実験記録315-JP-20A
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 サイト8181の通路を進み、低危険度アイテム区画に入る。監視カメラの視線を浴びながら、並ぶ扉やいくつかの角を曲がり、一つの扉の前で足を止めた。扉の前にはボディアーマーを身に着けた警備員が立っており、私に鋭い視線を向けた。

「お名前と階級をどうぞ」
「坂崎、セキュリティクリアランスレベル1の一般研究員だ」
「御用は?」
「SCP-315-JPの実験目的での使用だ」
「実験計画書をお願いします」

 私は携えていたファイルから一枚の書類を取り出すと、警備員の一人に手渡した。すると警備員は携帯端末で書類番号を読み取り、財団の文書管理システムで照会を行った。

「計画書の提出日、公表日確認しました。物部博士、天王寺博士、骨折博士による実験許可が出ています」

 警備員が実験計画書が有効なものだと確認すると、もう片方の警備員が扉の脇に設けられた端末を操作した。すると、扉のロックが解除される音が響いた。

「どうぞ、入室してください。退出の際は扉を四回叩いてください」

 書類を受け取ると、警備員の言葉に従い、私はスライドした扉の隙間から、収容室に入った。私の背後で扉が閉まり、自動的にロックがかかる。
 私は部屋の中央を見た。畳一枚ほどの広さの実験用テーブルの中央には、太った男の頭が横倒しになっていた。もちろん生きていた人間の物ではない。微妙に光沢を帯びた褐色の表面に、大きく広がった左耳の穴が、焼き物の壷であることを示していた。

「…」

 私は懐からレコーダーを取り出すと、録音を開始した。

「4月17日、現在時刻13時27分。SCP-315-JP専用収容室に入室した。ただいまより実験を開始する」

 ファイルを開き、実験計画書の実験内容を確認する。

「実験目的は、SCP-315-JPのもたらす錯乱影響の確認。実験方法は、私こと坂崎一般研究員がSCP-315-JPの口に顔を当てることで行う。実験は一分、二分、三分の三回に分けて行う」

 このオブジェクトの実験は数多く行われてきたが、そのいずれもが失敗か、事前準備の不備による不成立に終わっている。そこで、今回は錯乱を起こすことを前提に実験を行うことにしたのだ。

「現在時刻13時29分、実験を行う」

 レコーダーとファイルを実験テーブルに置くと、私はタイマーのカウントを開始してから身を乗り出し、SCP-315-JPの口に顔を当てた。暗闇が私の視界をふさぎ、目蓋を閉じているのと変わらぬ闇が一切を包み込む。
 横倒しになった肥った男の左耳に顔を押し当てている様子は、横から見れば内緒話でもしているように見えるだろう。████████████によれば、このオブジェクトには願望を実現する能力があると言うが、この『福の神』然とした壷にむけて願いを囁くと、何かご利益がありそうな気がしてくる。

「……」

 もう五十秒ぐらい経過しただろうか。ただ壷の口に顔を当てるという行為は、想像以上に時間の流れが緩やかだった。後に二分と三分の実験予定があることを考えると、気が重くなってくる。

「…はぁ」

 私は壷の中で溜息をついた。黒川博士の命令でこの実験を行っているが、上司というのは気楽なものだ。痛くないからいいだろう、と言ってはいたが、それは直接こうして実験に参加しないから言えるのだ。痛くはないが、辛い。

「昇格したいなあ…」

 私は壷の中でふとつぶやいていた。もちろん、レコーダーに記録されぬ程度に、口の中で呟く程度の声音でだ。
 すると、電子音が鳴り響き、実験の終了を告げた。顔を上げると、収容室内の照明が私の目を射抜いた。
 まぶしさに耐えながら、電子音を止めるべく手さぐりで実験テーブルの上のタイマーを探る。しかし、指先がタイマーに触れる前に、アラームが止んだ。

「お疲れ様でした、坂崎博士」

 横からの声に、私は心臓が飛び跳ねるのを感じた。声の方向に顔を向けると、白衣を羽織った男が一人、クリップボードとタイマーを手にして立っていた。

「どうしました?博士?」
「あ…ああ、いや大丈夫だ矢川君…」

 そうだ、暗闇の中で妙な孤独を感じたせいで失念していたが、彼がいたのだ。私の部下の矢川研究員が。

「僕からは特に異常は見られませんでしたが、どうでした?」

 実験の所感を、矢川が求めた。

「うーん、私自身も特に錯乱したという実感は…いや、一瞬君の存在を忘れていたな」

 私は正直に、今しがたの驚きを告白した。

「僕を忘れていた?」
「ああ、壷の中の闇を見ていると、何と言うか一人きりになった気分になっていて…その関連で忘れてしまっていたのだろう」
「なるほど」

 矢川は私の所感に頷いた。

「どうやら、SCP-315-JPがもたらす錯乱には、記憶喪失が関わっていそうですね」
「記憶への影響についても調査する必要がありそうだな」

 私と矢川はそう言葉を交わした。一週間以上前から手続きを始めていたにしては簡単な実験だったが、得るものは大きかった。

「しかし、記憶への影響を考えると、高セキュリティクリアランスレベル職員の錯乱が伝播する性質が説明できませんが…」
「その辺りには、他に何らかの心理的影響があるのかもしれない。とりあえず仮説をいくつか立ててみて、黒川博士に相談してみよう」

 私と矢川は実験テーブルの前を離れ、収容室の扉を三回ノックし、間をおいてもう一回叩いた。ノックによる合図に、外に立っていた警備員が扉を開いた。
 私と矢川は、収容室を後にした。

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