主流の影で
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 面白くない。
 骨折は端末の画面上に表示されたキーボードを指でつつきながら、胸中で呟いた。
 元はといえば、この忘年会において遊技スペースをもうけなかったのが原因ではなかろうか。確かに料理と酒、そして多少のイベントもあれば場は盛り上がるだろう。だが、ビリヤードやダーツ、各種トランプ遊びと言ったゲームを通じて親睦を深めることもできるのではないのだろうか。別に野球場がほしい、スロットマシーンがほしいなどと言っている訳ではない。単に、四角いテーブルと椅子が四脚、それだけあれば我々は」
「骨折博士、言葉になっています」
「そうか」
 エージェント栗比津の言葉に、骨折はそう返した。
「しかし、何度書いても始末書や反省文は面白くない」
「そりゃ、面白かったら罰にならないでしょう」
つまらないと思えることにもおもしろさを見いだせという言葉を知っているかね?」
「初耳です」
「そうだろう、今考えたのだから」
「今ですか」
「とにかく、それぐらい心を強く持たねばならないということだ」
 骨折はそう言葉を締めくくると、端末の画面上に表示されたキーを、やや強めに叩いた。
「よし、できた」
「もうですか!?」
 今まで黙り込んでいたエージェント天御が、驚いたように顔を上げる。
「うむ。動機の説明で多少手間取ったが、なーにいつもの反省文と同じだ」
「いつものって…」
「なぜこんなことをして、どのような被害がでたか。本来ならどうするべきで、次からはいかにして繰り返さないようにすべきか。これを取り払ったら、反省文など『はいはいスミマセンデシター』だ」
 骨折は二人のエージェントにそう説明しながら、したためた文書を各所に送信した。
「よし。これでいい」
「早いなぁ…」
「しょうがない。俺たちも急ごうぜ」
 端末の画面をのぞき込みながら、二人も文書を仕上げていく。
「さーて、と」
 骨折は立ち上がると、軽く背伸びをしてから腕をおろした。
「どうしてやろう、エージェント差前の奴…」
「はぁ?」
「なに言ってるんですか、骨折博士…っていうか、会場には行かないんですか?」
 反省文を仕上げたいま、ほぼ自由の身となった彼がでていかないことに、栗比津と天御は驚きの声を上げた。
「元はといえば、差前がこの部屋を訪れなければ、物部博士にこの年忘れ麻雀大会のことも露見せずに済んだわけだ」
「いや、でも…」
「反省文を書いているからといって、心の底から反省しなくてもいいのだぞ」
「何言ってんのこの人」
 普段の上下関係も忘れて、天御は思わずそう口走ってしまった。
「よいよい、今日は忘年会。無礼講だ」
「それって、忘年会会場だけの話なんじゃ…」
「私のいる場所が忘年会会場だ……と言えるぐらいになりたい」
 最後に気弱気に付け加えてから、骨折は気を取り直したように顔を上げた。
「とにかく、長夜博士もそうだが、エージェント差前に対しては私も個人的に一杯食わせたいところがある」
「でもこれ以上騒ぎを起こしたら…」
「謹慎処分は確実ですよ」
「だから、今から考えるのだ」
 骨折は椅子に腰を下ろすと、腕を組んでうーむと呻いた。
「……黒川の奴のゴムボールのぬるぬるに、緑色の入浴剤とミントフレーバーオイルを加えて…」
「完全にアウトです」
「うーむ、ならば全身を白く塗りたくって、顔を隠して廊下を疾走して…ダメだ。私は寒いと死ぬ」
 ひねりだしたアイデアにだめ出しをされ、あるいは自分で却下を加えながら考えをまとめていく。
「あとは雀卓をメイン会場に持ち込んで、差前の奴を『私に勝たねば長夜博士に引き渡すぞ!』とかいって麻雀勝負に引き込む…」
 そこまで言ってから、骨折はポンと手を打った。
「そうか、これだ!長夜博士に引き渡せるし、差前を負かして私もスッキリ!」
「骨折博士、非常に言いにくいんですけど、それのどこにエージェント差前のメリットが…」
「なあに、奴にとってのメリットなど、これから探せばいいのだ。私には『財団の目』がある」
 そう言いながら骨折は、端末の画面を指でなぞった。
「財団の目?」
「知ってる?」
 二人のエージェントは顔を見合わせ、首をかしげた。
「説明しよう!」
 端末に目を落としたまま、骨折は声を上げる。
「財団の目とは!私が個人的に開発したドキュメント更新確認プログラムである!そいつをこう、イロイロしたけっか、監視カメラとか扉開閉ログ見られるようになったのだ!」
「…バレたらつかまりますよね?」
「私のセキュリティクリアランスレベル相応の場所しか見られないから、問題ない…と、出てきた出てきた」
 骨折は話を打ち切ると、画面を覗き込みながら続けた。
「ふーむ、メイン会場に何か持ち込んでいる…?」
 メインホールのカメラの映像と、各種扉の開閉ログを照らし合わせながら、首をかしげる。
「まあ、何を持ち込んだなどどうでもいい。差前の弱みとなりうる何かであれば、問題はない」
 端末の画面をいじってツールを終了させると、骨折りは電話帳を開いた。
「とりあえず、何人か当たってみるとしよう」
「何人かって…」
「忘年会は、幅広く楽しくあるべきだ」
 骨折は手を止め、天御の言葉に振り返った。
「だが現在の会場…いや、サイト8181を見てみるがいい。長夜博士の一派と差前の追いかけっこがメインイベントと化している。ここはとっとと差前の奴を捕まえて、あるべき忘年会に戻すべきではないのだろうか?」
「はぁ…」
 反省文をまだ仕上げていない栗比津は、ぼんやりとした返答をした。
「とにかく、今回の騒動に加担してなさそうな連中に声を掛ける。そしてメインイベントに置いてある『何か』を抑えて、差前の奴に呼びかけるのだ。私と麻雀で勝負をしろとな」
「麻雀?」
「ここで?」
「知らないのか?もめごとの大半は麻雀で解決するぞ」
 きょとんとした顔で、骨折と栗比津と天御は顔を見合わせた。
「漫画雑誌を読んでみろ。だいたい麻雀だ」
「いや、そう言う解決法って、近代麻雀ぐらいじゃ…」
「マガジンでもやってたぞ」
「何年前の話ですか」
 エージェントたちの言葉に、骨折はやれやれと頭を振った。
「とにかく、私が差前の弱みを握って、奴を表舞台に引きずり出す。そして、長夜博士との追いかけっこに終止符を打つのだ」
 骨折はそう言うと、椅子を立った。
「とりあえず、連絡を方々にとってみる。何かを押さえるのはそれからだ」
「はぁ…」
 エージェント二人は、骨折が出て行くのを見送った。
「…というか、麻雀勝負に乗ってくれるかな?」
「さあ…でも、雀卓持って来いって言われてもいいように、反省文終わらせようぜ」
 二人はそう言葉を交わしてから、端末に目を落とした。
 実験机の上の水槽では、ゴムボールが静かに揺れていた。
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