事案760-1000
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エージェント・マオが初報を受け取ったのは、彼が表向きの身分であるフリーライターとして編集会議に参加し、身柄を解放された後でさてそろそろ昼だからと駅近くの飲食店の看板をいくつも頭の中で思い浮かべていた時だった。
懐に入れていた携帯端末が、3回、1回、2回のリズムで規則正しく振動した瞬間、どこか眠たげな顔をしていた男は眉間に一瞬皺を寄せると、すぐさま大通りまで駆け抜けて"たまたま通りかかった見覚えのあるタクシー"を呼び止め乗り込んだ。
「昼飯食いっぱぐれた」
「そう思ってアンパンと牛乳を用意してあります」
「どうも。用意がいいね」
タクシーの運転手に偽装したエージェント・海野から紙袋を受けると、中に入っていたパンをかじりながら緊急コールの内容を確認する。
「……Euclidオブジェクトの収容違反?」
「15分前にサイト-8181にてSCiPの収容違反と疑わしき事象が発生、初期投入された職員が危険度は低いと判定していますが、事態の収拾に手間がかかりそうだということで、各分野の職員に非常召集がかかりました。さっきの袋の中のファイルを見て下さい」
「あんまりいい予感はしないね」
マオは紙パック牛乳のストローをくわえながらファイルに閉じられていた報告書をめくるが、すぐに困惑したように声を上げた。
「SCP-1000-JP?これは?こっちも?もしかしてこれ全部」
「お察しの通り、全てSCP-1000-JPです。作成者も見て下さい」
「SCP太郎、SCP次郎、SCP花子……あー、これはもしかして」
「はい、SCP-760-JPです。ご存知ですよね?」
「こいつのカバーストーリーは自分の仕事だからね。そうか、これが漏れたか」

 
  
サイト-8181の会議室にはエージェント・カナヘビを筆頭に、非常召集された財団職員が―到着したばかりの海野やマオも含め―それぞれの席に座っていた。
「えー、ほなブリーフィングをはじめるよ。今日の11:20頃にSCP-760-JPの収容違反と思われる事案が発生。今のとこ影響範囲はここサイト-8181内に限定されてる」
最近しばしば議題に上げられていたオブジェクト管理コードのオーバーフロー危機への対策として、データベース内の桁数が3桁から4桁に変更されたことに伴い、報告書式をアップデートした瞬間に問題が生じたらしい。
「更新手続きは新規書式承認プロトコルに乗っ取って正しく処理された……はずやったんやけど、今回はあかんやったようやね。本来はカバーストーリー"記入例"の範囲内に収まるはずのSCP-760-JPが、限度を越えてしもたちゅうんが今のとこの顛末や。ここまでで質問は?」
カナヘビが回りを見回すと、ぱらぱらと声が上がる。
「発生した報告書の内容はどうなっているんでしょうか?」
「内容はてんでバラバラ……みたいに見えて、わりかし傾向性というか、共通点があるように思えてる。スペシャリストが検閲してる限りでは、物騒なことが書いてある割に致命的な事象はまだなんも起きてへんのは不幸中の幸いやね」
「今回、SCP-760-JPが変異した可能性は?」
「現段階では未確認。詳細は分析待ちってとこやな。追加調査のために何人かの博士に声をかけてて、現実改変現象に強い小林博士が今空路でこっちに向かってるとこや」
「この中に"本物"が混ざっている可能性は?」
「正直なところ、わからん」
首を振るカナヘビ。
「未収容オブジェクトについて記述された物が出てきたんで、念の為エージェント・セントラルを派遣して様子を見に行かせたんやけども、たまたま鉢合わせた要注意団体に撃たれて救急搬送や。機動部隊を送ってなんとかしたけど、そもそものオブジェクトは空振りやった。ただ、他に万が一ってことがあるとまずいから、このあと何人かには現地に向かってもらうことになってる」
「…では、今後の方針についてお伺いできますか」
「ん」
カナヘビは周囲をぐるりと見渡し、笑みを浮かべて楽しそうに宣告する。
「とりあえず集まってもろた皆には今から20日間、死ぬ気で働いてもらうつもりや。覚悟しといてな。現象解析と、原因特定。異常性が見つかればその時点で確保、収容、保護というのはいつもと同じや」
にっこり笑うカナヘビと対照的に、多くの職員達は引きつった笑みを浮かべている。覚悟を決めたマオもこっそりと家族へのカバーストーリーの適用を開始している。

「ま、そないなに肩張らいで、"いつもみたいに"気楽にやってくれぇな。じゃ、解散!」

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