ベンチマーク
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燃え上がるような赤い世界は彼の王国であり、狩り場であった。
時折迷い混んでくる獲物は動きも遅く、かつて彼が小さく儚げな雛鳥であった頃でさえも容易に捕らえることが出来る格好のエサだった。ついばみ、咀嚼し、噛み砕き、磨り潰し、そして苦痛と悲鳴を糧にして生き延びた。
肉を啄ばみ、血が渇きを満たすと、狩りそのものを楽しむようになるまでにはそれほど時間はかからなかった。
 
白い薄皮の獲物はしばらく途絶えたが、次に黒くて硬い皮を身に纏った獲物が現れるようになった。幼い頃ならいざ知らず、今や彼は獲物を一飲みに出来るほど逞しくなっている。誘われるように空に舞い上がった獲物を頑丈な嘴で挟み、丁寧に満遍なく砕いてからごくりと飲み込むと言い知れぬ快感を感じてしまい、つい食べ過ぎてしまうこともあった。
その次にやってきたのは彼に似たの色の皮を持つ獲物だった。はじめは空の色に紛れて見失ってしまうこともあったが、あれらが赤よりもやや薄い色であることに気が付き、慎重に追い詰めることを覚えてからは取り逃がすことも無くなった。代わりに見失ったように偽り、獲物が必死になって逃げるさまを見て擦り切れたような声で嗤う愉しさを知った。
 
しかし、それからしばらくして獲物は迷い込まなくなった。彼はしばらく辛抱強く待ち構えていたが、やがてそれにも飽き、少し思案したのちに匂いのする方角へと羽ばたいた。
 
 / * /
 
「外の様子は如何ですか」
「……散発的に銃声、それと意味不明の叫び声がする。イントラネットの様子はどうかね」
「推定1件の収容違反という状況から変わりありません」
サイト-8141の5階にある談話室には小林博士と三国技師、そして神山博士が偶発的に発生した暴動から避難して籠城し、用心深く外の様子を伺っていた。
3人は特別栽培収容室での実験を終えて小休止を取り、収容室へと戻ろうとしたところで完全武装した機動部隊員に遭遇し、うつろな目で何事かをつぶやきながら闇雲に発砲し始めたため慌てて談話室へと戻ってきたという状況だ。
荒事には多少心得のある小林博士が扉に耳を当てて外の様子を伺うが、状況はあまり改善されていなように思えた。備え付けの端末からは緊急事態を知らせるアテンションが繰り返し表示されており、神山博士がサイト全体の状況を調べようとしている。
「漏洩しているオブジェクトの情報は記録されていませんか?」
「2時間前から更新がありません」
「成程。どうやら状況は深刻なようですね」
手にした扇を軽く顔に当てながら三国技師は思案する。通常、収容違反が発生した場合にはサイト全体の端末からアクセス可能な領域に対処情報が逐次アップデートされる。それが無い、ということは状況が全く動いていないか、あるいは
「情報を更新できる人員が既に存在していない可能性が高い」
「他の部屋も走査していますが、状況はあまり芳しくありませんね。少なくとも外部への通報は行われているようですが、先方はこちらの応答待ちで止まっているようです」
「ここから応答はできんのか」
「正直困難ですね。それをするくらいならオペレーションルームを目指す方が速く済むでしょう」
「手持ちの火器が心もとない以上、難しい判断だな」
部屋に備え付けられていた非常用の武器は拳銃1丁に弾が数発程度。今は小林博士が所持しているが、暴動に対抗するというよりも、自決用として使う方が早そうだ。
「神山博士、アプローチを変えてみましょう。このサイトに収容されていたオブジェクトのうち、今回のような状態を引き起こすものがどれくらいあるのかを探れますか?」
「我々のSCP-392を除けば……おっと、データベースがハザードモードに切り替わりました。生きてる誰かがスイッチを押してくれたようですね」
神山博士が手早く操作をすると、1枚のドキュメントが画面に表示された。
「これは……」
 
 / * /
  
遠くまで羽ばたけるほどの力を得た彼は、ついに獲物たちの巣穴を見つけた。
手始めに一番近くに居た獲物を軽く啄ばむと、それだけで獲物は跳ねまわって彼に甘美な味わいを提供してくれた。
少し羽ばたけばまた別の獲物が居た。今度は一飲みにしたが、彼の王国での獲物とは違ってそのまま動かなくなってしまった。
獲物はまだまだ沢山いるが、いきなり全て食べつくしてしまっては味気ない。少しずつ啄ばんでじっくり味わうとしよう。
 
暴君と化した緋色の鳥に蹂躙されたサイト-8141は、今まさに崩壊しようとしていた。
 
 / * /
 
「……それで、どうする」
その報告書を見た一同が顔を合わせる。
表示されたのはSCP-444-JPと呼ばれるオブジェクトの文書であったが、相手がミームタイプオブジェクトであれば取りうる対策は限られる。さらに記憶処理が意味をなさないとあっては打つ手は限りなく無いに近い。
「対策を考えましょう。これを知った以上、何とかしなければ我々もただでは済みません」
「同意見です。ふむ……」
しばし、各々が考えに耽っていると、ほぼ同時にあっと声を上げた。
「どうやら何か思いついたようですね」
「儂は最後でいい」
「まあまあ。こうしましょう、全員掌に思いついた策を書いて握り、一斉に開いて見せる」
「……まあ、それでもいいですが」
得意げに語る三国技師にあきれながらも、2人は掌に文字を書いて握りしめる。
 
果たして、突き出された3人の掌に書かれていたのは全て同じ「実」という文字であった。
 
 / * /
 
もはや比類するもの無きほどにまで大きく成長した緋色の鳥は、サイト-8141に居た人間をほぼ食べつくしていた。
まだ何人か残っている気配はするが、いざその場へと向かおうとしたその時、何者かが彼の王国に迷い込んだ気配を感じた。一瞬逡巡するもすぐに舞い戻り、侵入者を追いかけて飛べば、そこに居たのはひとつの生首であった。
こんな物に呼び戻されるとは、と腹を立てた緋色の鳥は生首と比べてあまりに大きすぎる嘴を開けて一飲みにした。甘い。
今までに感じたことのない味に困惑する間もなく、再び犠牲者が飛んでくる。
やはり生首。しかし今度は4つだ。どれも同じような形をして、同じような模様をしている。戸惑いながらも立て続けに飲み込む。やはり甘い。これまでの犠牲者とは異なる味に不快感を覚える。
さらに犠牲者が飛んでくる。
やはり生首。しかし今度は8つだ。どれも同じような形をして、同じような模様をしている。戸惑いながらも立て続けに飲み込む。やはり甘い。これまでの犠牲者とは異なる味に不快感を覚える。
何だこれは。
今までにない事態に緋色の鳥は戸惑った。同じ犠牲者を口にしたことはあったが、それが同時に飛んでくるということは経験がない。今までとは違う何かが起きている。
そう考えている間に次の犠牲者が飛んできた。
やはり生首。しかし今度は…162個の、全く同じ刺青を持つ生首だった。途中までは数えたが正確な数は覚えていない。
 
ようやく食べつくしたところで、さらに空の向こうから、全く同じ刺青を持つ生首が飛んで来ている。彼の王国たる赤い空を埋めつくすほどの、大群の生首が。
 
 / * /
 
「我々の研究の成果がうまくいったようで何よりです」
「半ば賭けのようなものであったが、何とかなるものだな」
「これも全て計略です」
全て片が付いたのち、3人は再びサイト-8141の談話室に集まっていた。
あの日、彼らは米国より種を譲り受けて栽培をしていたSCP-392に対して、電気刺激を与えることで発声させる実験を行っていた。
暴動が起きてSCP-444-JPの報告書を読んだのち、生首たちに「あの言葉」を読み上げさせることで防壁とし、オブジェクトの浸食速度を抑えることを思いついたのだった。認識の鳥と呼ばれる存在に餌を与える諸刃の刃ではあったが、再発が見られない以上、なんとかなったと見て良いだろう。
オペレーションルームにたどり着いてデータベースをハザードモードに切り替えることができた一人の生き残りが"対処"を開始してすぐに回復し、外部と連絡を取って状況を知らせ、専用装備を整えた特殊部隊が救援にやってきてからすぐに事態は収束した。数えたくないほどの犠牲者を生んだものの、最終的にオブジェクトは再収用され、サイト-8141は元の静寂を取り戻していた。
「とはいえ被害は甚大です。SCP-392による防壁機構は完全に無人化されていますが、あれをここから動かすことはできません。このサイトの扱いも大きく変わることになるでしょう」
「あの栽培システムには苦労させられました。こんな形でお別れになるとは誠に残念」
「ぼやくなぼやくな。こうして命があっただけでもありがたいことではないか」
「そうですね。おかげでまた別の研究ができます。兄弟の出番は……また今度ですね」
コーヒーを片手に談笑する3人だったが、ふと神山博士が窓を見る。
青いカーテンが閉められた窓の外には、地上5階からの光景が広がっているはずだ。
 
 
 
 
 
nozoki.jpg

 
 
 
 
「どうしました、神山博士。急にカーテンをめくったりして」
「いえ。妙な視線を感じたのですが、どうも気のせいだったようで」
「ここは5階だぞ。他の職員が覗きに来れる場所ではないが」
「あんな事件がありましたし、無理もありません。神経が過敏になっているのでは」
「う……ん。そうかも知れません。今日は休む前に薬を頂いておきます」
 
再度、視線を感じて振り返った神山博士から見えたのは、やはりカーテンの閉まった窓だけであった。
 
 

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