「お持ちしましょうか?」
無口な老人だった。
皺だらけの顔に優しげな笑みを浮かべていて、重そうな風呂敷包みを僕が受け取ると丁寧な会釈を返してくれた。
それにしても、重い。
この大きさ、ズッシリとした手応えはお米だろうか?
見たところ、この杖を突いた老人も米寿を迎えたくらいのお年に違いない。
なのに5kgはありそうな買い物を一人で済ませようだなんて無茶だと僕は思う。
向こうの商店街からここまで、よく片手で運べましたね。
そう話しかけたら、微笑んで小さな会釈をされた。
ふと、僕は実家の祖父を思い出した。
今年で八十。今でも背筋が真っ直ぐと伸び、介護の必要なんてまるでない元気な祖父。
若々しさの秘訣は気持ちまで老け込まないこと。
”若者には負けん”という意地を持つこと。
胸を張ってそんな風に語っていた。
このお爺さんはどうなのだろう。
仕事柄、生まれ持っての性でついお節介を焼いてしまったけれど、不愉快に思われてはいないかな?
悩んでも仕方ない。もう引き受けてしまったのだ。
僕はお爺さんが無言で指し示す方向へハイハイと荷物を持ってゆき、やがて瓦葺きの立派な家に到着した。
「あ、ここのお宅でしたか。中までお邪魔しても?」
いやはや奇遇な縁があるものだ。
確かこの家はお年寄りのお婆さんが娘と一緒に住んでいる。
そのお婆さんというのが痴呆気味で、以前深夜にふらふらと徘徊していた所を見つけたのは他ならぬ僕だった。
身なりも立派だし、ここの旦那さんに違いない。その時は見なかったと思うけれど。
鍵を手渡された僕は、代わりに玄関の引き戸を開け、”お邪魔します”と一声挨拶をした。
返事は返ってこない。明かりは点いている。
広い家だ。聞こえない場所にいるのかも知れない。
あまり騒ぐのはよしておいて、お爺さんの後に着いて行く。
「これ、どこに置きましょう」
畳敷きの居間まで入り込み、僕は辺りを見回した。
誰もいない。
気配がない。
様子がおかしい。
お爺さんは何処に?
「……あ、いたいた。あの」
僕を放っておいていつの間に出ていたのやら。
開けっ放しの縁側の先、手入れの行き届いた広い庭にお爺さんは居た。
真っ白な足袋と古めかしい草履を履いた足が
ざり ざり ざり ざり
と玉石を踏む。
なんだ、アレ。
何かの意味がありそうな一定のリズム。
僕は思わず黙って……突然の奇怪な行動に度肝を抜かれ、黙ってそれを見ていた。
あんなに曲がっていた背筋が真っ直ぐ伸びて、杖に体重を預けるのを止めて、笑顔をやめたお爺さんを見ていた。
空白
小鳥が一羽飛んできた。
二羽、三羽、四羽、ああ、沢山。
禿げ上がった頭に、肩に、足元に留まる。
雀に似ているがどこか違う、まん丸い鳥だった。
空白
ほうほう、なるほど、凄い。素晴らしい。
お爺さんはこれを僕に見せたかったのか。
あっという間に二十羽、いや三十羽は集まった小鳥たち。
これがなんと一声も鳴かない。
気ままに飛び回ったりもせず、一箇所で落ち着いている。
じっとこちらの様子を伺う姿はまるで警察犬のような凛々しさ。きっとお爺さんの躾がよほど巧みなのだ。
僕は荷物の正体を遅まきながら悟った。
感服して思わず大きめの拍手を送った僕に、
お爺さんはそっと右手の杖を差し向けて
空白
空白
空白
空白
空白
空白
ピィ。
空白
空白
空白
空白
空白
空白
耳障りな拍手が止み、静寂が戻った。
老人は縁側で草履を脱いで居間に上がる。
そして
痙攣する警官の頭に、大きな石を幾度か落とした。
溢れ出た餌に無口な小鳥たちが群がった。