忘れられた終焉
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2015年12月24日16時50分10秒
ざっ、ざっ、ざっ。
視界を埋め尽くす白色のなかで、耳が聞こえなくなったのではないかと思うほどの静寂を破るように、後ろに足跡を残しながら歩いていく。左右に聳え立つはずのビル群も、今はもう空との区別すら付いていない。
まるで世界に一人きりになったのではないかという妄想に、それはもう妄想ではなくなったのではないかという囁きが脳裏に走る。
それを振り払うように軽く頭を振ると、フードの上に積もっていたのか、バラバラと白いものが落ちていった。
気が滅入りながらも、よいしょ、と独り声をかけながら肩に下げていた救難物資を持ち直して再び歩き出す。
 
仮の住処であるサイト-8129はもうすぐだ。
 
 
 
2015年12月24日17時04分31秒
「生体認証……クリア。ゲートを開きます。ご注意下さい」
外の静謐とは違う意味で耳が聞こえなくなるようなけたたましいブザー音と共に、身長の何倍もあるようなコンクリート扉がゆっくりと開いていく。その隙間に体と荷物を滑り込ませると、すばやく内側のコンソールを操作して閉鎖操作を実施する。開閉に伴う無駄なエネルギーの節約だ。
閉鎖完了を告げるメッセージが流れると、再びサイト内に静寂が訪れる。外の静けさに比べると、まるで何かの巣穴に入り込んだかのような奇妙な温もりを感じた。
軽く息を付きながら体に付いた灰を振り払う。本来ならば念入りに除染すべきだが、きっとそれももう手遅れだろう。半ばあきらめながら、それでも現世にしがみつこうとする自分に苦笑する。
必死になって背負い込んできたバッグの中には数日分の食料、浄化済みの水、清潔な布、そして偶然見つけた一丁の拳銃が入っている。これがあればあと数日分は寿命を延ばせられるだろう。疲れた体に鞭を入れるように荷物を引っ張りあげて倉庫に向けて歩き出した。
もうすぐ古希を迎えるこの体には、この荷物の重さが思った以上に負担になったようだ。これが老いか。年は取りたくないものだ。
 
 
 
2014年12月25日12時03分57秒
そのときアメリカの財団で4つのオブジェクトの収容違反が連続して発生したと知ったのは随分後になってからだった。
財団の内部情報を探って分かったのは、4ヶ所の収容サイトでそれぞれ独立した事故が発生、オブジェクトの漏出を防ぐため核自爆プロトコルが直ちに実行され、外部への影響を抑えた――ということらしい。
ただ人類にとって致命的だったのはオブジェクトの異常性ではなく、「アメリカ合衆国で同時に複数の核爆発が起きた」という事実だった。
 
激しい閃熱と爆風、振動、そして核降下物。
その衝撃は財団による情報偽装も間に合わない速度で世界中に伝播すると、間を置かず「緊張関係にあった某国がついにアメリカ合衆国に核攻撃を仕掛けた」という明確な姿に形を変えた。
国際世論による某国への非難、合衆国国民の激しい憎悪、そして報復……。結局、諸悪の根源と指さされた某国からの「合衆国による陰謀である」という非難声明が最も真実に近かったのは皮肉だろう。
ついに財団の影響下を逃れた核兵器が使用されて、それからは早かった。あれから1年も経たないうちに、こうして世界は終わりを迎えつつある。
 
 
 
2015年12月24日18時15分41秒
汚染された服を脱いでシャワーを浴びた。もう手遅れではないかと薄々感じていたが、それでも気分を変える必要があった。こんな世の中でも、せめて精神の健康は維持したい。
ペットボトルのキャップをキュッとねじるとパキリと音がした。封を開けたまま口元に運んで仰ぐ。味はしないただの水だが、なぜか美味いと感じた。
一息を付きながらコンソールを眺める。外部との通信、もっと言うと財団の上層部との通信は未だ回復しない。生存者は見つからず、死体も同じだけ見つからなかった。
陰鬱となりながらもキーボードを叩き、今日のレポートを作成していく。
 
延々と降り注ぐ死の灰は、世界の科学者の予想を越えた早さで広がり、そしていつまでも降り続けた。
やがて吹雪のように降り続ける段階になって、財団がようやく異常性に気が付いた時には手遅れだった。
いくつかの限られた情報と自身を使った実験結果から、この事象……否、オブジェクトは灰に包まれた個々人ごとに世界を分割し、遮断する。降りしきる灰の中に消えた人間は二度と帰らず、そして連絡も付かない。私ももう「手遅れ」だろう。
 
 
 
2015年12月31日21時56分37秒
最後に外出してから1週間が経った。状況は更に悪化している。
まず発電機、そして浄化装置が止まった。原因は燃料切れだ。逆に無補給でよく持った方だと思う。空気循環装置は非常電源で動作しているようだが、これも時間の問題だろう。
同じく非常電源で動作している目の前のコンソールもまだ動いている。少しでも生き延びるためにはこれも停止させるべきだったのだろうが、不思議とそんな気にはならなかった。
そもそも主電源が停止した以上、あの分厚いコンクリートの扉を開けることはもうできないのだ。私はここで息絶え、一人分にしては大きすぎるこのサイトを墓所にして、いつか来るかも知れない来訪者を待ち続けるのだろう。
そんなことを考えながら、私の最期となるレポートを保存した。もしネットワークと、誰か財団の優秀なエージェントが生きてさえくれていれば、この恐るべき終焉を終わらせることが出来るに違いない。
 
そう信じて、拳銃の引き金を引いた。
 
 
 
 
 
 
1949年2月19日9時39分26秒

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
2015年12月31日22時3分20秒
目を開けると、どこかの研究室だった。
誰かがかけてくれたらしいブランケットがずれ落ちそうになっている。
寝ぼけているのだろうか。考えが働かない。思わず頭を振ると、ぱらぱらと白いものが落ちた、ような気がする。
照明の消えた暗い部屋の中でふらつきながら立ち上がる。ブランケットを握り締めながら目を凝らすと、向こうの方から光が漏れ出ている。ドア……だろうか。恐る恐る手を伸ばし、ドアノブと思われる突起物を握って回した。
 
「あ、小林博士。お疲れのようでしたからまだお休みになっていても良かったんですが」
明るい部屋の中で、若手の研究員が見覚えのあるコンソールを叩いている。
「……誰のせいでこんな日のこんな時間まで居残りをさせられていると思っているんだ?」
「すいません俺のせいですか」
何かを吐き出すような唸り声が喉から出た。
「あっ、すいませんすいません! レポートできましたのでチェックお願いします!」
机の上にあった自分の分のペットボトルを手に取って水を口に含む。頭痛がひどい。変なところで寝たせいか風邪を引いたかも知れない。
「もういい。確認だけなら年明けでも良いだろう。そもそもこれは今日中に仕上げなければいけないレポートではなかったはずだが?」
「あ、いえそれは、まあ……」
額を指で押さえる。水を飲んだせいか、頭痛が治まってきた。
「私も早く帰りたい。ここはもう閉めるぞ」
「ま、待ってくださ……今、コンソールを落とします!」
「……いや、コンソールはそのままで良い。行くぞ」
バタバタと慌ただしく出てくる研究員を待って、消灯した部屋の鍵を閉めた。
 
 
何故か、コンソールを停止する気にはなれなかった。
 
 
 

レポート要旨
SCP-612-JPのThaumiel指定には多くの問題を孕みます。
前提として収容違反-ステージⅣを維持した状態で人類の総人口が█████████減少することで特異性の影響が消失し、その結果1949年2月19日を基準点としたCK-クラス:再構築シナリオが再度発生することは事実として確認されています。
しかしその前提のためにCK-クラス:再構築シナリオを人為的に引き起こす事は、人類の死滅を伴う世界終焉シナリオの無効化のため自動的にCK-クラスシナリオを発動させる事が目的であったとしても、財団の趣旨より容認されることはないと推定されます。

 

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