父として
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「父さん…」

病院のベッドで、息をするのもやっとの息子の手を握り、彼は答えた。

「なんだい」

「…昔、父さんが職場の人たちと、草野球をしたことがあったよね」

「ああ」

「あの時のホームラン、かっこよかったよ…。ずっと言おうと思ってたけど、照れくさくて言えなかったんだ。ずっと、もう一度父さんがホームランを打つところを見たかったんだ…ようやく言えた…」

父は息子の手を握り、そうか、そうかとうなずいた。彼の息子は難しい病気を抱えていた。もう長くはないだろう。受け入れがたいことだが、彼は理解していた。最後に、息子にもう一度笑顔を与えようと、彼は一つの決意をした。

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翌日、彼は親しい部下に声をかけ、厄介なお願いごとをしていた。

「草野球ですか」

「なんとか手配できないか」

「できなくもないとは思いますが、スケジュール調整も必要ですから、人を集めるには時間がかかりますよ」

「時間はないんだ。できるだけ早くしたい。」

「しかし一般職員で野球ができる人となると…最近の若い職員は野球とかあまりしない世代ですし」

「私が出るといえば、みんな面白がって出てくるんじゃないか」

「えっ、ご自分も出られるんですか、でも」

「とにかく、サイト管理者でもO5でもいい、野球ができるよう早急に人を集めてくれ。」

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2週間後の週末、無事に野球は開催された。サイト-8181のサイト-██管理者率いる「コンテナーズ」、対するは収容エージェントチーフ率いる「エメト」だ。

両者の実力は拮抗していた。そして試合は9回裏、3対2でコンテナーズの最後の攻撃。走者1塁、ワンナウト。空気はすでにピンと張りつめていた。打者が大きく空振りをし、 審判がアウトを告げる。 客席からは歓声と嘆息が混ざって響いた。次の打者がバッターボックスに向かおうとしたその時、スピーカーが代打を告げた。ベンチの影からゆっくりと歩いて出てきたその姿に、客席からどよめきが起こる。

(しっかり見ているんだぞ、息子よ)

彼はバッターボックスにつき、左に振り向きつつ唾を吐いた。マナーの悪さを非難する声が聞こえる。

(バットを両手で持ち体のまわりを時計回りに1回転。)

(ユニフォームの袖を伸ばす。)

その所作の美しさに、客席のどよめきが少しおさまる。

(場外に向けるようにバットを32度の角度で掲げる)

「予告ホームランする人初めて見た」「いいぞ!」「本気か」など、再びのどよめきと、いくらかの笑い声が起こった。

(腰を12cm落とす。)

(バットをゆっくりと反時計回りに2回転。)

何度も練習した動きによどみはない。投手が投球フォームに入る。そのとき、相手チームの収容エージェントが目をむいた。

(前方の足を3cm浮かせる。)

収容エージェントがあわててベンチから身を乗り出した。

([データ削除]を[データ削除])

「収容違反だ!」

エージェントが叫ぶのと、ピッチャーがボールを離すのは同時だった。

(強く、強く降る)

大きな金属音。ボールは弧を描き、歓声に沸くスタンドへと飛び込んでいった。彼は満足だった。ベンチでは彼の息子が微笑み、「父さんすごいや」と口を動かした。

収容エージェント·チーフは、ダイヤモンドをゆっくりと回って帰ってくる彼を待っていた。

「あなたを拘束します。O5-█。」

「ああ、わかっている。」

SCP-439-JPの実験は全面的に禁止されています。あなたの行動を正当化するカバーストーリーがあればいいのですが。」

「いいんだ。ありがとう」

自分の足で歩いて拘束室に向かわせてくれるエージェントチーフの気遣いに、彼は感謝した。彼は息子に手を振った。息子も満足そうに笑顔を返した。

その夜、親子は二人とも、ずっと昔に二人でキャッチボールをした時の夢を見た。翌朝、息子は静かに息を引き取った。享年73歳、すい臓がんに侵されたその体は、とても軽かったという。

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