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 日本国内に存在する財団関連施設に設けられた会議室の一つに、いくつかの人影があった。
 会議用の長テーブルを二つ寄せ、向かい合うように並べられた五脚の椅子に、財団の職員がそれぞれ腰を下ろしていた。
「時間だ」
 会議室の壁に掛けられた時計が、午後二時を指し示すのを確認してから、席に着いていた男の一人が口を開いた。
「それでは、事前の連絡通り『博士』の要注意団体認定のための審議提案会議を始めたいと思う。議長、及び発起人は私こと、島川が務める」
 最初に口を開いた男、島川博士はそう言うと、同席する面々にむけて頭を下げた。
「今更言う必要もないと思うが、この日本に財団の手が及び、日本国内のスタッフのみで一通りの運営ができるようになってから、それなりの年月が過ぎた。それまでの間に我々は、『前任』からの引き継ぎも含めて数百に及ぶオブジェクトの収容を行っている」
 島川博士は、同席する面々が周知の事実を、改めて口にした。もちろん、この会議の本題に繋げるためだ。
「これまで、我々が収容しているオブジェクトには、明らかに同一の団体の関与が認められるものがある。いわゆる、要注意団体によるものだ。皆も各々が何らかの形で関わっているオブジェクトに、要注意団体の名前を見たことがあるだろう」
 会議の参加者は、島川博士の言葉に、いくつかの固有名詞を想起していた。
「だが、今回集まってもらったのは、周知の要注意団体に関する話題のためではない。未だ要注意団体として認められていない組織を、要注意団体と認定するよう申請するためだ」
 会議参加者の反応は、ほぼ半々だった。島川博士の発言に、驚きを露にする者。そして彼の言葉に静かに頷く者。その二つだった。
「『博士』と称される集団について、我々のセキュリティクリアランスレベルで閲覧可能な文書を一通りまとめてきた。手元の資料を確認してほしい」
 会議室に、紙が擦れる音が響いた。
「詳細は文書に記してある通りだが、『博士』の特徴について簡潔に述べよう。『博士』とは、『博士』を自称する異常な特質を有する物品の作成団体だ。子供の玩具のような外見のオブジェクトが大部分だが、未知の技術が用いられており、危険な効果を及ぼす」
 島川博士の言葉を耳にしながら、会議参加者たちはめいめい文書を目でなぞった。
「少なくとも私が調べた限りでは、『博士』は六つのオブジェクトに関わってる。それも推測ではなく、オブジェクトに付随する文書に、その名前が記されている」
 参加者たちの手元にある文書も、ちょうど六件分であった。
「要注意団体として認定されるには、最低三名の研究者により五つ以上の報告書が作成されている必要がある。この通り、『博士』は要注意団体としての要件を満たしているわけだが、未だに認定されていない。今回の会議では、『博士』が要注意団体としての要件を満たしているということを確認したい」
 島川博士は言葉を一度切ると、席に着く面々を一通り見まわしてから、再び口を開いた。
「まず、『博士』が要注意団体にあたるか否か、各人の意見を聞きたい」
 彼は左隣に座る同僚に、視線を向けた。公式の会議ならば議長が発言者を指定すべきだが、今回は仲間内の会議だ。島川博士の仕草だけで、一同は次の発言者が誰かを察した。
「あーと…入江だ」
 入江博士は、いつもの調子で名乗ってから続けた。
「早速、この会議の腰を折ってしまうようで申し訳ないが、私は『博士』が要注意団体と認定する必要はないのではないかと思う」
 出席者たちから、小さな声が漏れた。いの一番に反対意見が出てきたことに対する驚きのためだ。
「それは…ふむ、どういう理由で反対なんだ、入江博士」
「はい、博士関連のオブジェクトは耳にしていたが、どうも要注意団体として登録するには弱すぎるのではないかと感じられたからだ」
 島川博士の問いに、入江博士は理由を答えてから文書をめくった。
「例えばこのスパイ七つ道具など、ざっと文書を読んだところではanomalousアイテム七種が一つにまとめられた程度の印象しか感じられない」
 参加者たちは文書をめくり、並ぶ文字に目を落とした。確かに、印象を変えるおもちゃの眼鏡や、ペン先を発射するボールペンは、単独ならばanomalousアイテムとして収容される程度の代物だ。スパイなりきり、という一つのテーマの元、七種が揃えられてなければ、実際anomalousアイテムとして回収されていたかもしれない。
「他のアイテムについても、多少特異性のある子供の玩具といった程度で、わざわざ要注意団体として対策が必要だとは思えないのだ」
「確かにその通りです」
 入江博士の隣に腰を下ろす神奈川博士もまた、頷いた。
「特異性のある子供の玩具。入江博士の判断については、私も同意見です」
 入江博士と同意見。すなわち、要注意団体としての認定に反対であろうか?席に着く人々の胸中の思いに、神奈川博士は自ら応えた。
「ですが、入江博士の認識は甘いのではないか、と私は思います」
「甘い?」
「はい」
 神奈川博士は、入江博士の発した言葉に頷いた。
「子供の玩具のようなオブジェクト、というのは確かにその通りです。ですが、この文書の中でも既に、原子の性質を変化させて重量を喪失させるオブジェクトが存在します。名前だけならば『ふわふわマシン』などとふざけていますが、その性質の危険性は軽視できません」
「そうだ。子供向け、という外見ではあるが、団体の危険性は軽視できない」
 島川博士は、神奈川博士に向けて頷いて見せた。だが、神奈川博士の続く言葉は、彼の予想の外の物だった。
「確かに、島川博士のおっしゃる通り、この『博士』なる人物もしくは団体は危険です。ですが、改めて要注意団体として認定する必要はないと思います」
「何…?」
 危険だというのに、要注意団体として認める必要はない。自身の発言の矛盾の理由を、神奈川博士は口にした。
「理由は簡単です。すでに『博士』は、要注意団体として認定されています」
「『ワンダーテイメント博士』か」
 誰からともなく、言葉が漏れた。
「そう、子供向けの商品のようにも見えるオブジェクトを多数生産、販売している団体は、既に登録されているのです」
「しかし、商品説明では『ワンダーテイメント博士』を名乗っていないぞ」
「ええ。ですが実質的には同一組織だと考えられるのではないのでしょうか?ほぼ同一の組織ならば、他国で展開している『ワンダーテイメント博士』対策を日本でも導入する程度の対応で問題ないのではないかと」
「ふむ…」
 島川博士は低く息を漏らした。現時点で、『博士』の要注意団体認定への反対意見が二つ。だが、入江と神奈川の二人はこれまで、『博士』に関わったことはないからだ。
「では次に、中田博士の意見を伺いたい」
「あ、はい」
 島川博士の対面に腰を下ろしていた中田博士は、一拍挟んでから口を開いた。
「えーと、実のところ僕の意見は、判断保留です」
「ほう」
「それは、どういう理由でですか?」
 入江博士が声を漏らし、神奈川博士が問いかける。
「はい。ここまで出た意見からすると、子供向けの玩具のようなオブジェクトを製造してる『博士』は『ワンダーテイメント博士』と同一だろうから独自の対策は不要、ということですね」
「まあ…そうだな」
 入江博士が頷いた。
「ですが、実はとあるオブジェクトにおいて、『ワンダーテイメント博士』が『博士』について言及しています」
「ほう?」
 入江博士が声を漏らす。
「ドキュメントは会議後に確認していただきたいのですが、リトルミスターシリーズの日本版とも言うべきオブジェクトに付随していた文書に、『ワンダーテイメント博士製を騙る悪質な類似品にご注意ください』という一文が入っています。これは、『ワンダーテイメント博士』と『博士』が別組織であることを示しているのではないのでしょうか」
「しかし、いくら別組織だとしても、行動パターンが似ている以上『ワンダーテイメント博士』と同様の対策でよいのではないのですか?」
「そこなんですよ」
 神奈川博士の疑問に、中田博士は頷いた。
「いくら別組織といえども、行動パターンが同じであれば、同様の手法で対策出来るはずです。しかしその一方で、『博士』の製品には時折、敵対的な効果をもたらす物があります。その点で、『ワンダーテイメント博士』とは異なる独自の対策が必要ではないかとも思うんです」
「うーむ」
「そういう考え方もありますね…」
 入江と神奈川が、中田の言葉に呻いた。
「ならば、私は要注意団体への認定に票を投じたい」
 そう言いながら手を上げたのは、骨折博士であった。
「私も『博士』関連のオブジェクトにいくつか関わっているが、いずれも中田博士の指摘通り危険性が高い。事実、島側博士が今回の会議で用意してくれた資料の中にも、私が関わったものが何件か入っている」
 配られていた紙を取り、ぱらぱらとめくりながら言葉を続ける。
「例えば、『爆笑ギャグ250連発』などがそうだ。ダジャレを口にすると、その内容が現実のものになるというものだ」
 何らかの条件を満たせば、現実に一定の効果や影響をもたらすオブジェクトならば、いくつか存在している。それだけならば、実例がいくつか存在するためそう珍しいものではない。
「ただ、問題は収録されているダジャレの中に『SCP敗団』というものがある」
「SCPはいだん?」
「そうだ」
 神奈川博士の復唱に、骨折博士は頷いた。
「正確なところ、字面が似てるだけでダジャレではないし、実験をしていないから何が起こるかも不明だ。だが、問題はそういう部分ではない」
「『博士』が、我々財団を把握してる…のか?」
 入江博士が、疑問符を最後に沿えながら、骨折博士の意図を口にした。
「その可能性はある。そして、財団に対し敵対的である可能性もある」
 骨折博士は頷くと、そう続けた。
「現時点では、『ワンダーテイメント博士』の類似団体という考え方が主流だ。だが、財団に対し敵対的であるという点で、十分に要注意団体として登録するに値するのではないかと考えられる」
 そう言って、骨折博士は言葉を締めくくった。
「これで、全員の意見を一通り確認したわけだな」
 席に着く同僚を見回しながら、島川博士は言った。
 入江博士と神奈川博士は反対、中田博士は保留、そして骨折博士と島川博士が賛成。
 ある程度反対意見が出ることは予想していたが、賛成を得られたのが実質一人というのは、島川博士にとっては想定の範囲外だった。
「あー、ちょと待って下ださい」
 と、その時、席についていたピンクとグリーンの縦ストライプに彩られた白衣に身を包んだ人物が手を上げた。
「お前は…」
 島川博士は、一瞬の間をおいてから声を発した相手を思い出した。ブレインヲシャー情報工作員だ。ピンクと淡いグリーンの縦ストライプの白衣という初めて見る衣装で戸惑ったが、目元を覆うドミノマスクはブレインヲシャー情報工作員のトレードマークだった。
「なんだ?」
「はい、確かに今全員の意見が一通り出ましたが、他の方の意見を聞いたことで多少立場が変わるという方がいるかもしれないですよね?」
 島川博士の問いに、ブレインヲシャー情報工作員は、ピンクと淡いグリーンの縦ストライプの袖に包まれた腕を下ろしながら、答えた。
「そこで今、少しのシンキングタイムを設けて、再度意見を聞くというのはどうでしょうか?」
「なるほど」
 確かに、前半で発言した入江博士と神奈川博士は、骨折博士の話を聞いていくらか意見が変わっているかもしれない。中立を示した中田博士も、考えが定まっている可能性もある。
「私も、ブレインヲシャー情報工作員の言うとおりだと思います」
 入江博士が、島川博士の考えを読んだように、ブレインヲシャー情報工作員の言葉に賛同した。
「そういえば、ブレインヲシャー情報工作員の意見をまだ聞いていませんでしたね」
「ではブレインヲシャー情報工作員の意見を聞きながら、我々も考えをまとめてみるというのはどうだろうか」
「そうだな、それがいい」
 席に着く面々が、口々に賛同した。
「皆さんの賛同も得られましたので、自分なりの『博士』に対する意見を述べたいと思います」
 ブレインヲシャー情報工作員は一同を見回し、続けた。
「自分の立場を端的に言い表しますと、『博士』は取るに足らない組織なので要注意団体としての認定は必要ない、というところです」
「ほう?」
 骨折博士が、疑問符を添えながら声を漏らした。これまでの会議の流れに、ブレインヲシャーの意見は真っ向から反するものだったからだ。
「理由は簡単です。『博士』と『ワンダーテイメント博士』は、同じトラの爪と頭です。『ワンダーテイメント博士』が財団に直接敵対行動をとるために創設したのが『博士』なのです」
「しかし、日本で発見されたオブジェクトの付属文書に、別組織であると記載されていたのでは?」
「企業イメージを守るためでしょう」
 島川博士の発した当然の疑問に、ピンクと淡いグリーンの縦ストライプの白衣の襟に軽く触れながら、ブレインヲシャー情報工作員は答えた。
「とにかく、『博士』も『ワンダーテイメント博士』も同じ一頭のトラではありますが、振り下ろされる爪ばかりに目を向けていてはいけません。むしろ、『ワンダーテイメント博士』というトラの頭を砕くべきなのです」
「それで、『博士』の要注意団体認定は不要という意見なのか」
「はい」
 ブレインヲシャー情報工作員は頷いた。
「それに、『博士』の全貌や組織構造、構成員の正体だなんてどうでもいいことでしょう」
 ブレインヲシャー情報工作員は、ドミノマスクに穿たれた二つの穴から席に着く五人を見回しながら言った。
「確かに、『博士』の全貌や組織構造、構成員の正体なんてどうでもいいな。子供だましの玩具もどきを作っているだけの団体だからな」
 入江博士は、ブレインヲシャー情報工作員の最後の一言に同意する。
「ええ、『博士』の全貌や組織構造、構成員の正体だなんてどうでもいいことですね。『博士』と『ワンダーテイメント博士』が別団体であっても、実質的には同一団体ですからね」
 神奈川博士は、ブレインヲシャー情報工作員の意見と自身の意見に、共通点を見出した。
「はい、『博士』の全貌や身体構造、構成員の正体だなんてどうでもいいですね。『博士』も『ワンダーテイメント博士』と同様の対策を取ればよいのですから」
 中田博士がブレインヲシャー情報工作員の発言により、自身の意見を固めた。
「うむ、『博士』の全貌や組織構造、構成員の正体などどうでもいいことだ。だが、いくら『ワンダーテイメント博士』と同一団体と言っても、連中は我々に敵対的だ」
 骨折博士はブレインヲシャー情報工作員の発言に同意しつつも、自身の立場を崩さなかった。
「それでは、意見も出そろったところなので、再度評決を取ろう」
 島川博士は、概ねどういう結果になるかを悟りつつも、あらかじめの取り決め通り会議室の面々を見回した。
「まず、『博士』が要注意団体として認定されるべきという方は、挙手してほしい」
 着席する面々のうち、骨折博士だけが手を挙げた。
「では、必要ないという方は?」
 骨折博士が手を下ろす一方で、入江、神奈川、中田博士の三名が手を揚げる。
 島川博士を含めて、賛成が二に反対が三。
「『博士』の要注意団体認定は不要、ということだな」
 当初の想定とは異なる結果だが、会議を進めるうちにこういう結論に至ると、島川博士には予測がついた。
「それでは、皆さんの意見により、『博士』の要注意団体認定のための申請は見送るとしよう。ただ、今後状況に変化があれば、再度会議を開いて意見を募ろうと思う」
 島川博士は、並ぶ面々を見回してから続けた。
「では、『博士』の要注意団体認定に向けた会議を閉会する。今回は時間を割いていただき、ありがとう」
 解散宣言の後、騎乗の書類をまとめ、口々に雑談を交わしながら席を立つと、五人は廊下へと出て行った。
「それにしても、今回の会議はなかなか面白いものでしたね」
「ああ。普段、自分の担当でないオブジェクトの報告書を目にすることなどあまりないからな」
「それに、要注意団体として認められてない団体の記事なんて、教えてもらわないと分からないですしねえ」
「うむ。私も『博士』関連のオブジェクトを多く扱ってきたつもりだったが、『ワンダーテイメント博士』からの声明は知らなかったな」
 一人ずつ、言葉を交わしながら会議室の扉から、廊下へと出て行く。そして自身以外の四人が退出した後で、島川博士は最後に扉をくぐった。
 会議室から人影がなくなり、照明が消えた。
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