小噺-アベンジャーズ
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サイト-81██の三番会議室。有に300名は入ろうかというその部屋は、会議の開始を待つ財団職員でほとんど満員となっていました。
「時間になりました。それでは…SCP-███-JPの収容について、最終的な説明を申し上げたいと思います」
口を開いたのはこのSCiPの収容を担当している財団の収容スペシャリスト、三国軍師です。
「先ず、当該のオブジェクトが移動しないよう、収容室の中心にアクリル板を用いて二重の収容スペースを設けます。収容スペースは電磁石を用いて床から浮かせます。収容室内部は常に監視し、当該のオブジェクトの活性化の際には報告されます。オブジェクトの特性上、GOIによる襲撃の際に盗難される恐れもありますので、扉にはセキュリティクリアランス及びパスワードを設置し、セキュリティクリアランス3以上の職員でなければ開けられないよう、扉自身も頑強な素材で制作します。如何でしょうか」
「異議なし」「異議なし」「異議なし」
会議室に集まった、その他の収容スペシャリストから満場一致の声が上がります。三国軍師はほっと胸を撫で下ろしました。
「ありがとうございます。…では、早速制作に移ります。収容室の最終チェックは3日後、完成した収容室前で行います。」
ほんの数分ほどで三国軍師の番が終わると、すぐさま次の収容スペシャリストが別のオブジェクトの収容案を出します。三国軍師は手元の資料に目を走らせながら、『収容室の作成開始』の報を送ったのでした。

* * *

「…では、本日はお集まりいただきありがとうございます。今回の収容室は、前回の収容会議で申し上げた内容とほぼ相違なく完成しております。では…中へどうぞ」
三国軍師は、完成したての、まだ何も置かれていない収容室に集まった職員達を案内しました。
「…こちらが、説明にあったアクリルケースで…こちらが電磁石…手元のスイッチで、ほら…浮きますね。皆さんも確認してみてください」
中に入ってきた職員達に、三国軍師は収容の際のシミュレーションをやってみせます。一度やってみてもらい、うまく機能しているか確認してもらおうと、電磁石のスイッチを近くにいた職員に渡した途端、アクリルケースを調べていた男が口を開きました。
「なっちゃあいねえな」
集まった収容スペシャリスト達に緊張が走ります。三国軍師はアクリルケースを調べていた男のほうを向きました。
「…何かございましたでしょうか。アクリルケースに、ヒビでも…?」
「このアクリルケースはなっちゃあいねえ、そう言ったんだ。どうせどっかの工場でもってして、機械で固めた粗悪なアクリル板に違ェ無え。他の職員の目は誤魔化せても、俺の目は誤魔化せねえぞ。厚さが均等じゃねえな。0.1ミクロン程度ならまァ、見逃したんだが…一番分厚いとこと一番薄いところで、0.4…5…0.487ミクロン、って所か…こりゃあ板なんて呼べねえな、ダートだな、ダート。だから機械造りのアクリル板はダメなんだねェ、職人が手打ちしたやつでなきゃあな」
「職人が手打ち」
「そうだ。しかもこいつ、少しだが力のベクトルにひずみがあるぜ。大方、機械で固めた際に力が変な方向にかかったんだろう。アクリル内部の力のベクトルが平行になってねェ。これじゃあこいつ、200年もしないうちにヒビが入るぜ」
「そ、そうですか…いやぁ、その、うーん……困りましたね…あの、失礼ですが、どちら様で…?」
「俺か?俺は今はしがない収容スペシャリストなんてやってるけどな、中学生の時分に親父と喧嘩して、故郷を捨てて東京に出てきたんだ。ほとんど着の身着のままで日本でただ一人のアクリル板職人の家に転がり込んでねェ、頼み込んでアクリル板作りのイロハを教わったのさ。人は俺のことをこう呼ぶ、『アクリル板のジン』ってな」
「アクリル板のジン…」
「三国サン、ちっと待ってな、俺がすぐに、最高のアクリル板をこさえてやるからな」
アクリル板のジン、熱く煮えたぎるアクリルと作業台をどこからか取り出しまして、熱気をものともせずにえいやっとばかりに手でこねる。繊細な手つきですーっと広げますと、これまたどこから取り出したのか、アクリル包丁でもってして均等に切り分けました。
「できたぜ」
「あ、ありがとうございます!ではすぐに付け替えさせますので、組み立てて頂いても…」
「それは無理だ」
「えっ」
「俺はアクリル板のジン。アクリル板以外のことは全くわからねぇ。こんなもん、どうやって組み立てたらいいんだか…」
「は、はぁ…仕方ありません、では一度作業員を呼び戻しまして…」
三国軍師、手元の携帯電話をプッシュしようとした矢先、後ろから何者かに呼び止められます。
「待ちな」
「あ、あなたは…」
「あたいは今は名もなきエージェントなんてやってるけどね、昔は東京ではちっと名の通ったアクリル接着技師だったのさ。アクリル接着のおミチ、ってね。アクリル接着のことならそんな誰とも知れぬ作業員じゃあなくて、あたいに任せな」
言うが早いか、アクリル接着のおミチ、手元に取り出した機材で、まさに神業、すすさーっと、手際良くアクリルをくっ付けて行きます。
「できたよ、ただ…あたいはアクリル接着のおミチ、電磁石の取り付けなんてとてもじゃ無いけど…」
「は、はぁ…」
「お待ちなさい」
声を掛けたのは初老の男性でした。
「私はかつて電磁石のケンゾウと呼ばれ仙台では恐れられた男、電磁石の事ならお任せあれ」
「ど、どうも…」

さあこうなると止まりません。電磁石のケンゾウを皮切りに、あちこちの職員が我こそはと集まってきます。ネジ閉めのおユキ、配線コードのスズ、スイッチのノブ、蝶番のゼロキチ、扉のテル、ドアノブのおヤマと集まってまいりまして、収容室の中はもうギュウギュウ詰めになります。そうなりますと今度は、スペース有効活用のケイイチ、整理整頓のアイが声を上げる。

「はあ、はあ…これで、とりあえず皆さん…あの…ご満足で?」
三国軍師、すっかりぼろぼろになりまして、疲弊した様子で集まった思い思いのスペシャリスト達に声を掛けます。
「異議なし」「異議なし」「異議あり」
「まだあるんですか!」
「ふむ…我輩はパスワードのリュウと申す者…このパスワード…いつか破られるぞ…」
「いや、パスワードは流石に…」
「喝!そんな心持ちであるから心に油断が生まれる!心に油断が生まれるがゆえにパスワードを読み取られるのだァ!!暫し待て」
パスワードのリュウ、袂から取り出しましたる筆と墨でもって、左手のひらにそっ、とパスワードを書きまして、三国軍師に見せました。
「おぉ…!なんという素晴らしいパスワードでしょうか!大文字も小文字も、数字も特殊記号まで使い、さらには覚えやすく忘れにくい!いやはや脱帽いたしました。渾身の玉パスワード、ありがたく頂戴いたします」
さあようやく収容室の検査が終わり、集まった108人の収容スペシャリスト達がどやどやと帰って行きます。三国軍師もうきうきと自室に戻り、収容プロトコルを書く段になりまして、はてと困り果てました。財団の収容プロトコル、財団の規則でありまして、必ず提出する際に関わった人間の名前を全部書かなくてはならない。それだけなら問題はないのですが、基本的に貢献度が高い順番に名前を並べなくてはいけないという規則があるのです。さて三国軍師、今回の収容のそもそもを考え出したのは自分であるからまあ一番は自分で良いとして、その次に誰を書くべきなのか悩みました。一番最初に声を上げたアクリル板のジンを書くのか、それを取りまとめたアクリル接着のおミチなのか、はたまたパスワードのリュウか。ほとほと困り果てまして、ついに関わった職員を全員呼び出します。かくかくしかじか、伝えますとそこは皆自分の腕に自信がある職人気質、我こそは我こそはと言い出して止まりません。すると、偶然近くを通りかかった白衣の男。なんだなんだと部屋に入りましてことの次第を聞きます。白衣の男はぽんっと手を打ちまして、三国軍師に声を掛けました。
「あっしはねぇ、Wiki構文のトラジロウってんですがね」
「Wiki構文のトラジロウ…」
「左様でがす。えぇ、あのー、報告書にhtml構文を仕込みましてですね、それでもってして、開くたんびに、名前がチラチラ変わる仕掛けを、報告書に仕込んでは如何でございましょうか…」

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