Be shocked In……
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空白

空白

教頭の仕事は大変だ。生徒圧殺用高級黒板よりもハードで、重い。

午後5時。私は愛用のネクタイを締め直し、すぐ近くにいる校長に聞こえないよう小さく溜め息をつく。これは3年生卒業時に催される公開人体解剖実験の際、ルーレットで検体に選ばれた私の前任である故クレシナドボルカ教頭先生から受け渡されたもので、私の一番のお気に入りだ。真っ赤なネクタイからは今でも彼の新鮮な血液が滴っているが、残念なことに脳漿と神経束の一部は妻が洗濯の時に洗い流してしまった。まったく、夫婦喧嘩の種は絶えないものである。
彼は誰もが尊敬するとても優秀な教育者だったし、その頃はまだ校長も人のいい良識者であった。それが今では―――いや、この話は止めよう。古代ハバカ懸垂訓読の講座で瞬間性骨粗鬆症を発症、その後七度も危険な蘇生降霊手術を受けたのだし、いくら女生徒に呪術的なちょっかいをかける嫌味な上司に転生したとしても、正直言って仕方が無い。ここはストレスの多い職場だが、そこを上手くまとめるのが私に任された仕事なのだから。
椅子から立ち上がって終業前の職員室内を見渡す。めいめいが仕事に没頭しているが、もう時間だ。やむを得ないだろう。今度は全員に聞こえるくらいの大きな咳払いをした後、私は勿体ぶりながら口火を切った。

「では皆さん、そろそろ会議の方を始めたいと思います……」
「おや、もうそんな時間ですか」
「童心にかえりますな」
「まったく気がつきませんでしたよ」
「ヌポ=ケトロ!1
「いかんですなあ」

互いに顔を見合わせて笑い合う我が同僚たち。曲者揃いではあるものの、こういう場では体裁だけ取り繕うのが人間というものだ。数学科のオンドバン先生が芝居がかった仕草で立ち上がり、頭部の三角定規をクルクル回しながら言う。

「それで教頭、今日はどんな話し合いをするんです?時期が時期だし、ヌンバ災のことかなあ」

それを今から俺が説明しようとしていたんだろ、バカかお前は。私は右ふくらはぎで拍動する第三心臓がドス黒い憎悪の念に染められるのを感じながら、その小生意気な発言者を睨みつける。出しゃばり屋のオンドバンは、自分より後にこの学校に赴任してきた私の昇進を快く思っていないのだろうが、ここまで露骨にされると苛立ちを通り越して憎悪すら感じてくる。後で増粘性ウグラマヤシを生贄に加持祈祷を行わねば。奥の方の何人かは失笑しながらオンドバンを見つめていた。奴は他の皆からも嫌われているのだ。
一瞬にして険悪なムードになった室内を取りなすように、気の優しい家庭科担当のヤドさんがウンウンと頷く。

「そうですねえ。準備期間開始まで残り十一ヶ月を切りましたし、そろそろ私たちも色々と検討しなければなりませんわ」
「そういえば、今年は女生徒専用火炙り献花台が異教徒に破壊されてしまいましたな。新しい器材を購入しなければなりますまい。ですよね、教頭先生」

ヤドさんの発言を引き継ぐように社会科のガングニル先生が口を開き、嗄れ声で私に話題を振った。主導権が此方に戻る形である。私は安堵と共に二人に心中で感謝し、表面上は事もなげな口ぶりで言葉を紡ぐ。

「はい、確かにヌンバ災についても討論しなければならない事が多々ありますが、先に検討すべき議題が見つかりましてね。もどかしい限りですけれども、そちらを優先してお話ししたいと思っております。よろしいでしょうか?」
「ハハハ、こりゃ失礼を。明日はきっと良い薫りの腐乱死体が降りますな」
『This is the hell. This is not a place to living2……』

私の言葉に反論できなかったのか、それとも場の空気を珍しく読んだのか(ざまあみろ!)、オンドバンがへらへらと笑いながら回転椅子に座った(まばらな拍手が起こる)。それと入れ替わるようにして、彼の向かいで黙り込んでいた英語科のヤズェリマヤェナ先生がフラフラと手を挙げる。彼女の大脳新皮質に宿る倦怠と喉仏の双子神・ガキュータとクケモニは、まだ私にも理解できる英語を介して会話しているようだ。

「限界……至上の幸福、なのでしょうか。水が欲しい。かさぶたが剥がれて乾き渇き」
「はい、まさにそのことなのですね。最近我が校にやって来る教育実習生たちの弛んだ態度、この引き締めにかからねばならないと危惧しているのです」
「ウウウ」

赤面しながらも発せられたヤズェリマヤェナ先生の核心に触れる質問に、私も思わずしたり顔で頷く。それと同時に芸術科のサグンペトシ先生が突如興奮し、愛用のノミで石膏を深く抉り取った右頬に青色の油絵の具を塗り込み始めていた。

「たーたーたーたたたしかに?近頃の若い奴らは駄目だよなーなーなーなーなんとかしなけりゃいかん。一国の未来を背負う子供たちを育てるんだ、“歓迎”で音を上げるようじゃあまだまだ青二才?」
「ピロシキ3
「やはり撲殺での激励は若者には甘すぎるのではないでしょうかね。刺殺・銃殺・絞殺・毒殺・轢殺などのスタンダードな方法なら、私も幾つかアイデアと手段を提供できますよ」
「フウム……」

サグンペトシの意見と、それに賛同した技術科のハッサンデェゴ先生(頭に塗ったハンダが机にポタポタと垂れ、書類を焦がしている)。私はようやく会議が軌道に乗ってきたことを内心で喜びながら、首筋のネクタイを一層きつく締めて気道を塞ぐ。

「そこで、今回は従来の方法以外にも様々な歓迎方法を皆さんに考案してもらうことて、今後のカリキュラム改善に活かし……」
「反対だ」

私の説明を遮って放たれた言葉に、職員室内の空気が一気に張り詰める。それはジャージ姿の屈強な男が力強く机を叩き、憤怒の表情で立ち上がったためである。

「俺は反対だ!新規の教育実習生は全員で囲み殴り殺すことで迎え入れるのが我が校の伝統!それを先方の都合でわざわざ変える必要は微塵も無いはすだ!」

体育科のオゴギョロハ先生はこの学校では一、二を争う古参であり、昔ながらの熱血教師だ。豪快な性格は生徒たちに尊敬されている反面、旧態依然とした根性思考と暴力的な行動は畏怖されてすらいる。不良生徒の溜まり場と化していた国際青酸研究部を摘発、市中引き回しの末に部員全員を打ち首にして校門に掲げたのは余りにも有名な伝説である。周囲を威圧するように輝くサッカーボールの頭4を見、私はゴクリと生唾を呑み込んだ。

「現状維持では駄目なのでしょうかねえ。生徒たちは環境の変化に敏感ですから、保健室での焼身自殺がより一層増えてしまうかもしれませんわ。既に2つの神聖学級5が大気汚染と飢餓によって全滅してしまっているのですから、無視できる問題とは言えませんもの」

部屋の一番奥で口を開いたのは、我が校のマドンナと呼ばれている養護教諭のザズラキさんである。オゴギョロハと不倫関係にあるとの噂だが、今回も彼の意見をさり気なく擁護6するようだ。腕に突き刺し続けているメスが太い血管を貫通したのか、間欠泉のように勢い良く鮮血が噴出し、一部が隣に座っていたタハサラア先生の頭のビーカー内の溶液に混入してしまった。透明な容器の中で不気味な化学反応が起き、自らの脳が融解していく様を他人事のように見つめながら、ぼんやりとした口調で二人の意見を肯定する。

「まあ……確かにそうだなあ……今までやっていたことを……わざわざ……変え……c……ccccchange……変える必要はない……のでは……」
「しかしそれでは、」
「ンー、じゃあやっぱり今回はヌンバ災の話に戻った方がいいんじゃ」
「殴るだけでは不足である!もっと確実な死を!」
「いや十分だ!伝統に配慮!」
「静かにしてくれ、そろそろ砂神礼拝の時間なんだよ」
「私としてはトラクターによる轢殺がベストだと考えます」
「伝統!」
「そういや、内蔵壊死者を集めた教室で実験が許可されて」
「オポケー!7

タハサラア先生の発言に返答しようとしたところ再びオンドバンに話題をまぜっかえされ、それを引き金として会議は一気に混沌としたものに変貌してしまった。参加者は全員が興奮状態にあり、国語科のナズィタ先生が神罰に苦しんでいる8のも目に入らないようだ。ヤズェリマヤェナ先生が再び何かを言っているが、ガキュータの耳をつんざくような絶叫で何も聞き取れない。
私は頭を抱えた。なんということだ、会議がこれほどまでに荒れてしまうのは、まさに先史以来の出来事である。これも全て私の未熟さが招いた結果なのか?これがクレシナドボルカさんなら、我が校に相応しい理路整然とした司会進行を行えた筈だろう。オンドバンの嘲笑は現実のものになってしまったのだろうか。やはり私は……

空白

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「皆さん」

落ち着いた穏やかな声が、場を突然の静寂で包む。
騒然としていた室内で、ただ一人沈黙を続けていた者。私を背後からじっと見守っていたイェートァマーバ校長が、ゆっくりと立ち上がりながら口を開いた。

「オゴギョロハ先生の気持ちはとてもよく分かります、あなたは常にこの学校のことを大切に思っていらっしゃる。伝統を守り継いでいきたい、それは非常に素晴らしいお考えです」

しかし、と彼は言って室内を見渡し、最後にちらりと私を見つめてから再び顔を上げる。

「タナグリキ教頭先生もまた、皆さんと同じようにこの学校を愛しているはすだ。だからこそ、これまで誰もが言い出すことが無かったシステムの改訂を提案した。彼もオゴギョロハ先生と同じくらい素晴らしいことをしたと思いますよ」

再び沈黙。辺りは先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。イェートァマーバの頭のトロフィーは光を反射してキラキラと光り、我々の歪んだ姿を金色に写している。

「皆さんの気持ちは十分に分かりました。だからこそ、これ以上仲違いをする必要は無いのです。また何度でも話し合えば良いのですから。立派な教育者としてね。……さあ、会議を再開しましょう。教頭先生、また司会をお願いできますか?これは蛇足ですが、私は溶解部の皆さんの協力を得たエキセントリックな蒸発殺を提案しますよ」

そう言ってニコリと笑ったイェートァマーバ校長の表情は、微かにあの人を連想させるものだった。ああ、クレシナドボルカさん!あなたの脳幹及び大脳視床下部は、今でも校長の体中で立派に職務を全うしてくれていますよ!

示し合わせたかのように職員室のドアが開けば、校長からの素晴らしい御言葉で感涙に咽ぶ私たちは、いつにも増した素早さで一斉にそちらを見つめる。新しい教育実習生だ。新しい教育実習生だ!ようこそ!さあ、これから私たちと共により良い学園を作……

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お前じゃない。

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