毎日がバースデイ!
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「ほら、食べな」ビジネス・カジュアルの服に身を包んだ、疲れた顔つきの男はそう言い、アンドリューの前に皿を置いた。彼はテーブルだけが置かれた小さな部屋に連れて来られていた。驚いて皿を見下ろすと、「ダナ、誕生日おめでとう」と書かれたプレートの乗った12インチの丸いバースデーケーキが1つある。戸惑いながらも、彼は男を見返して言った。「えっと…何だって?」

「食えって」

アンドリューは再度ケーキに目を落とし、また顔を上げた。「全部?」

「そうだ」

アンドリューはもう1度ケーキを見つめ、スプーンを持つ。これは一種の科学実験に違いない。自分はきっと実験用モルモットなんだと、覚悟を決めた。それに、ケーキを食べるだけで済むというなら見通しはずいぶんマシじゃないか。そんな事を考えながら、ケーキを頬張った。悪くない。店で買ったケーキのような味だ。スポンジ、バニラフロスト。しかし、アンドリューはそれ以上は食べず、また男を見上げて言った。「あの、悪いんだが…ミルクをくれないか?」

男は壁のマジックミラー越しにアイコンタクトを送った。数分後、1ガロンの牛乳とグラスを持った別の男がやって来た。幸運な境遇に感謝し、牛乳を注いで飲み干す。そしてまたケーキに取り掛かった。前半は難なく平らげたが、ケーキの3分の2を超えた頃から牛乳の助けをもってしても食べるのがゆっくりになってきた。男はその様子を伺いつつ、じっとマジックミラーの向こうを見据えていた。しかし彼は1回ケーキを噛むのに長い時間をかけながらも、半ガロンの牛乳の助けを借りてようやく任務を完了した。そして、アンドリューは連れ出され、独房に戻された。

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アンドリューは食べることが大好きだった。

食べるのが好きな事こそが、彼の破滅を招いたと言って良かった。食べ物なら何でも好きだった。彼がニューヨークにAndy'sという名のビストロをオープンしたのもそのためだった。すべては上手く行っていた。市長の息子の、同じくアンディという名の男がチンピラを引き連れて現れるまでは。アンディはアンドリューの店を気に入ったようで、アンドリューに嫌がらせを始めた。売上の一部を寄越さなければ、親父がお前の店を潰してやると言ってきた。アンドリューの失敗はそれにNOと答えた事だった。次の瞬間、そのクソガキのお供が銃を抜こうとし、アンドリューはカウンターの後ろに飛び込み、自分の銃を構えた。そして、アンドリューはだれより素早かった。

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2日目、アンドリューはまたテーブル付きの部屋に連れて来られた。「食え」またケーキを差し出して男は言った。ケーキの上には、「ドン、誕生日おめでとう!」と書かれた砂糖のプレートが載っていた。男はミルクも差し出した。

アンドリューは不平も言わず、再びケーキを食べた。 しかし、今回はそれほど美味しいとは思えなかった。昨日のもケーキを食べたからだろう。結局彼は長い時間をかけてケーキを食べ終え、両手で頭を抱えた。「ああ、ゲロ吐きそうだ!」 その後すぐに自分の独房に戻り、即ケーキの殆どを吐いてしまった。

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「食え」男は言った。「ボブ、誕生日おめでとう!」と書かれたケーキを差し出して。

「なあ、俺はなんでこんな事をやらされてるんだ?」アンドリューはケーキを頬張りながら訪ねる。

「お前が気にする事じゃない」

「誰が作ったんだ?あんたが作らせたのか?」

「お前が気にする事じゃない」

「俺は昔、ビストロをやってたんだよ。ケーキも扱ってた」

「良かったな。食え」

アンドリューは不機嫌そうにケーキを見つめ、後は黙ったままケーキを平らげた。アンドリューの胃はまたもケーキを受け付けず、独房に戻った後、彼の胃は空になった。

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翌日は、ケーキを食べ始めるまでにかなり時間がかかった。

「俺はケーキが好きだ」アンドリューはそう言い、「ビル、誕生日おめでとう!」と書かれたプレートの乗ったケーキを見つめた。

「だが、毎日こんなに沢山ケーキを食わされるのはたまったもんじゃない」

「さっさと食え」

アンドリューは食事に戻る前に、また苦虫を噛み潰したような顔をした。

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翌日、アンドリューには同僚ができた。D-2886という、ヒスパニック系の大柄な男だった。その男は与えられた仕事に少々驚きつつも、アンドリューと共にケーキを平らげる事に熱中した。アンドリューはケーキを1人で全部食べなくても良くなったことを喜んだ。例え、2886がミルクを殆ど飲んでしまったとしても。

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アンドリューは同僚と話をしようとしたが、その男は英語を全く話せないようだった。ケーキとミルクを一緒に食べただけだが、それで十分だった。

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それから1週間が経った時の事だった。2886はケーキに飽き飽きしていた。ケーキを食べ始めはしたもの、ほんの数口でやめてしまった。監視の男はケーキを指差し、"Es necesario que usted coma."1と言ったが、2886は首を横に振った。アンドリューはケーキを食べ続けながらも、そのやり取りを興味深く観察していた。監視の男はもう1度同じ事を言いケーキを強く指差したが、その瞬間2886はケーキを掴んで男の顔に投げつけた。そして信じられない事に、新しいケーキが瞬時にテーブルの上に現れた。まるで何も無いところからケーキが生えて来たようだった。男、2886、アンドリューはしばらくそれを見つめていた。そして、男は銃を取り出し2886に向けて引き金を引いた。2886は床に倒れ、男はアンドリューに向き直って言った。「食え」

アンドリューは、急いでそれに従った。

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数週間が過ぎた。ケーキには毎日新しい名前が書いてあった。仕事に熱意のある者、無い者。様々な同僚が現れては去って行ったが、アンドリューはそうならなかった。男たちは、必要であればアンドリューがケーキを1人で食べ切る事ができると知っていたのかもしれない。与えられた仕事を黙ってこなすと知っていたのかもしれない。理由はどうあれアンドリューはケーキを食べ続けたし、それ以上不平を漏らす事も無かった。

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アンドリューがテーブルの前へ連れて来られたある日の事、男はいつもと少し様子が違うように見えた。男は皿を差し出すと、少し笑みを浮かべた。ケーキには「スティーブン、バル・ミツワー2おめでとう!」と描かれていた。男はさらに1ガロンのミルクと、コーヒーの入ったカップを差し出した。コーヒーが出てきたのは初めてだった。

「いつもと違うじゃないか」アンドリューはスプーンでケーキを掬いながら言った。

男は肩をすくめて言った。「さっき、お前がもうしばらくここへ居られる事になったと知らされた所でね。ラッキーだと思った方がいいぜ。大体のやつはすぐ処分されるからな」

アンドリューは溜め息を付きながらケーキを頬張った。「そりゃ素晴らしい。俺がケーキにうんざりしてる事、あんたに伝えといた方がよかったな」

「なあ、こう考えたらどうだ。このケーキが、お前を生かしていると」

アンドリューは言われた事の意味を考えながら、コーヒーを流し込んで言った。「ああそうかい。糖尿病にならない事を祈っとくよ」

ケーキは、ひどい味がした。

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