目覚めしものども
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彼のものらは到来した。あるものは世界の彼方から。またあるものは世界の至る所から。そしてまたあるものは奈落の世界からである。彼のものらは到来した。あるものは星々の只中から。またあるものは乱雲の背後からである。彼のものらは人が知る場所から到来し、また別の彼のものらは古ぶるしき秘境から到来した。

暗黒星雲を呑み込む巨体を備えしものども、川岸の彼方での出来事を気に掛けぬ矮体を備えしものども、光を浴びるものどもと影より見張るものども、我々を愛するものどもと我々を忘却するものども、我々を今や憎悪するものどもと我々を今でさえ愛するものども、鼠どもと歌うものどもとレヴィアタン族と泳ぐものども、彼のものらは遠方と近郊より到来し、彼のものらは一斉に到来した。彼のものらは世界を終わらせるべく到来した。


SCP-5720と名付けられた機械は最新型太陽電池上の惑星模型の完成版に最後の仕上げを行っていた。まるで物憂げに、星々を再度眺めるかのように、上部にかぎ爪を向けた。

SCP-5720には名前も、人間が思考時に頼みの綱とする思考力も備えておらず、間違いなく、内部の視覚機構も備えていなかった。されどそれでも"見る"能力があったと言わざるを得ない、機械がそのパーツによって大空を指し示した時、その対象を表現できる言葉が他にあるというのか?

どちらにせよ、今回、SCP-5720は相異なる光景を「見た」。美しき天球群と色彩の塊…地球に視線を向けるものどもだった。SCP-5720を見返すものどもだった。

数多の輝く眼だ。

SCP-5720が思考せずとも、言葉が形成された。

今日この日、お前の祈りの言葉は報われるだろう。

長い時間が流れ、その後でSCP-5720の非精神の内で別の言葉が形成されると、長い時間振動した。

目覚めよ。

そのようになった。


毛皮の巨大な壁という見た目の代物が地球へと接近し、空を埋め尽くし、大地へ着陸したが、愛した全てのものが消え去っていたと知った。同朋の神々も地球へと向かっていたが、いつものように、今や終わりの時が訪れたがため、母たる女神はついに自分の子らと再会を果たそうとし、真っ先に到来したのだった。

何千年もの間、女神は地球を後にしていた。子らが最初に星々を見上げた頃に、女神は地球を後にしていた。その頃には、子らが安寧であるだろうと理解していたからだ。

だが今や彼のものらの痕跡はどこにも無かった。

彼のものらの美麗な蜘蛛の巣状の諸都市、星を歓喜で満たしていた歌の数々、神から見ても衝撃的な巨大な芸術作品の数々 ― 消え去っていた。全てが消え去っていた。残されたものは彼のものらの骨以外に無く、その上に暮らしているのは、昔日に他の動物と並んで動物園で飼われており、今や惑星の支配者へと成り上がった無毛の猿どもだった。そして彼奴等は女神の子らを覚えてさえいなかった。アリの如き生涯を過ごし、木造だったり金属製だったりする住処を女神の最愛のものどもの各地の墓場の上に築き上げていた。彼奴等が汚したこの地は聖地であったが、彼奴等はそれを知りもしなかったし、気にも留めなかった。

ウル・アヌ・ウウムは天を仰ぎ、怒りを湛えた嘆きを漏らした。

女神は長きに渡って子らの死を嘆き悲しんだ。大層高き場所でも怒号は聞こえ、その嘆きは惑星全土に地震と津波を引き起こし、女神は子らを思って涙を流した。女神は心中の悲しみを鎮めようとしなかった。女神の悲嘆は、無毛の猿どもだけを野晒のざらしにした。満足させられる一時だっただろうが、悲しみしか残らなかった。なにしろ女神の子らは最早おらぬがゆえに、女神は満足しなかっただろう。

それから…

感じ取るものがあった。脳裏に浮かぶ小さな光があった。

女神は希望を感じた。

ウル・アヌ・ウウムが子らを求めて吠えた。無毛の猿から数多の蔑称、別けても最悪の侮蔑的なものが"SCP-1000"と呼ばれていたのを今や女神は知っていた。

女神の子らは答えを出したのだった。


彼の神格は驚いて目を覚ました。今の居場所、あるいはよくよく考えてみれば、自分が何者であるかもわからずにいた。時が満ちた、ただそれだけしか分からなかった。

霊廟より立ち上がり、その過程で山を粉砕すると、自分のいる場所を把握せんとして、大気圏までその身を飛ばした。

彼の神格は世界全体を見渡した。何もかもが違っていた。人間どもは ― 至る所にいた。大進出によって彼方此方に散在していたのみならず、巨大で、彼の神格が初めて目にする外観の村落の数々に住んでいた。

その件で文句を言う気は無かった。人間どもは古き時代において崇拝と血の生贄によって十分に楽しませてくれたのだから。今や更に多くの人間どもがいるが、なぜか彼の神格はすぐさま比類なき満足感を間違いなく味わった。

幸運だった。何しろ長い間眠りに就いていて、大層飢えていたのだから。

彼の神格は力を回復させられる場所を探し回った。そして余りにも多すぎると気付いた。前よりもずっと遥かに多かった。この知識をどう解釈したらよいか分からなかったが、今回も文句は無かった。今は力を回復させられる場所を探さなければならないだけだ。最寄りの場所を選んだ。とある"財団収容サイト"である。左様、間違いないだろう。人間どもは既に大量のエネルギーを用いてこの場所を運用していた。聖地に違いなかった。それらはエス・シー・ピーEs See Peeと呼ばれていた。

事実、彼の神格は十分な食事にあり付けた。

もはや時間を無駄にせず、力に満ちた場所 ― 水の身体に見えた ― へと直行し、途轍もない衝撃を発しながら着地した。力に満ちた場所とそこの一切を飲み込む ― 水、土着の野生生物、人間どもの作った金属製構造物や岩屑 ― とその地方に収まらぬ図体の巨怪の姿で顕現した。人の姿を真似たのは、理解させるためだった。間もなく人間どもが慈悲を得ようと関心や祈りや血や願いを捧げることになる、その姿を。

SCP-765より顕現した古の神格はその口を開いた。

「カック。」と言うと、その声は大地に轟いた。


最初は深紅の雄鶏が鳴き、それから黄金の雄鶏が、そして赤茶の雄鶏が続いた。

血塗れの番犬が洞窟より吠えた。永劫の古き縛めが壊れ、自由になると逃げていった。

地球全土に出所が見当たらぬ崇高な喇叭らっぱの音が響いた。人々はニューヨーク、デリー、ロンドン、ケープタウンの通りで立ち止まり、訳も分からずに聞いていた。

ミドガルド蛇ヨルムンガンドは眠りより覚めた。その変わりゆく身体は沿岸線に津波を引き起こし、グリーンランドの多数の村落を破壊した。燃え上がる巨人族の軍勢に付き従い、何百マイル先からでも見える1頭の巨大狼がデンマーク全土を闊歩した。

神々の黄昏ラグナロクが到来したのだった。


管理者は唐突に座っている椅子を回転させ、丁度背後より入室した男と対面した。

「私が来るのは分かっていたんだな。」男は言った。「君は通してくれた。」

「確かに。」管理者は言った。

「間違いなく、夢を見ている中なのは分かっているな。」男は言った。「そして勿論…私の正体が何者であるのかも。」

「SCP-990ね。」管理者はそう言った。彼女は男をもう一度目を向けた。スーツ、山高帽…もしくは中折れ帽か?「何者でもない」彼女は言った。「けど何より増して重要なのは…」そう言うと机の上のファイル・フォルダーを取り出した。「初代管理者なのでしょ?」

2人の管理者はお互いをじっと見た。

「あなたが谷の群衆にいたのを見たわ。」現管理者は言った。「期待していたんだけど…嘘だと言ってよ。」

「すまない。」と初代管理者。「嘘じゃないんだ。」

「これは私達が支持する一切に対する裏切りよ。」現管理者は言った。「あなたは昔日においてはあなた自身だった。確保。収容。保護。私達は人類を暗闇から遠ざけた。あなたはというと、その怪物の1つに成り果てて…」

「人類が光の中で暮らしていける間、財団は暗闇の中に立っておらねばならないとも言ったな。」初代管理者は言葉に詰まった。「どうか信じてくれ。もし他に選択肢があったというのなら、私はそうしただろう。やらねばならなかったんだ。君ならその理由を分かってくれるといいが。それもすぐにな。」男は言葉に詰まった。「分かってるだろ、ここには君を勧誘できればと思って来たんだ。君と君達をだ。話せるものが少なくて申し訳ない。けど君なら私の申し出を認めてくれるだろうと願ってるよ。」

「教えて欲しいんだけど。」現管理者は言った。「あの"さきがけ"よ。あいつらは何者?」

「分からないな。」初代管理者は言った。「だいぶ前に今回の件を予測してたというのは嘘じゃない。だが…この一連の出来事には私だって不意を突かれたよ。」

「あなたのお仲間でしょ。」現管理者の声から初めて苛立ちが漏れた。「誰なの?勿論、あなたに忠実な誰かでしょ。成し遂げられるのはレベル5クリアランスを持つ誰かさんだけよ。だから候補者リストにいる者は絞り込める。チャールズ・ギアーズ?アルト・クレフ?ケイン・パトス・クロウ?」そこまで言って口を閉じた。「ソフィア・ライトじゃないのは分かってる。フレデリック・ウィリアムズ?チェルシー・エリオット?じゃあ、サイモン・グラスなわけ?」

「本当に知らないんだ。」初代管理者は言った。「聞いてくれ。O5評議会はとっくに侵入されて屈してしまってる。SCP-343だ。それから…まあいい、他は分かってるだろ。連中とのやり取りは絶ったままだが、連中が動き出すのに大して時間はかからないだろう。私達は一緒に対処するべきなんだ。」

「そうね。」現管理者は言った。この件をあなたがやる必要がないのは十分に分かった。あなたは是が非でもやりたがるでしょうけど、私にすれば些事だと伝えておくわ。簡単に乗り切れる。もしかしたら二度と戻ることさえないかも。」

「世界は終わらなければならない。」初代管理者は言った。「私と協力して終わらせるのが財団が頂点に立てるであろう唯一の道 ― 人類の唯一の道 ― だ。終焉を負う者達world-enders がこれからもやって来る。何十体も目覚めたのはもう分かってるだろうが、更に同様に目覚めるのは間もなく何百体にもなるだろう。目覚めれば目覚める程、ザ・ロックの開放は長引く。更に厄介なのは、これから更にやって来るんだ。今や地球の住民に非ざるものどもだ。財団が前進できる道は他にない。」

「だったらお互いに言葉は無用ね。」現管理者は言った。

「その言葉を聞くのは心底残念だ。」初代管理者は言った。

「私だって、こう言うのは心底残念よ。」現管理者は言った。

2人の管理者は互いに頷いた。それも丁寧にである。その後で互いに背を向けた。

初代管理者はその場を後にすると、夢景へと溶けていった。現管理者は夢の中の机へと引き返し、服用した鎮静剤の効果が切れる時を待っていた。

それから彼女は目を覚ますと仕事に取り掛かったのだった。


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