あなたの記事が低評価にならないために
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このエッセイは新しく財団に入って、意気軒昂な状態で低評価を受けて、しおれてもう二度とSCP記事なんて書かないよ! とならないためのエッセイです。ニュービーが陥りがちな考えと、その何がよくないのか、ということをこのエッセイでは書いています。
筆者はこのサイトの最も古いメンバーの1人であり、そして初心者がこのエッセイで挙げられた「悪い例」を記事に書き、低評価を受け、記事を削除した後二度と現れなくなる光景を何度も見てきました。
もしもあなたがこのガイドを読むくらいに賢明な初心者なら、ぜひともこのエッセイを参考に記事を書いてみてください。前半は悪い例、後半は良い例を挙げています。

 

絶対に憶えておくべきこと

SCP記事は物語だということを忘れてはなりません。モンスターやマジックアイテムの設定集ではないのです。設定に終止して、物語が存在しないオブジェクトと、設定が陳腐でも、物語が面白いオブジェクトであれば、後者のほうがより良い評価を得られるのです。
どういうことかわからないって?設定と物語は違うということです。設定は読者を想定していませんが、物語は読者を想定して書かなければなりません。物語は読者の感情を動かす必要があるのです。読者がこの部分を読んでどのような感情を動かすか、それを考えて、執筆を行うのが物語です。
具体的な例を挙げましょう。SCP-019-JPはオブジェクトの設定は大変ありがちなものです――削除されるような、悪いモンスターの典型です。つまり、危険で邪悪な現実改変能力者。それ以外のなんでもありません。
このオブジェクトの末路を書いた物語、つまり、首の挿げ替えという部分こそが、この記事のミソです。これを読むことで、糞野郎な現実改変能力者の末路を読者は笑い、面白がるでしょう。設定部分というのは、首の挿げ替えに帰結するための前振りでしかありません。どのように感情を動かすかの想定をして、それに合わせて設定を構築するのが、いいSCP記事を書く近道です。
そして、物語を作り、それによって感情を動かすのに必要なものは説得力です。物語を作る、ということは嘘をつくことと同じです。より人が騙されやすい嘘とはどんな嘘でしょう――リアルな、説得力がある嘘です! ホラーであるがゆえに、しばしば現実離れしたことを我々は書く必要があります。だからこそ、その現実離れした部分以外で、徹底して理にかなった世界を作り、キャラクターやオブジェクトに説得力を持たせなければならないのです。嘘には嘘のリアルさが絶対に必要です。物語の中心に存在するのは常に大法螺ですが、その法螺以外の部分は本当であるように読者に思わせなければならないのです。
 
では、物語を書くという上において、避けたほうがいい例を挙げていきましょう。どれも、その記事の物語からリアルさを奪い、物語によって喚起される感情を台無しにしてしまう行為の例です。この例は3つに分類できます。1つ目は「とりあえず」ありがちな設定を足していき、その結果物語をつまらなくしてしまうタイプ。2つ目は「やり過ぎ」でとにかく物語に過剰さを付け加えて、その結果物語をつまらなくしてしまうタイプ。3つ目はそれ以外です。どれも、感情移入を阻害してしまい、読者を冷めさせてしまうものです。
 

とりあえずタイプ

とりあえずオブジェクトを危険にする

SCP記事は危険で怖いほうが良い評価をもらいやすい、という考えがあります。結論から言うとそんなことはありません。オブジェクトが喚起する感情と乖離した、取ってつけたような危険性というのは、ただ物語を陳腐にするだけです。無理に危険にすることを考えないで下さい。その危険性が「危険であるほうがいいだろうから」以外の理由で追加しているかどうか、物語上の必要性をちゃんと考えて下さい。理由なく人を殺すモンスターや、理由なく文明を破壊するラップトップPCのようなオブジェクトは、はっきり言って面白い記事にすることが困難です。「なぜ」モンスターが人を殺すのか、「なぜ」ラップトップが文明を破壊するのか、といった説得力をもたせられなければ、記事のリアリティは損なわれてしまいます。1
また、「こんなに危険なオブジェクトの設定」を提示するのに終わらず、例えば、「それをどうすれば財団が収容できるかという物語」や「危険なオブジェクトによってどのように誰かが悲惨な目にあったかの物語」など、オブジェクトの物語を作らなければならないのです。そういった物語を作ることが出来なければ、その記事は早晩削除されるでしょう。
例を挙げると、SCP-132-JPは最初、補遺で電子データや紙媒体などのあらゆる文字情報を捕食し文明を崩壊させる危険なオブジェクトとして描かれていました。ですが、今のバージョンであるほのぼのとしたもののほうが概ね好評を博しています。ストーリーに整合性をもたせられないならば、危険性なんかいりません。また、財団を困らせるためだけにつけたような危険性は、物語の面白みを損なうだけで終わります。
 

とりあえず人型にする

人型オブジェクトほど難しい物はありません。はっきり言ってとんでもない難易度です。なぜなら人型オブジェクトは人型であるに足りる理由が必要だからです。
これはあらゆるオブジェクトもそうなのですが、オブジェクトがその形である必要性が常に存在します。人型である必要、というのは、その必要性の中でももっとも難しいものです。単なる「燃え/萌え」のためにそういった造形にするならば、あなたのオブジェクトが削除への階段を登るのは間違いありません。
ひとつ例を挙げてみましょう。SCP-2662はどことなく人間型をした触手の怪物であり、ぞっとするようなおぞましい見た目を持っています。このオブジェクトがもし一般的な天使だとか女神の見た目だったら、オブジェクトは単に可哀想な神格どまりで、今ほど良い評価を得られなかったでしょう。このオブジェクトの外見はクトゥルフ神話の邪神じみたものであり、だからこそカルトのゾッとする部分と神格そのものの滑稽な哀愁が見事な相乗を見せているのです。

大事な話:同情を引くために人型オブジェクトの姿を子供や女性や猫や犬にするのにはみんな飽き飽きしています。被害者をそのような存在にするのにはもっと飽き飽きしています

SCP記事を書く時に行われるどうしようもないやらかしの一つとしてよく挙げられる行為の一つに「同情を引くためにオブジェクトを子供/女性/犬猫にする」というものがあります。
ええ、SCP-231はとても面白い記事です。SCP-496-JPは恐ろしく残酷で非常に素晴らしく楽しい記事の一つです。でもね、素晴らしい記事の後には二匹目の泥鰌狙いがあまた存在するのです。残念なことにみんな――そう、誰も、彼も、もちろんこのエッセイを書いている筆者さえも、女子供や小動物を痛めつければとりあえず同情が惹けるんじゃなかろうかと安易に考えて、そういうものを書き、書き、書き、サイトは可哀想なそれらの生き物たちの流血と不幸で溢れかえり、読み慣れた読者ほどバートリ・エリジェーベトよりひどく血の味に飽きてゲップが出そうになっています! もう次の無垢なる子羊の贄は不要です!
このエッセイを読んでいる賢明なあなた達にいいことを教えましょう――同じ人間の被害者でも老人と中年と青年男性を可哀想な存在にしている記事はびっくりするくらい少ないですから、狙い目です。コツは自分や自分の親や自分の祖父母がこんな目に遭ったら絶望で気が狂うよな、と思うようなことを想像してみてから、丁寧に丁寧にその状態に至るまでの道筋を積んでいくことです。

とりあえず怪しげな手記や記文をオチに使う

本当にこのスタイルは使い古された方法ですが、怪しげな一言をオチに持ってくるのは、それが出てくるだけの物語的理由を構築できていないかぎりやめておいたほうがいいです。なぜなら物語の書き手にとって都合が良すぎるからです。
AWCYのように自己顕示欲が強い集団が「作品の解説」やサインを残すなど、こういうオチの一言は「そこにある意味」がなければ使うべきではありません
例えば頭が三つあり壁抜けするライオンが存在するとして、そいつが自分についてのかったるい解説を残していくものでしょうか? 残していかないでしょう。なぜならライオンには知性がないからです。もしそいつが収容されてしばらくしてから自分の檻の中に怪しげな手記なんかを残したなら、そいつのバックに知性がある何かがいるということを表します。それも、解説をいちいち自分の作ったオブジェクトにご丁寧に付けて、財団に親切に教えるとっても都合のいい誰かです。その時点でリアルさは欠片もなくなります。
怪しげな手記や記文は本当によく考えて使わなければ、SCP記事全体をアホっぽくしてしまう恐れがあります。上手く使えないなら、よしたほうが賢明でしょう。
 

とりあえず[データ削除]でごまかしておく

読者がどういうことが起こったかを想像できない[データ削除]や[削除済][編集済]、███などの検閲は無意味です。削除されたものがなんであるかを想像させないのならそれは単なる文字数のムダでしかありません。例えば、SCP-103-JPの補遺2以降が全部伏せられていたら、随分つまらない記事になっていたはずです。
逆に素晴らしい[削除済]の使い方の例を挙げてみましょう。SCP-087の最後の[削除済]は、その前にドアが繰り返しノックされたという記録によって意味が推測されます。何があったのか、ということを推測させる[削除済]の使い方の良い例はこれでしょう。
何のために[編集済]が存在するかといえば、[編集済]の内側がなんであるかを語らずに語るためです。いちいち事細かに描写するより省略したほうがより物語の効果が高まる場合か、もしくはその部分が物語上本当にどうでもいい場合(例として、例えばSCPの第一発見者の名前がジョンだろうが太郎だろうがどうでもいいので、そこは黒塗りにするとか)だけ、その部分は検閲すべきです。
さて、あなたのオチはどうでもいい部分ですか? それとも、十分に読者に情報を与えた上で、その隠された内側を誰でも想像できるようにしていますか?
どちらでもないなら、[削除済]を考えなしに使うことはやめて、オチを練り込むために頭を使うべきです。
 

とりあえず要注意団体を出す

あらゆる要注意団体は、その団体の目的のために合理的に活動をしています。Are We Cool Yet? のアーティストはぞっとするような芸術作品を作り、サーキシズムの狂信者は邪悪な神のために奉仕し、蒐集院は妖術と宗教によって怪異を鎮め、そして日本生類創研は生命を探求し、異様な生命を産み出すために行動します。要注意団体は目的のために活動するのであって、無意味にオブジェクトに関わることはありません。適当なオチのために要注意団体の名前だけを出しておくのは、極めてオブジェクトを陳腐なものにし、リアリティを損ないます。要注意団体が何のためにそのオブジェクトに関わるのか、そこに説得力を持たせなければなりません。
また、要注意団体に言及を行う場合、「隠すことによる恐ろしさ」の効果は大きく減じると覚えておいてください。
例えば、SCP-231を想像してみてください。このオブジェクトは何によって生まれたのかという過去を覆い隠しています。それはこのオブジェクトが「何を生むのか」の手がかりを最小限にするほうが面白くなるからです。サタニズムの狂信者がこれを生み出したのか、それとも産まれる何かをどうにか堕胎しようとしていたのかはわかりませんが、とにかくこれから生まれてくるものはろくでもないものである、それ以上のことはわかりません。このSCP-231-7の尻にこんな文字が浮かび上がっていたとしたらどうでしょう。「Are We Cool Yet?」……台無しですね。生まれてくるものはどうせクソみたいなアートに決まっています。これだけで読者はがっかりしてしまうでしょう。下手に要注意団体を使うというのは、読者の想像の幅を大きく狭め、記事の評価を悪くするものだとわかってください。オチに含みを持たせるためだけに要注意団体を記事内に出すのは、逆効果しか産みません。
 

とりあえず神話や伝説、伝承と絡める

例えば、あなたは宇宙物理学だとか量子力学に関するオブジェクトを、知識がないのに書こうと思いますか? 思わないでしょう。Wikipediaをいくら使ったとしても、知らないものについて色々と書こうとすればどんどんボロが出てきて、記事がアホっぽくなるのは目に見えていますから。
宗教や神話、伝承もそれと同じです。ゲームか漫画だけで知った知識でもって、適当に名前だけ借りた神話や伝承とオブジェクトを絡めるのは、中学物理しか知らずに相対性理論について語ろうとするようなものです(なぜだか、文科系の知識と医学に関してだけは、粗雑でもそれについて語り、書くことができると思っている人が時々いますが、無理です)。神話や伝承は名前だけ適当に使うようなものではなく、物語の中核に置くか、一番重要な装飾として使うべきものであり、それなりにその神話や伝承についての資料を読んで、知識を深めてから使うか、人に教えてもらったほうが賢明です。これは文科系の知識だけではなく理科系の知識についても言えることですが、自分が知らないことは勉強するなりフォーラムで質問しましょう。
 

やりすぎタイプ

犠牲を過度に出す

安易に作られた犠牲者ほどつまらないものはありません。これはとりあえずオブジェクトを危険にするのと同じ理由ですが、加えて財団が馬鹿に見えるという意味でも記事をつまらなくします。財団はバカでも無能でもなく、天才が最高の努力を続けて怪異を押さえ込んでいる集団だと考えて、その上でどうしても物語上必要ならちゃんと財団を合理的に動かしたうえでやりましょう。
 

財団を過度に無能にする

財団のキャラクターは収容のために、常に全力と最善を尽くそうとしています。そして、財団は世界最高の天才の集まりでもあります。そんな集団が愚かしい真似をするのは随分不自然です。
例えば内ゲバで、例えば博士の悪ふざけで、その他、あらゆる馬鹿げた真似によって愚かな収容違反や犠牲を出したり、あるいは簡単にオブジェクトを収容不能と位置づけたりするのは、財団を軽んじすぎています。
「収容不能」という言葉は収容不能に値するだけの収容の難しさ・無意味さを持っていなければなりません。「収容違反」という言葉は最善を尽くした上でそれでも予測不可能な事故の上にもとづいていなければなりません。
本当にあなたの収容プロトコルは最善を尽くしていますか? 最善を尽くしていないなら財団は無能の集まりであり、これまで書かれたあまたの優れたオブジェクトも(あなたの描いた世界の中だけに限っては)また無能の集団によって収容されていることになります。まして内ゲバなどで財団が内部崩壊しているのであれば、中心的なカノンにあまりにも外れており、十分説得力があるだけの物語を作れないのであれば削除から逃れるのは難しいでしょう。
 

オブジェクトを過度に悲惨にする

よく勘違いしがちなことですが、憐憫の感情を引き出すには当事者性が必要です。読者が関わることによって引き出す憐憫の情と、取ってつけたような感動は全く違うものです。
よくわからない? 例を挙げてみましょう。SCP-231は恐ろしい目に合う少女の物語ですが、モントーク処置がいかなるものであるのか、という部分は読者の想像に任されます。読者がゾッとするようなことを考えれば考える程、少女は悲惨な目に遭う、というのは、繰り返し作者によって提示されてきたものです。SCP-496-JPは記述されることによって魂を持つ少女ですが、彼女はページを閉じることにより、読者自身によって殺害されます。いずれも残酷であり、憐憫を引き出す物語ですが、しかしそのどちらも一言足りとも残酷描写を行っていません。加えて、彼女たちの苦痛がどれほどのものであるかは、読者に委ねられます。このように、読者を残忍な行いに関わらせないと、物語をむごたらしいと感じさせる事は出来ません。やたらと猟奇的な表現を付け加えたりするのは、戦争の資料映像よりもずっと、読者の感情を動かしません。読者が手を汚さないかぎり、それは他人事なのです。
また、財団はそれが必要でないかぎり残忍なことはしません。残忍であることはオブジェクトを反抗させ、収容違反に繋がるリスクを生み出します。財団は冷酷ではありますが、好んで悪を為そうとする人々の集まりではないことを忘れないで下さい。
 

その他のタイプ

客観性のない記述を行う

SCP記事は物語ですが、同時に報告書やレポートという形式をとったものです。報告書やレポートは客観性に基づいた記述の上に書かれるものです。したがって、キャラクターの主観によって書かれた記述は思い切り浮きます。
研究員などのキャラクターに斜字でセリフを言わせるのは、基本的に重要な提言や残すべき記述のみだと考えたほうがいいです。また、報告書と関係のない私信などを記述してしまうのも記事からリアリティを失わせます。重要書類に私信を載せるとか、普通の会社でも処罰の対象です。ましてや秘密組織であれば。
 

SCP記事やAnomalousアイテムを二次創作投稿場所と勘違いする

あれはオリジナルを書くためのものであって、あなたの二次創作を投稿する場所ではありません。二次創作に関しては……二次創作コンテストや二次創作カノンハブなどが作られるかもしれないので、そういった場所、あるいはTaleでやりましょう。
 

ネタ被り

ネタが被って思わず政治的に正しくない言葉を叫びたくなることはままあります。ですが、これは過去の記事を読んでいれば案外避けられるものであるのと、あとSCP記事で大事なのは設定ではなく物語であるので、設定の被り程度であれば物語の構築をきちんとすれば問題なくオリジナルになります。
例えば、SCP-163SCP-295-JPはどちらもエイリアンについて書かれたオブジェクトです。記事の対象にしているものは同じエイリアンですが、しかしこの2つは全く読後感が違うはずです。片方は友好的な接触であり、もう片方は悲劇的な接触を描いています。このように、テーマは同じであっても、着眼点やバックストーリーを変えることによって、ネタ被りは避けることが可能です。
 

狂気を表すために単語を連呼させる

実際発狂したらこういう書き方をしないよね、みたいな文体はかなり報告書のリアリティを失います。狂気にもリアリズムが必要です。ラヴクラフトの「ああ、窓に! 窓に!」で終わる有名な日記の真似事は、ちょっと書き手が読み手に親切すぎてリアルさを失っています。発狂者の文体や死に至る手記に関しては現実の遭難者などの手記を見るのがいい参考になります。手記の書き手が追い込まれるにつれて、文章は短くなり、ひらがなが増え、句読点やエクスクラメーションマークなどの語尾につける記号がなくなり、指示代名詞が増え、書き方は粗雑になります。また、本当に肝心の時には手記は書かれません。ある程度時間がある時に手記は書かれるのです。
例えば、山で怪物に襲われた人物の手記を書くとするならば、

なんてことだ、テントの向こうに化物がいる、いやだ、こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい
ああ、テントを破って入ってくる!

よりも、

あれがまだいる テントのすぐそば。 足はまだ治らない
(ここで手記は終わっている。執筆者はSCP-[編集済]に食い荒らされた状態で発見された)

のほうがリアルです。
リアルじゃない手記に頼ってしまい、安易に登場人物に長々と自分の説明をさせてしまうのは、それだけで恐怖を阻害し、読者が物語へ没入するのを邪魔します。リアルさが必須なのです。
あと、創作された手記でしょうが、洒落怖には良く出来た最後の手記のヒントがありました。
http://syarecowa.moo.jp/127/2.html
参考にしてみてください。
 

隠しページに物語の根幹に関わる真相を入れ、それを見ないと内容がわからなくする

マジな話、言われなきゃソースをわざわざ見たりしません。ディスカッションなりで示唆した方がいいです。あと、隠しページが報告書内に作られる理由をちゃんと考えておきましょう。とりあえず怪しげな手記や記文を使うのと同じで、隠しページを使うなら隠しページが使われるだけの理由と説得力を持たせなければなりません。財団のデータベースをハッキングしてまでわざわざ真相を教えてくれる親切なモンスターというのは、ちょっと説得力に欠けますからね。
 
 

どうやって面白い記事を書くか?

悪い例があるとするなら、いい例も存在します。とはいえ、単に記事のテクニックや書き方を「いい例」として挙げるなら、前後の文脈などを考えずそのままそれを使ってしまう人が出てきてしまいます。そういったテクニックを学ぶのに一番いいやり方は、過去の記事を考えて読むことです。そのため、この項目ではあくまでもそういったテクニックは自分で見つけるものとして、もっと幅広い記事を書きやすくするやり方・面白くしやすくするやり方を載せておきます。
 

前提として: 焦らないで!

面白い記事を書くために、もっとも重要なことは「焦らない」ことです。まず過去の記事を読んで評価し、面白い記事とは何かを考えて自分の中で基準を作り、ガイドを読み、ブレインストーミングや下書きの中で記事をブラッシュアップしていき、一度記事を客観的に読んでみて、そして投稿する、という流れは面倒に思えるかもしれません。けれど、最初の創作でつまずかないためには、この手順を踏んだほうがいいのです。
あなたの中にあるアイディアが金鉱石だとすれば、この手順は精錬と彫刻によって、黄金の宝飾品=面白い記事にするためのものです。金の質がいくら高くても、精錬や彫刻の手順が悪ければ黄金も台無しになるように、いくらあなたの中に眠っているアイディアが良くても、十分に自分の中に様々な記事のやり口を取り入れて、また自分とサイトメンバーによるブラッシュアップの手順を踏まなければ、そのアイディアは良ければ凡庸な、悪ければつまらない記事に収まってしまうでしょう。
慌ててあなたの中のアイディアをくずにしてしまうくらいなら、腰を据えて精錬を行ったほうがいいのです。それにかかる数週間程度で、財団がなくなることはありません。
 

過去の記事にVoteしよう

はっきり言っておきます。財団における創作の最大のヒントは過去の記事です。過去の記事を読んでいなければまず面白い記事を書くことは出来ません(書けたならあなたは才能ある人です。でも、安定して面白い記事を書くためにはどっちにしろ過去の記事を読んでおいて損はありません)。
まず、一通り評価の高い記事を読んでみましょう。そして、「何故その記事を面白いと自分は思ったのか?」と考えて、それを書き出してみましょう。その記事のどの部分がどのように感情を変化させるか、ということを考えてみるのです。読者に対してどういう働きかけをすることによって、どういった感情を読者から引き出しているか、ということを書き出してみれば、おのずからどういった記事が面白いものなのかわかるはずです。記事の中で使われているギミックやテクニックは、記事のどういう状況で成立しているのか。どういう文脈を経ることによってオチの一言の鮮烈さを生んでいるか。それを学んでいけば、とりあえず他の記事でやっていることを表面的に模倣したりするようなことはしなくなり、良い記事を書きやすくなります。
 

何を書きたいのかはっきりさせよう

あなたが書きたいものは何でしょうか? それをはっきりさせなければ、記事を書くのは難しいです。例を挙げてみましょう。
SCP-777-JPにある要素は「鶴人間」「荒ぶる神」の2要素です。もう一つ「鶴人間」の要素があるオブジェクトがあります。SCP-020-JPですね。このオブジェクトは「鶴人間」「青春SF小説」の2要素が含まれています。ですがSCP-777-JPとSCP-20-JPは全く読後感が違いますね。その理由は、SCP-777-JPは「荒ぶる神」という要素に焦点を当てており、鶴人間はあくまでもこの要素を盛り上げるものであるのに対して、SCP-020-JPは「鶴人間」というキャラクターに焦点を当て、それを深めるために「青春SF小説」の要素が存在するということです。このように記事のどの要素に焦点を当てるか、を考えることで、その記事の一番重要な部分を深め、オブジェクトの物語の最初の部分を作り出すことができるのです。
このように、あなたが記事を書く場合、ざっとあらすじを書き出してみて、その中にあるどの要素をメインにするか、ということを考えて、1つだけ(2つ選んではいけません。焦点を複数にすれば像がボケるように、物語のメインを複数にすれば物語全体がボケてしまいます。1つ、いちばん重要な要素を選んでください)要素を選んで、その重要な部分から物語を書いていきましょう。この要素の理由――例えば、777-JPなら「こんなに神が怒り狂っている理由はどうしてなのか」を深めていくことで、物語が出来ていくのです。
 

物語を首尾一貫させよう

物語とは嘘をつくことである、とは既に述べたとおりです。うまい嘘とは、理屈が通っている嘘です。物語に「なんでそうなったの?」と読者が疑問をいだいてしまうような違和感があれば、読者は気持ちよく騙されることができなくなってしまいます。
例えばSCP-295-JPはまず、「エイリアンの怨霊」という要素を掘り下げることから始めました。「なぜ」エイリアンは怨霊化したのか?その理由は、GOCが彼らを虐げたからです。「なぜ」GOCはエイリアンを虐げたのか? 人類を絶滅から救うためです。こうなると、後はこの「なぜ」に対する回答を順番に書いていけば、記事が出来上がります。295-JPなら、「GOCはエイリアンを屠殺して技術を奪うことで、その犠牲の上に人類を救済する手段を作った。エイリアンは怨霊となり人類に祟りをもたらした。財団とGOCは人類を守るという目的のために彼らの怨念を強引に封じ込めてしまった」というお話ですね。
この因果がちぐはぐで、首尾一貫しないものだと、物語はめちゃくちゃになってしまいます。エイリアンが怨霊になった理由・GOCがエイリアンを虐げた理由、それぞれの理由がちぐはぐであれば、この話は成り立たず、読者はつまらないと思うでしょう。オブジェクトにせよ、財団にせよ、GOCなどの要注意団体にせよ、それが何かを起こしたなら、起きるだけの理由が存在しなければ、読者は物語に没入できず、作者の嘘を見ぬいてしまいます。
 

サンドボックスを使おう

サンドボックスⅢの下書き批評システムは便利なものです。あなたの作品に対して投稿前にフィードバックを与えてくれる数少ない場所がサンドボックスⅢです。ここでは本当に基本的な漢字や文章の間違い、学術知識の間違いのようなことから、あなたの記事が面白いのか面白くないのか、面白いならどこが面白いのか、面白く無いならどのように修正・改稿をすればいいのかということを教えてくれます。
下書きページにはすぐに意見が付かないことがままありますが、じっくりと待ちましょう。Twitterのハッシュタグ(#SCPJP)を使ったりして、下書きページに誘導してみるのもいいかもしれません。なんであれ、数多くのフィードバックを貰うにこしたことはありません。一人の頭で考えたものよりも、複数人の頭で考えたもののほうが、よりよいものになりやすくなりますから。
下書きに一通り意見がついたら、その記事を一度自分で読み返してみましょう。書き直した後には気づかなかった粗や、より良い書き方などが思いつくことも有ります。下書きを「批評中」にすることは他人の意見を受けて記事を改善するチャンスであり、それをひと通り読んだ後で一度記事を客観的に見つめなおすためのクールダウン期間にもなります。ぜひとも有効活用しましょう。
 

下書きページやディスカッションでついた批評を真摯に受け止めよう

下書きページやディスカッションではあなたの執筆した作品に対してとても正直な批評が付きます。厳しい意見、例えば『つまらない』や『面白くない』というものを見て、傷つくことがあるかもしれません。けれど、その後に『どこが悪いのか』『どこを直すべきか』というフィードバックがあるはずです。批評する人たちはあなたの作品を読み込んでいるから、そういった批評が行えるのです。あなたに対する罵倒や攻撃のために批評をしているのではないことを忘れてはいけません。
また、あなたの作品は、「批評中」にされた時点であなただけのものではなくなり、サイトに掲載され、評価の対象になるという前提で評価されるのです。作品とあなたの人格は下書きページの公開、あるいは本投稿がなされた時点で切り離されます。作品と自分を同一化しないでください。
それでも、一部の人は傷ついてしまうかもしれません。けれど、その記事を削除してしまったり、下書きを取り下げてしまう前に、一度深呼吸をしてから批評を読み、そして、その意見を受けていかに自分の記事を改善できるか、建設的に考える習慣をつけてください。批評する側も執筆者と同じくアマチュアなので、意見が必ずしも正鵠を得ているわけでもなく、また言葉がすぎることもあります。ですが、真摯な批評をし、あなたの作品を改善したいという意思からそれらの批評が書かれていることを忘れて、批評を受け入れなかったり、改善を行わなかったり、批評者を罵倒するような真似はやめましょう。
ただ、ついた批評をどうしても受け入れられない場合、財団を離れる前に管理メンバーや、批評をした人に対してそのことを伝えて、ディスカッションしてみてください。真摯な態度から出たものは、当然素早く改善されていくでしょう。
 

意見に対して質問をぶつけよう

批評する側がアマチュアである、ということは既に書いたとおりです。必ずしも正鵠を得ているわけではない、とも。当然「は?」とか「その批評は的外れじゃねえの?」とか、思うことがあるかもしれません。執筆者が常に面白いものを書けないのと同じくらい、批評者も常に正しい批評は出来ません。
なので、批評に対して疑問に思ったり、批評に対して「そこは間違ってるんじゃないの?」と思ったら、どんどんそれをぶつけていって欲しいのです。批評側もまた、執筆者による意見を受けて、批評を改善することが出来ますから。前項でも書いていますが、批評を行う目的はその記事をより良いものにすることであって、あなたに対して攻撃したいわけではなく、批評者と執筆者はお互いにぶつかり合うことでよりお互いを良くする目的のためにディスカッションをしているのです。どんどんディスカッションをしましょう。そのためにフォーラムは存在するのですから。
 

記事をすぐに削除しないようにしよう

あなたの記事についたディスカッションはとても貴重なものです。特に投稿してから48時間の間は、その記事が一番多くのメンバーに読まれ、意見を貰える最大のチャンスです。記事の評価が低いからといって、すぐさま削除するべきではありません。なぜ記事は24時間削除されることなく保護され、記事に対して削除勧告がなされても追加の猶予が得られるのかということを考えましょう――それは最初のディスカッションが最も盛況になる時間を、作者があまさず読むことが出来て、かつそれをフィードバックするためです。その時についた意見は必ずメモ帳などに保存しておきましょう。
低い評価で記事がとどまっているからといって、その記事を削除する行為はオススメできません。筆者の最高評価記事である2SCP-019-JPは、改稿するまで-2の評価にとどまっていました。 この記事は現在評価+60を超え、とても人気がある記事になっています。安易に削除を行う前に、その記事を可能な限り良くする手段を考えてみてください。記事がもし消えても、アイディアはサンドボックスなどに保存しておいて、後日改稿するやり方が思いついたら再投稿してみましょう。それを禁じるルールはありませんし、削除されたものを改稿した上で再度投稿するのは何ら問題ありません。一年前は凡庸だった記事が、一年間温めることで良くなることなんて、ざらにあるのです。
 
 

最後に

面白い記事が読めることを多くのメンバーは願っています。あなたの新しい記事がこのガイドによって面白いものになれば、私も嬉しいです。ぜひとも、たくさん面白い記事を書いてください。

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