彼女が家に着くころには、雨は止んでいた。集合住宅の建物は普段よりもいっそう殺風景に見えた。彼女は団地のそばに並べられている鉢植えを一瞥した。それらはいつもどおり馬鹿げて見えた。ちっぽけな茂みが鉢に入って相応しくない場所にいるのだ。

ミノリはクスリと笑った。きっと耄碌してきたに違いない。こともあろうに、鉢植えに怒りを覚えるとは。

ミノリは一階にある自分の部屋へのドアを注意深く開いた。これは彼女が毎日行っていることだ。不審な点が無いことを感じると、明かりをつけ部屋へと入っていった。後ろ手にドアを閉め、大きなため息をつき、肩をすぼめてコートをすべり落とした。

長い一日だった。彼女はとりあえず役割を果たした。イワタ・ミノリ司令官、猛烈で自律した財団幹部職員はコートと一緒にその仮面を脱ぎ去り、ただのイワタ・ミノリ、疲れきった中年の女性となった。

彼女は質素な居間を大股で通り抜け、台所へと入っていった。彼女は左にある棚の一番上を開け、台湾産の高粱酒の瓶を取り出した。彼女はそれを必要としていた。

グラスで一杯飲み、着替えることさえ拒むように小さなカウチに腰掛けた。酒をちびちびと飲みながら、所在なさげにテレビの電源を入れた。そうしたことが彼女の感覚を鈍らせ、眠りへと誘ってくれることを願いながら。酒は焼けるようだったが、その一口一口から、彼女はその魔法の力が彼女に効いてきていることを感じることが出来た。

ふふ。普通の物がこれだけキくのにスピリットダストを欲しがる者がいるだろうか?

「……そして、タケダ議員の死について更に続報があります。県検視局からの発表によりますと、議員の遺体から未確認の植物性物質が発見され、その物質にはある種の麻薬的な作用があると思われるとのことです。捜査当局は――」

ミノリはニュース速報の残りの部分を聞かなかった。彼女は既に電話を手に取り、猛然と字を打ち込んでいた。アルコールの霞はとっくに晴れていた。

「ジュウヨウ ナ ジョウホウ。 アス 1400 ニ シテイ ノ バショ ヘ シュットウ セヨ -MI」

その後、彼女はグラスを除け、再び地域収容活動司令官イワタ・ミノリの仮面をかぶり、そして仕事に戻った。

仕事が本当に終わることはないのだと彼女は思った。

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