特異関与疑惑事件記録(1966/08/01発生)
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はい、分かっています。事実確認ですね。
名前はアラン・クラム。所属はサイト-73ということになっていますが、基本的にはテキサス大学オースティン校において生協職員として潜入、調査を行っています。

IDの確認ですね、端末は所持しています。どうぞ。…問題ないようでほっとしました。

…はい、ではあの日、1966年8月1日に起こったことを証言します。

あの日はうだるように暑い日でした。全身から玉のような汗が流れるように。
私は生協職員として一般の業務を行いながら、以前からマークしていた対象のチェックを行っていました。
頭蓋の中に潜む悪魔。文字通り脳味噌に寄生し、反社会的行動を行わせる異常生物。その宿主を。
それらのほとんどは単なる精神疾患や、あるいは若気の至りに過ぎませんが、その中には本物もある。

…願わくば、今回のインシデントもその本物であってほしいと思う次第です。

ああ、話が逸れました。ええ、そうですね、それが起こったのは正午近くでした。
銃声が響き、悲鳴が飛んだのです。最初は学生たちの悪戯かと思いました。あるいはこの暑さで耳がイカレたのかと。
しかしそうではありませんでした。その銃声も悲鳴も本物だったのです。

歩いているだけの生徒が撃ち殺されました。助けようと駆け寄った生徒の頭が弾けました。
私はそこでようやく、この見えない悪魔の正体が時計塔の狙撃手であると気付いたのです。

頭の中をいくつかの何故、と誰が、が通り抜けていました。
対象のリストを幾度か反芻し、何か見落としたのかと恐怖しました。
彼ら、彼女らの何者かが、真昼間からブギーマンへと変貌したのかと。

兎にも角にも私はエージェントです。異常存在の可能性があるのならば調査を行う必要があります。
即座に本部へ連絡し、その場で初期収容を行うと連絡、了承を得たうえで時計塔へと向かいました。

地面は灼け付いていました。太陽がぎらぎらと照り付け、目は眩むようでした。

時計塔の一階で数人の巡査と合流しました。同僚のA.マルティネスがいたことで交渉もスムーズに済み、私たちはついに悪魔と対面したのです。

悪魔は理知的な表情を向けていました。私たちがライフルを構えているというのに、笑顔さえ向けてきました。
その表情には一切の敵意がありませんでした。別方向から向かったマルティネスが油断するなと表情で伝えてきました。

私はその場での行動を躊躇いました。プロフェッショナルとしては不適な行動であったと認めます。
悪魔はそんな私に向かい丁寧に、…いえ、好意を示すように話しかけてきたのです。

「貴方達は警察官ですか? それとも、医者ですか?」

悪魔の額の白いヘッドバンドが妙に記憶に残っています。あまりの暑さに何処かの中枢がやられたのかと錯覚しかけました。

「私たちは貴方を拘束しにきたのです、銃を下ろしてください」

答えない私を慮ってか、マルティネスが悪魔の言葉に応えました。
今思えばそれは間違いだったのかもしれません。財団に所属する私が言う言葉ではありませんが、悪魔の言葉に耳を貸してはいけないのです。
悪魔はにこりと、そう、にこりと微笑むとマルティネスへショットガンの銃口を向けました。

早業ではありませんでした。ですが、あまりにも自然に、ポケットに手を突っ込むように、悪魔はそうしてマルティネスの自由を奪いました。

「ありがとう、お二方、私を収容してくれるのですね」
「貴方が銃を下ろせば」
「そうしたいのは山々です。私もこんな暑い、太陽に近づくような場所はずっといたくないと思っていたところで」
「では投降してくれると?」
「それは少し待ってください。私の話を聞いてほしいのです」

そのとき何故有無を言わさず麻酔銃を撃たなかったのか、と疑問に思うでしょう。もちろん、マルティネスの命がかかっていることもありました。
しかし、私はそれ以上にこの悪魔の話を聞きたいと、そう思ってしまいました。ええ、エージェント失格です。どのような罰も甘んじて受けるつもりです。

…私は三分以内に、という条件を出しました。悪魔はそれに頷きました。

「私が何故こんなことをしたか疑問に思うでしょう。私自身がそう思っているのです。私は何故これをしているか分からない。罪なき若者の命を奪い、愛した母と妻を殺した。悪人です、私が行き着く先は地獄でしょう。結果としてはそうなのです。私は善人の、より良き隣人の顔をした殺人者、それが私の結果なのです。ですが、そこには過程が抜け落ちている」
「つまり、自分でも動機が分からないということですか?」
「そう言い切るのは簡単です。ですが私には十分な動機がある。将来への不安、父からの抑圧、善人であらなければいけないという思い込み…。貴方がたにそれが理解できないとしても、誰かがそれらを私が狂った理由に置き換えるでしょう。ですから私には動機がないわけではない。正確に言えば、貴方がたが私の死後、私の脳を暴き、私生活を掘り返すことで理由を付けることはできる。"ああ、かの好男児はかれこれこういう理由で狂い、無辜の人々を殺戮するに至ったのだ! なんと理解しがたき悪魔であるか!"と」

悪魔の言葉は朗々としており、まるでハイスクールの授業で教鞭を取っているやり手の新人教師のように聞こえました。私にそれらの理由が理解できなかったのは確かです。ですが、悪魔の言うことは理解できた。我々はこの悪魔を分析し、理由を付けるだろうと納得しました。悪魔は私が納得したことに気づいたのでしょう。満足げに微笑むと話を続けました。話し始めてから凡そ一分が経っていました。夏の太陽が私達三人を炙り、誰かの血が赤褐色に乾くのが見えました。

「しかし、私にとってはそれは動機ではない。それが動機になりえることは分かりますが、私にとっては動機ではない。貴方が信じるか信じないかは別ですが」
「ならば、一体どういう理由で。まさか、太陽が眩しかったから、と?」

カミュの台詞をもじって私が問うた時、悪魔は一瞬表情を固めました。これまでの表情には全くなかったその顔は蝋人形のようで、そのくせ酷く倦み、疲れ切った人間の顔でした。私はそこで初めて眼前の男の足に蹄が付いていないことを思い出しました。

「そうかもしれません。私の頭の中には悪魔が住み着いた」

そのフレーズに私はこの男こそが悪魔の宿主であると思ったものです。ええ、今もそう思いたい。
私は深く一度息を吐き、心臓の鼓動を抑えて再度、男に告げました。

「貴方は収容される必要がある」
「そうでしょう、そうなのでしょう、ですが、まだ時間はある。時間の限り話させてください。もはや人生は生きるに値しない、私の言葉を聞いてくれる母も妻もいない」

男は突如懇願するように、泣き崩れかけた赤子のように表情を歪め、続けました。太陽がヘッドバンドに反射しているようでした。

「私の頭の中には悪魔がいる。それは私の妄想か、あるいは行き場のない不安か。確かに私の頭の中には住み着いています。全てを壊せと、自分の敵を、自分にとって取るに足らないものにさげすまれるくらいなら殺せと、そう叫ぶ悪魔が」
「分かった、分かりました、私たちはそれを収容することが」
「違うのです」

男は、………すいません。あのときの男の顔を思い出すと、まだ、言葉が出ないのです。水を一杯いただけますか? ありがとう。
ええ、ええ、大丈夫です。…大丈夫のはずです。

男の顔には何もありませんでした。一番最初に銃口を突きつけた時の悪魔めいた微笑も、自らの頭の中に潜む悪魔に怯える表情も、何もありませんでした。表情だけではありません、私の脳が、男の全てを否定しようとしているようでした。ただ、太陽の照り返しが暑く、眩しかったことを覚えています。

男は…、男は、私の言葉に、続けたのです。

「違うのです。私は言ったはずだ。私には過程が、動機がない」
「ですからそれは悪魔が」
「違うのです。悪魔の脅迫にも私は屈していない。私は」

…ああ、申し訳ない。大丈夫、大丈夫です。私は言わなければならない。

男は。

 

「太陽の照らす下。おはよう、と答えただけなのです」

 

直後、銃声が響きました。マルティネスが引き金を引いたのです。血が吹き出しました。
マルティネスは半ば錯乱するように引き金を引き続けました。レボルバーの弾倉が空になってもマルティネスは撃ち続けていました。
私はそれを呆然と見ていました。男が最後に言った言葉の意味を考えていました。

おはようと、誰に言ったのでしょう、何に言ったのでしょう、何故言ったのでしょう、いつ、どこで言ったのでしょう。
私には分かりませんでした。倒れた男のヘッドバンドが赤く染まっていました。そこには人間の死体しか残っていませんでした。
顔を見て、初めて私はその男が悪魔の宿主リストに載っていない、ノーマークの存在であると気付きました。ならばなぜ。
失禁しているのかと勘違いするほどの汗をかいていました。太陽は眩しく、流れ出した血に反射して、私の目に飛び込みました。

以上が私、アラン・クラムが1966年8月1日に見た全てです。

記憶処理ですか? ええ、望みます。マルティネスは…、そうですか。当然だと思います。
記憶処理を行う前に一つお願いがあります。あの悪魔、いえ、あの男の脳を調べていただきたいのです。
そして、私の脳も。

結果は告げなくて構いません。

私は望んでいます。
あの男に悪魔が寄生していることを。

私は望んでいません。
何を、と聞かないで下さい。

それの答えが、同一のものであるかもしれないのですから。

 
 
 

特異関与疑惑事件(1966/08/01発生)における事後報告書

関連SCP: N/A
関連機動部隊: N/A
日付: 1966年8月1日
場所: テキサス大学オースティン校

概要: 1966年8月1日、テキサス大学オースティン校において元海兵隊隊員、チャールズ・ホイットマンによる狙撃の結果15名の犠牲者が発生。当時、同大学内においてSCP-███の存在が確認されていた。Agt.クラムはその関連性を疑い初期収容を開始、Agt.マルティネス他2名の警察官と合同で事件の収束を行う。その後、Agt.マルティネス、Agt.クラムによりチャールズ・ホイットマンは射殺。Agt.マルティネス、Agt.クラム両エージェントは記憶処理を希望。これを承認。現在、Agt.マルティネス、Agt.クラム両エージェントは現場に復帰。なお、対象の殺害においてはやむをえない自衛行為と判断され問責無し。

付記: SCP-███の関与が疑われたため、対象チャールズ・ホイットマンの脳内を検視。結果、脳幹上部視床下部に腫瘍が発見される。この腫瘍に異常性は確認されず、加えてこの腫瘍が対象が事件を起こした理由になる根拠は薄弱であるとされ、否定。SCP-███の関与は否定された。これを以て当該事件は通常の事件として扱われることが決定、エージェントの関与等小規模な情報隠蔽、カバーストーリーを流布し、調査は終了した。

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