アートと歪んだ美意識と
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パリ

第33回パリ異常芸術展

2017年9月3日、11時47分


ディーワーン・スピリョーロ、本名ギヨーム・ブーヴィエは、今回ばかりは本当に全力を尽くしていた。この高名なフランスの異常建築家は、パリの伝統──アナーティストたちが敬重するただひとつの伝統──通りに催されるはずの、あの展覧会を誘致予定の建物を設計するという栄光に浴していたのだ。そうしてスピリョーロは『殿宮大』を作り上げた。彼と現実改変チームは、数ヶ月前から仕事にかからねばならなかった。広大な空洞を穿ち、建物を築き上げ、場合によっては古いビルが地上に崩れ落ちるのを誤魔化してやる必要があった。だがその結果は、それだけの価値のあるものだった。何もかもが非現実的な色合いに塗り直された、錚々たるパリのモニュメントの、途方もない非ユークリッド的交錯が出来上がったのである。そしてスピリョーロは『殿宮大』が好きだった。自らそれに与えてやった、美的なものにことさら反するその名称も、約束事に突き立ててやった醜悪な中指のようで気に入っていた。実を言えば、スピリョーロは自分のことが好きだったのだ。それに人々もスピリョーロのことを愛していた。それゆえ彼と面会するには、途方もない待ち時間が必要となった。

だがムッシュー・ド・リールは、スピリョーロに会ってみたいと考えてなどはいなかった。『殿宮大』そのものをすでに十分高く評価していたのだ。彼はエッフェル塔4階の正面を通り過ぎ──それは『殿宮大』の1階にあったのだが──そして逆向きの重力を受け、リサイクル可能なトイレットペーパーのロールで作られたポン・ヌフの上に行き着いた。そこでは数知れないアナーティストたちが自らの作品を両脇に展示していた。ムッシュー・ド・リールはある展示の前で立ち止まった。素人目にはルーヴルや、その他あらゆるごく普通の美術館に展示されてもいいような、古典主義を完璧に体現している絵画に見えた。だが彼はそこにきわめて魅力的なものを、すなわち芸術なるものの転覆の、さらにまた転覆を見出した。実にメタアイロニックだ、本当に。いや素晴らしい。あとでまた戻ってこようと思いつつ、彼はまったく同じ歩調で歩き出した。彼は単なる観客としてここにいるのではなかったのだ。そして、彼のスーツに引っかけられた白一色の小さなカードは、そのことを知らせるためのものだった。それを目にした誰もが即座に、彼が「ヒューマニストの貴族たち」代表者、レノバティオ・プルクリタティであることを理解した。これだからミームは面白い。

「俺たちはクールだ!」喚き声が聞こえた。

彼はやにわに振り返った。嗚呼! それこそが彼の出会った最初の、Are We Cool Yet?の作品であった。Sommes-nous Devenus Magnifique?の展覧会の場合とは逆に、この集団はパリ異常芸術展の起源ではなかった。このパリ異常芸術展は、ヨーロッパ全域の特異なコミュニティからメンバーを集め、多かれ少なかれ自然発生的に成立したものである。だがパリ異常芸術点が手にした重要性を目にすると、この集団は、それを無視してしまうことができなかったというわけだ。ムッシュー・ド・リールは人垣越しに作品を見るため爪先立ちになった。──は。はは。素晴らしい! 空色をした凱旋門の巨大なアーチの中に、白く冷たい部屋があった。水銀アマルガム未使用の鏡が壁の代わりになっており、その内側を覗かせていた。そして中では、ここの人々を取り巻いている紋切り型に従って、粗雑な化粧を施された吸血鬼が、椅子に据え付けられていた。円形のロゴ入りの白衣を纏った男女が一人ずつ、何本もの注射器を吸血鬼の皮膚に突き刺しながら、その周囲をうろついていた。折りにふれ偽の科学者たちが、強い断定の調子で叫んでいた。

「俺たちはクールだ!」

それは見事な現実の転倒であった。SCP財団が都合のいい優越性を主張しながら、意味もなく拷問しているところを、特異なコミュニティ全体により観察されていたのだから。諷刺、なるほど諷刺であった。しかし全てを仕上げていたのは、ちゃんと吸血鬼が生きていること、注入される神経毒と全く同じくらいに、注射器が精巧であることだった。そしてまたそこには、精緻きわまるポスト-アイロニーがあった。この諷刺は異常芸術の被害者たちを小馬鹿にする一方で、諷刺家たちをも批評していたのだったから。いや素晴らしい、本当に。

..ア ン ト ワ ー ヌ....

ムッシュー・ド・ リールは振り返った。彼がここにやって来た理由が、こちらに前進してきていた。あの昔馴染みの ウ ィ ル ソ ン だ。 ウ ィ ル ソ ン は概念と一体化していて人間ではなかった(それゆえ ウ ィ ル ソ ン を表象可能な代名詞はなく、この欠落のため文中に幾度もの反復が生じた)が、彼にとってはそれが確かに気に入っていた。「貴族」は ウ ィ ル ソ ン の概念と、心からの抱擁を交わした。

..こ こ で な ら......会 え る..だ ろ う....思 っ て ね 。..見 る 目....あ る........こ こ に..来 る ん だ 。」
「はは、私も君にはうんざりさせられるよ。」

ムッシュー・ド・リールは別に理由もなく ウ ィ ル ソ ン に毒づいたわけではなかった。この概念はいつだって、いくつもの解釈段階を縦断しながら、優れてメタアイロニックなコンセプトのもとに話をしていた。そして今度は、「貴族」がどうしても改められない遅刻癖をからかったところだったのだ。ムッシュー・ド・リールは親しい間柄の友人として、そうした言葉を容易に解読することができた。

..イ ン ス タ レ ー シ ョ ン....準 備....で き て る よ 、..ア ン ト ワ ー ヌ 。..観 客....待 っ て い る 。」
「それじゃ、歪んでしまった美意識を変革しに行くとしようか、君。」
..レ ノ ヴ ァ テ ィ オ....プ ル ク リ タ テ ィ美      の      再      生..ね え 。」

表面上 ウ ィ ル ソ ン は、「ヒューマニストの貴族たち」の創案する、時に仰々しい名前を嘲笑していた。だが実のところは、そうした名前が意味するところに好感を抱いていた。

..君 た ち..ヒ ュ ー マ ニ ス ト は..ど ん な..調 子 だ い....

そう、 ウ ィ ル ソ ン だって時々は、非概念的で陳腐な問いを投げかけるようなこともあった。

「ああ、貴族たちは上手くやっているよ。われわれの元にはますます多くの新人たちがいる。自らの手で特異なものを見つけ出し、世界を変えたいと思っている者たちがね。それに、個人的な主導権などはもはや存在しないと言うが…。それもどうかな。今の世界の状況といったら、われわれにとってさえも、全体として芳しいものではないだろう。情熱に燃えている者と同じだけ、悲観主義的な人間も生み出しているんだから。楽天主義は死んでしまうわけにいかないのさ、君。そしてそいつがペシミストたちの事なかれ主義に打ち勝つはずだと、私は信じているんだよ」
..美 意 識 は..死 ん じ ゃ..い な い..っ て わ け か 。」

ムッシュー・ド・リールは気でも狂ったように率直な笑いをぶちまけた。非特異的なミームというのも、また面白いものだった。

「それで、君の方の異常芸術はどんな感じなんだ?」
..そ う だ な 、..君 も..知 っ て の 通 り 、..イ ン ス タ レ ー シ ョ ン....準 備 に..こ こ..数 ヶ 月....費 や し た よ 。..未 来 へ の 旅 行..な ん て..そ う..簡 単 に..作 れ る..も の で も..な い し ね 。」

そう、ムッシュー・ド・リールだってそのことはよく知っていた。未来を視覚化することのできる「ポン・サンギュリエ」の理論化を担当したのは彼であり、それを ウ ィ ル ソ ン が制作したのであったから。彼らはそれから、全てが金で作られたドーム・デ・ザンヴァリッドの中に入った。そこでは建物中央にある、ナポレオンの墓に当たるのであろう円形の舞台をちょうど避けつつ、多くの人が集まっていた。それこそが、この日の目玉の作品の舞台、すなわち彼らの舞台であった。

12時00分

ムッシュー・ド・リールの中で、不安の念が高まってきていた。異常芸術の第一人者が彼の周囲に集まっていた。だがもし彼の計算が誤っていたら? この公演は、「貴族たち」による「美の再生」のやり方が、正当なものだということを証明するチャンスであった。時に侮蔑され、時に尊敬されたそれとは、「優れたる人」を生み出すような方向に、芸術界を転換させるというものだった。「貴族たち」は自ら未来の芸術を作り出そうとはしておらず、それゆえ彼らは、特異なものが貯まれば決まって、アナーティストたちに融資を行っていたのである。そのアナーティストらは観客を殺すようなことはなかったのだ、まあ大抵の場合は。そしてムッシュー・ド・リールの両肩には、この使命の未来がかかっていた。失敗すれば異常芸術の世界において、全面的に信用を失うことになるだろう。だが成功すれば…。そうして彼が専念したのが、この予測を確実に仕上げることだったのだ。

..紳 士 淑 女 、..概 念..な ら び に..非 現 実 存 在 の..皆 様 方 、..謹 ん で..私 が..ム ッ シ ュ ー........リ ー ル....皆 様....ご 紹 介..さ せ て..頂 き ま す 。」 ウ ィ ル ソ ン が切り出した。「......我 々....多 く に と っ て 、..気 前 の い い..パ ト ロ ン で あ る..『 ヒ ュ ー マ ニ ス ト の..貴 族 た ち 』 の..代 表..と し て..こ こ....い る..わ け で す が 、..し か し..そ れ だ け で は..ご ざ い ま せ ん 。..ア ン ト ワ ー ヌ....友 人..で し て 。..ま た..私 も 、..前 代 未 聞....こ の 公 演....与 ら せ て..い た だ き ま し た 。..私 ど も....手 に よ っ て 、..皆 様 に..未 来 の 芸 術....お 目 に か け て..み せ ま し ょ う..。」
「皆様はご覧になっていませんが、この部屋の中には至るところに、現実の逆転が存在しています。それらは全て一箇所に、この場合には私の頭の周囲およそ30センチメートルの範囲に集中しております。全ての装置が起動されると、すぐにもそこに、並外れたる『ポン・サンギュリエ』が形成されることでしょう。ですが現実は、いかようにも歪んだりすることはなく──綿密な調査と複雑きわまるアートの通史、さらには心理歴史学とも称すべき、途方もない確率計算の力を借りて、私は未来の芸術が取りうる姿を見るのです…取るに足りない失敗の余地も、あるにはあると存じますが。そうして未来の芸術が、皆様に中継されるわけです。無論私の知覚を通してではございますが、何分それが唯一の手段であるものですから。」

ムッシュー・ド・リールが舞台中央に配されていた椅子に座ると、突然光が弱くなった。観客の視線が「貴族」とドームの天井にあるスクリーンの間を行き来していた。その後かすかな雑音が、現実そのものの奥底から立ち上ってきた。だが現実の歪曲は、鮮やかな閃光とか、限りなく純粋なエネルギーの放射とか、そうしたものの混淆として立ち現れたわけではなかった。そう、それはもっと繊細なものであったのだ。少しずつだが、かすかな光の回折が、「貴族」の頭部を取り巻きはじめた。軽やかな泡、あるいは不透明な宇宙服のヘルメットに閉じ込められたかのように、彼の頭部は視認することが困難になった。ムッシュー・ド・リールにとって、観客はすでに消え失せていた。その感覚は別の現実に捕らえられ、彼は確率論的に用意された未来の中を、安らかに漂っていた。

それから全てが加速した。

ムッシュー・ド・リールが目にしたものを言葉で表すことは不可能だった。

彼の脳は未来の芸術の可能性に浸された。

ミームを帯びた芸術が、論理に対して直接的に作用して。


A E S T H E T I C.



エ ス テ テ ィ ッ ク




そして闇。


..ア ン ト ワ ー ヌ....ア ン ト ワ ー ヌ....

ムッシュー・ド・リールがふたたび目を開けると、ポン・サンギュリエは消えていた。観客もまた、転写によって打ちのめされ、超越性の塊に圧倒されて床上に転がり、姿が見えなくなっていた。唯一重要なものは芸術だけだった。ムッシュー・ド・リールは、もはや元のままの彼ではなかった。未来の作品が伝えたものは全て彼の内にあり、そして今では、彼はそれを伝達できるようになっていた。

「未来の芸術を見たよ、 ウ ィ ル ソ ン 。私はあそこにいて、全てを目にした。」
..ど う だ っ た ん だ ?..聞 か せ て く れ 、..全 部..!」
「あれは──」彼の目から最初の涙が零れた。「──美しかったよ。燃えるようで、だが切り詰められていて夢のようだが、実に真に迫っていて。あれは…あれはだった、 ウ ィ ル ソ ン ! だ…」

彼は熱い涙を流し始めた。心からの涙を。美の恩寵に触れてしまって、もう取り返しのつかない心からの。

「いや違う、あれは美などというものではなかった!」

ウ ィ ル ソ ン は既に、ムッシュー・ド・リールがこれから言うことが分かっていたが、彼にはそれを信じることができなかった。といって友の真摯さに疑念を差し挟むこともできなかった。そうして数時間にも匹敵する数秒の間、彼はそれに胸を打たれながらも、その言葉が返ってくるのを恐れていた。

「あれは、美という名のミームだった!」

そしてその時、ムッシュー・ド・リールと ウ ィ ル ソ ン の概念は、共に分かち合った恍惚の中で、異常芸術の完璧な共鳴を打ち立てた。そして「貴族」は、自分自身の奥底に、「優れたる人」の精髄が宿っているのを感得したのだった。

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