"バード"
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これは私の体験した記録だ。信じても信じなくても構わない。
私は何処にでもあるような大学を卒業し、何処にでもあるような会社に入った、何処にでもいるようなOLだ。

他の人間と違った人生なんて一回も歩んだことはなく、他の人間と逸れたレールなんて一回も乗ったことはなかった。
つまりは、適度に平凡で、適度に刺激的で、適度に退屈な日々を送っていた。そしてそれがいいと思っていた。

私がそれに気づいたのは同期の連中とアメリカ旅行をした時だった。
確か私が向かったのはウエストバージニア。州立公園を観光する予定だった。

外国旅行に慣れた同期が選んだ宿泊地は山ん中のコテージ、周りに人家は無く、怪物でも出てきそうだと冗談を交わした。
旅に疲れ、宿に入り、シンプルな食事をとると早々に寝に入る。静かな夜だった。

私が目を覚ましたのは深夜。喉の乾きもあったが、一番は外から何かの鳴き声が聞こえてきたからだ。
鳴き声、キーキーという小さな、だけど確かに聞こえたその鳴き声。
その声を聞いたとき何故かは分からないけど頭の中に霧がかかったような気がした。
いつか、同じような場所で、何かに出会ったような。私はいてもたってもいられなくなって外に飛び出した。

鳴き声を追って、山奥に分け入った私が見たのは大きな鹿の死体だった。
そして、それを貪る人のような、鳥のような何か。赤い目を爛々と輝かせ、黒い翼を持った怪物。
私は腰を抜かした。でも、頭の中の霧はさらに深みを増して、何かを思い出すのを拒むようにかかって。

怪物は私に気が付いた。私は慌てて手を振り回す、でも、不思議と恐怖は無かった。
驚いたのか、怪物は飛び立つ。人のような、鳥のようなその怪物の飛翔する姿。
私の頭の中の霧は、その姿を見た私から隠そうとし続けた。
でも、私にはその姿が何か酷く懐かしく思えて、何か酷く悲しく思えて、まるでそれが

翼を持つ少女のように思えて。

私がそう考えた瞬間、怪物は不意に落下した。その姿は翼持つ少女に、あの夜、しがみついてきた少女に。
私は思わず怪物が墜ちた方へ駆け出した。頭の中の霧が晴れていく。

そうだ、そうだ、そうだ、私は、忘れていた、忘れさせられていた。
あの子のことを、私達が出会った、あの奇妙な夜のことを。
温もりを、震えを、瞳を。

私はあのときだけ平凡じゃなかった、私はあのときだけ何処にでもいるような誰かじゃなかった。
手や足を茂みが切り裂いていく、痛い。何故か分からないけど涙が出た。
でも、あの子は、あの少女は、今。

私はあのときだけは、あの子を助けたかった。

おそらくそれが墜ちただろう場所にそれはいなかった。私は朝が来るまで探したが見つからなかった。
宿の主人はそれをバードだと教えてくれる。日本ではモスマンと呼ばれる怪物だと。
あの存在が何なのかは分からない。でも、アレは私の閉じた記憶に反応した。
そして私は思い出した。私たちにとってのバードを。

日本へ帰り、私は気の抜けたような日々を送る。そこへ懐かしい顔が現われた。

「よお、アッキ。思い出したって?」
「うん、思い出した」
「ならさ」
「アタシ、バードを探す」
「なら、お前はこれからバードだ、イザベラ・バードからもじってな。俺は蜂須賀、改めてよろしくな、バード」

これは正義の味方とか、ヒロインとか、そういうのじゃないと直感的に分かっていた。
あの組織にも言い分があるのだと。そしてそれは恐らく正しい。

きっと大変な目やしんどい思いをするのだとも感じていた。
日々を脱却するための言い訳だとも理解していた。
無駄なことかもしれないと察していた。

私は何処にでもあるような大学を卒業し、何処にでもあるような会社に入った、何処にでもいるようなOLだ。

これまでは。

たった一回の出会いで、たった一回の旅で、あの日の少女を、飛べないバードを忘れられない。忘れてはいけない、忘れさせない。

私はバード。飛べないバードを探す、もう一羽のバードだ。

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