Agents "██████"
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「おはよう和。襟がきちんとしてないわよ、直しなさ……やだ何?」
 その日、那澤和は研究室へ入って来るや否や、兄・那澤至博士の体に抱きついた。アルビノのインドクジャクと化している兄は驚いて反射的に真っ白な羽を広げる。
「せっかく毛並整えたのに。どうしたのよ」
「うん」
 和は珍しく答えに窮したらしく、至博士の首にぶらさがりながら首を傾げる。
「俺、今ここにいられる事って凄い奇跡だし、幸せなんだなって……」
「やだ寝ぼけてるわこの子」
「凄く嫌な夢を見たんだ。思い出したくもない」
「あら、あんたが怖がるなんてね」
「アレは相当キツいな」
 恰幅の良いクジャクの首に腕を回したまま、和は未だ目が醒めきっていないのかぼんやりと遠くを見つめる。
「まぁ、夢で良かったよ」
「あとでブラッシング手伝いなさいよ」
 んー、と気のない返事をして、和は白い羽根の中に顔を埋めた。
 
 
 
「失礼するよ」
「げぇっ」
 サイト-81██内食堂で空席に腰を下ろした餅月は、挙動不審に立ち上がる向かいの同僚を訝しげに睨んだ。
「何、急に。味噌汁零すよ」
「じ、自分でも分からん」
「は?」
「バイク恋しいのは分かるが、落ち着いて食えクソガキ」
 首を傾げながら座り直し味噌汁を啜る速水の隣で、中年がからかう。
「いつの間に仲良くなったの」
 目を丸くする餅月に、「お互い神山に呼ばれてる」と差前は湯呑に口をつけた。
「何かしたのアンタら」
「だと思ったら違ったんだよ」
「思う時点で余罪有りじゃん」
「俺らへの面会希望者がいるんだよ。食堂で良いから待ってろって」
「へえ」と餅月は興味なさ気に返して、トンカツに箸を突き立て盛大に齧りついた。
 
 
 
「そういや名前何だっけ」
 差前が茶を啜りながら訊く。
「速水っス。速水神一郎」
「なげーな。ジンで良いだろ?」
「えっ。え?」
「何だよ」
 いや、と速水は所在なさ気に言葉を濁す。
「またデジャヴっつうか……妙だな」
「大丈夫か」
 差前が本気で心配しはじめた頃、「お客さん」と餅月が箸で2人の背後を指した。
「やあ」
 片手を上げる灰色スーツの男を見て差前の表情が若干引きつる。
「よぉ神山センセ」
「会う度に嫌そうな顔をなさる。悲しいですよ差前さん」
「あんだけ追い回されればな!」
「回収済みAアイテムを大人しく渡して下されば引きさがりますとも」
 神山博士は紳士的な笑顔のまま、「色々と事後処理に追われご多忙でらっしゃいますし」と背後に控えていた人物に道を開けた。
「一目顔が見られれば十分とのことです。そうでしたね?」
 頷き進み出た面会者を見上げ、昼食を口へかき込んだ速水が「お久しぶりっス」と立ちあがった。
 相手はくぐもった声で「速水君……」と言ったきり微弱に肩を震わせ押し黙る。
「そっスよ。どうしたんスか」
 屈託なく少女が笑い、
の土産話、ゆっくり聞かせてくれや」
 中年女がにやりとしつつ相手を小突いた。
 声が揃って食堂に響く。
 
「「おかえり、クワナ博士!」」

 桑名博士は疲れ切った声で呟いた。
「違う」
 
 
 
 

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