幕間の憂い
評価: +11+x

 
 
 
 
「結城博士が現在YN-3328AKにて試験中の【量産計画】、そして諸知博士が現場指揮する【カシマプロジェクト】……」
 
 
男はソファに深く沈み込み、両の手の長い指先を合わせて独り言のように呟いた。

「それらがどうかしたのかね?」

言葉を返す男、でっぷりと太った黒衣の彼は、同じ向きに並べられたもう片方のソファで寛いでいる。2つのソファの間には机が置かれ、その上には甘い匂いと湯気を漂わせているマグカップが1つ。側面には『O.V.B』のイニシャルが赤いマジックペンで乱雑に書かれていた。

「いいえ何も。……我々の表向きのクリアランスは4以下だ。何も提言せず、知る素振りも見せないでいるのが、あるべき姿だと自負していますよ」
「――おやおやおや」

大和博士はマグカップを取りながら、嘲笑のような声を上げる。

「こいつは驚いた。君にも気の迷うときがあるのかね?操り人形の、従順な犬の君が?」
「はは、まさか」

乾いた笑いを発し、痩躯の男はソファから立ち上がった。

「ただ……少々懸念しているのですよ。近頃、停滞しかけていた壮大なプロジェクトの数々が急進行し、実現出来る日もそう遠くないところまできている。成功してしまえば、それ以前の我々に戻ることはもはや不可能でしょう。【魂】の量産、【肉体】の製造、【心】の模倣――あまりにも便利すぎる。人の望みは何処までも果てしないが、彼らが『人』でなくなり、むしろ、我々の収容するものたちに近い存在となりかねないのもまた事実」
「だが、それこそが人間の性だ。技術の飽くなき追究、全知への羨望。ヒトが人たる所以。君なら逡巡しないだろうと思っていたが――いや、それでも確かめたくなる気持ちは分からんでもない」

灰色の背中を見上げ、大和博士は口を愉快そうに歪めた。喋る合間も左手はマグカップを持ち、右手はスプーンでもってココアをかき回し続けている。

「我々が『人』たる所以でもあるのだからな。そうだろう――神山君?」
  
  
「ああ――嗚呼、その通りです」
 
そうですとも、と神山は両拳を握りこみ、普段の彼なら決して見せない眼光炯々とした表情で虚空を睨んだ。
  
  
「私は人間だ」
「よく言った同胞」
  
  
愛すべき傍輩よ、と歪めた口元はそのまま、眉間に皺を寄せ大和は目を閉じた。

「私たちはオリギナール(Original)だ、そして化物ではない。貪欲な全知への渇望と、奴らに立ち向かわんとする強固な決意がある限り、我々は『人』であり続ける」
「……『すべては財団のために』、か」

それが上層部の望む所ならば。
人類そのものが異能を手に入れ、自分たちの隠し通そうとするものたちの如く成り下がる日が来ようとも――
この組織を、世界を、『人間』たちの末路を、ただ見届けるだけだ。
 
 
 
神山はいつもの完璧な微笑みを浮かべ、大和へと振り返った。

「昼食、ご一緒にいかがです?」
「それは君のおごりだと解釈して良いのかね」
「ええ、構いませんよ」
「乗ろう。ではカフェテリアで、」
「「カツサンドでも」」
「……君はそればかりだな」
「貴方もそればかりだ」
「安くて旨いものはどれだけ摂取しても悪いことはないのさ」
「健康を害さなければという条件付きではありますが、概ね同意しておきましょう」

大和は空になったマグカップを脇の机へ置きのっそりと立ち上がった。背後で幾つもの【目】が彼を注視していたが、構わず部屋の出口へと向かう。神山は青白く輝く目の前の巨大な水槽をしばらく眺めていたものの、大和が扉を開ける音を聞くと身を翻し彼を追った。
残されたソファと机、マグカップの上には、青白い光と気泡の影がゆっくりと揺らめいていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。