想定問題
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甲高い音を連れ、スピーカーがONになる。
 
何事かと目を剥いた。各々、仕事の手を止め、不安な互いの顔を巡らせた。
スピーカーはこう言った。
 
「こちら災害対策担当です。これから避難訓練を始めます」
 
周囲の人は安心したように笑い、手元の荷物を整理しだす。
私も編集途中だったデータを保存して、PCの電源を落とし、軽く伸びをする。
 
廊下の火災報知機が鳴る。
「火災が発生しました。3階の休憩スペースから出火……」
携帯が不快な音を立てる。
「緊急地震速報です。関東地方に地震が発生しました。揺れが……」
スピーカーががなる。
「不審な荷物が2階の会議室に届きました。現在荷物を……」
更に別の警報が鳴る。
「本ビルへの爆破予告を受け、本日の業務は……」
 
そういう想定なのだろう。私達は机の下で、揺れが収まるのを待った。
倒れた棚を乗り越え、落ち着いて廊下に出る。騒がしいスピーカーと違い皆は喋らない。
 
どこからか焦げた匂いがしていた。
休憩スペースを覗くと、珈琲メーカー付近で炎が壁材を舐めていた。ハンカチを取り出す。
 
一つ階を下りると、階段脇に黒服の男が立っていた。男の顔は奇妙に歪んでいて、手には包丁。職員ではないようだ。
男に近かった同僚は、間もなく刺された。
「うわ刺された。どうすんだ、役員を待ってればいいのかな?」
血がリノリウムの床に赤く円を作る。男は奥の部屋に消えた。
 
一階に下りると、役員が人々を外へ誘導していた。
誰もが退屈そうに、のろのろと歩いている。私もその列に加わって外を目指す。
 
そこで、扉の横に張り紙が貼ってあることに気がついた。
陳腐な赤い字で、今日避難訓練があることが書かれている。掲示許可を出した覚えは無い。妙に古ぼけていて、デザインがあまりにも事務的だ。
 
そうだ、もうすぐ終わるものをいつまでも貼っておいても仕方が無いだろう。デザインが気に入らなかった私は、それを理由に、張り紙を勢い良く剥がした。
 
 
それから。
 
三階から火に巻かれる人の悲鳴が聞こえる、二階からは何かから逃げ回る足音が聞こえる。
瞬間的にパニックになった人々は出入り口へと殺到する。私も目の前で人が倒れたの光景を振り払おうと、人の波に乗って外へ逃げ出す。
 
外に出た次の瞬間、空気の破裂する音と衝撃に私は吹き飛ばされた。
そういえば、爆破予告とも言っていたんだった。
 
地面に叩きつけられ、砂を噛ませられる。
頭を打ったらしく意識が遠のいていく中、うちに災害対策担当なんて無かったことを思い出していた。
 
 

 
 
Ag.山嵐は気怠げな様子で、ガラス扉の前に立った。
 
ここはサイト-8112の研究棟。普段は低脅威物品の実験などを行っている。
昼下がり。彼は眠たげに目をこすり、セキュリティを解除する。
扉には、陳腐な赤い字で「避難訓練のお知らせ」と事務的に書かれた、古ぼけたポスターが貼ってあった。
彼は特に気にせず、そのまま研究棟へと入っていく。
 
 
数分後、サイト-8112に警報が鳴り響いた。

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