カウンセリング
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「神山博士」
 諸知博士は扉の向こうから出てきた神山博士を呼んだ。
「ああ、諸知博士」
 軽く会釈をした神山に対して、諸知はちらりと手元の問診表を見て、何度も繰り返してきた問診表のテンプレートの一行目を言った。
「ええっと、まずですね。自分の名前と、所属している部署と、クリアランスをお願いします」
 神山はすぐに答えた。
「苗字は先ほどあなたが呼ばれたように神山。名前は……えっと、そうだな。栄蔵ですね。所属している部署は科学部門で、クリアランスレベルは3。これは文書及び施設へのアクセス時にのみ有効です……これでよろしいでしょうか?」
「はい、OKです。では、次ですね。あなたのお兄様が今行っている研究に関して、私に話してください。」
「ええ、私は――」
 神山が毎度おなじみの慇懃で回りくどい説明を始め、諸知はそれを手元の書類と照らしあわせた。記憶、しゃべり方、癖、その他色々な点において問題なし。
「はい、OKです。では次は――」
 ロールシャッハ・テスト、バウムテスト、その他心理学的な問診がひと通り終わる頃には、半日とちょっとが経過していた。
「はい、すべてOKです。お疲れ様でした。では、問診は以上ですね。問題はありません。では、あちらの『A』と書かれた扉へどうぞ」
「そうですか。それは良かった。ありがとうございました」
神山はペコリと頭を下げると、出てきた扉とは別の扉から出て行った。
 神山が出て行ったのを確認してから諸知はえい、と伸びをした。背中がポキポキと鳴る。さて、次だ。手元のボタンを押すと扉の向こう側に合図が伝わる。
「神山博士」
 諸知博士は扉の向こうから出てきた神山博士を呼んだ。
「……どうも」
 しばしの逡巡の後、軽く会釈した神山に対して、諸知はちらりと手元の問診表を見て、何度も繰り返してきた問診表のテンプレートの一行目を言った。
「ええっと、まずですね。自分の名前と、所属している部署と、クリアランスをお願いします」
 神山はしばらく考えた後、答えた。
「……私の名前は神山……えっと……良和。所属している部署は科学部門で、クリアランスレベルは3。これは文書及び施設へのアクセス時にのみ有効です……これでよろしいでしょうか」
「はい、OKです。では、次ですね。あなたのお兄様が今行っている研究に関して、私に話してください。」
「ええ、私は――」
 神山の説明は慇懃で回りくどいのは先程と同じだったが、そこには微妙な逡巡、躊躇、怯えのようなものがあるのを諸知は手元の用紙にメモした。記憶――問題なし。癖――問題あり。しゃべり方――問題あり。
「はい、すべてOKです。お疲れ様でした。では、問診は以上ですね。問題はありません。では、あちらの『B』と書かれた扉へどうぞ」
「そうですか。それは良かった。ありがとうございました」
 神山はペコリと頭を下げると、出てきた扉とは別の扉から出て行った。Bの扉の向こうでは素早く神山が拘束されているのが諸知には――何度も繰り返された光景だったから――容易に想像がついた。記憶を処理されて、最低限の常識を除いて過去を空っぽにした後で、Dクラスとして使用。彼の短い寿命で、彼を最大限使用するのに、一番合理的な、そして冷酷なやり方。つまり、いつもどおりの財団だ。
 全く、彼に関するエラーはなくならないものだ。諸知はため息をつく。結城博士も、そして自分も、脳髄と精神のプロフェッショナルであることは間違いないし、そうだから財団のメンバーとして要られている。だけれど、SCP-963を増やすことに失敗した財団が行っている、優秀で忠誠心が十分にある研究員の記憶と人格を、クローンの肉体に流し込んで定着させることで、そのような得難い人材を増やすという今のやり方には、やっぱりどこかに欠陥があるのだろうが、未だにどこに問題があるのかは解明されていなかった。科学の徒であるべき財団のうち、蒐集院くずれのオカルト臭いやつら――カナヘビとか、鴨川のような黴の生えた人々――は、宗教家じみて西行法師がどうのとか、カバラのゴーレムがどうこう、あるいは創造主を人が真似する云々、などと皮肉るだろうが、しかし現実に記憶と人格を引き継いだ神山博士を5人つくろうとすると、人格や記憶に対して欠陥のあるDクラス消費用の神山もどきが2人生まれるという現状を改善するやり方がまだ見つかっていないのも事実だった。SCP-222で人を増やすやり方のように、社会病質者が生まれるわけではないのだけれど、あちらとくらべても寿命の面でも、安定性の面でも欠点が残っているのだ。そんな不安定な技術のために、増えた方には結局今のところ下っ端仕事をやらせることしか出来ず(増やされる"大本"や、寿命が尽きる寸前で、かつ完璧に人格や記憶が引き継がれた神山はもっと重要なことを色々と上から命令されて行っているのは諸知も知っているが、しかしその内容自体は諸知自身のクリアランスに開示されるものではない)、宝の持ち腐れに近いものになってしまっている。
 今こうして自分が出てきて、いちいち半日も掛けてカウンセリングを行って、人格や記憶の最終チェックを行っているのも、それ以前に3度もチェックを行って欠陥がないか徹底的に調べなければならないのも、この問題があるせいだった。
 諸知は愚痴っぽくなった考えを首を振って消し去る前に、1つ疑問をいだいた。本体もそうだが、増やされている方も、自分が増殖されて、使い捨てにされているということに疑問を持たないのかしら、と。自分の記憶や人格というものがコピーし放題なフリーソフトみたいな扱いを受けて、苦痛や悲しみを覚えないのかしら、と。自身の記憶をいじりすぎた――らしいと諸知は聞いている――結果、過去を喪った不安定な諸知自身がほんの僅か優越を覚えるのは神山をこうしてカウンセリングしている時だけだったから、余計にそれを感じた。
 が、今それを考えている暇はないな、と諸知は考え事を中断する。後1人新しい神山を診なければいけないし、それから次の公開実験、しかも神山とともに行う記憶実験の資料を挙げなければならないのだから。
 さて、次だ。手元のボタンを押すと扉の向こう側に合図が伝わる。

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