邦題「覆面男の過ぎし場所」。あるいは単なるメタフィクション
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何らかの舞台をカメラが映している。

静寂。

開幕。

明転。
 

白色の背景、舞台上には円卓が一つ置かれ、三つの空席。
覆面男が客席に背を向ける椅子に座り、手遊びをしながら何かを待っている。
表情は見えない。何かを焦っているようにも見える。どことなく大げさで演技くさい動き。
 

覆面男: 人生は歩きまわる影法師、あわれな役者だ、舞台の上でおおげさにみえをきっても出番が終われば消えてしまう

覆面男: 白痴のしゃべる物語だ、わめき立てる響きと怒りはすさまじいが、意味はなに一つありはしない
 

狐男、般若が登場。覆面男は手招きをし、二人はそれぞれ腰かけることなく左右に分かれる。
 

覆面男: ようこそ、皆々様。お菓子いる?

狐男: いえ、さっき自作のクッキーを食べましたから。そう言えば先程はマクベスの一節ですか

般若: 中々示唆的なセリフですよね

覆面男: ははは、みんなそんなもんや。ここにいらっしゃる皆様は顔を隠す必要があるかもしれんけど、俺にはないからな
 

覆面男が二人へカップを配る。二人は手を付けない。
覆面男は配ったカップを手持無沙汰に弄び、元の位置に戻す。
 

般若: そうなんですか? てっきり私は何かの異常性があるものかと

覆面男: そんなはずないやん。あのな? もしそうやったら普段の俺は何やねん

般若: …あー、そうですね。普段は覆面被ってませんでしたっけ

狐男: なら何故、貴方は覆面を被っているのですか?

覆面男: お、聞いてくれるか? それにはふかーいふかーい、マリアナ海溝より深い理由があってな…

狐男: いや、そこまで興味は無いんですが
 

覆面男が崩れ落ちる。
天狗が登場。覆面男を一瞥し、般若面の隣に立つ。
 

天狗: 遅れました…、っと、皆さんお揃いですか。あれ、どうしたんですか?

覆面男: …ほっといてくれや、今、俺はブロークンハートやねん、ガラスのハートの少年時代は

般若: 既に過ぎ去ってるじゃないですか

覆面男: ふぐう

狐男: また微妙に年代を感じさせますね

覆面男: ま、ええわ
 

覆面男が立ち上がる。照明が明滅する。
新たにカップを取り出すも、天狗は手だけで断りを入れる。
 

天狗: で、此処に呼ばれた理由を聞いてないんですが。何かありましたっけ?

狐男: そうそう、私たちを呼んだ理由をお聞きしたいんですが

覆面男: …いやあ、な? 特に理由は無いんやけどな? ほら、みんな自分以外になりたいって思ったこと、ない?

般若: 突然。貴方はあるんですか?

覆面男: ああ、あったなあ。遠い昔、俺が子供やった頃

天狗: 興味があるな、どんな人になりたかったんですか?
 

覆面男は舞台を動き回る。背景に黒が混ざり始め、徐々に不安定なマーブル模様へ変化していく。
狐男、般若、天狗は微動だにせず、覆面男の方向を見ない。黒子が円卓を片付ける。
 

覆面男: どんな、言うてもなあ。とにかく変わった人間になりたかった

般若: じゃあ、願いは叶ったんですね

覆面男: そう思うか、うん、そうかもしれん。俺が役者やったら相当優れたコメディアンやろうね

狐男: 話しが掴めないな、何の話をしたいんです?

覆面男: いや、せやから。もうそろそろこの役止めたいねん。似合ってへんわ

天狗: 似合ってないって、そんなこと言っても貴方は貴方じゃないですか

覆面男: 違うやん、違うやろ? 俺らは優秀な科学者、世界の理を護る人間やで?
 

覆面男の動きが徐々に整合性を得なくなっていく。飛び跳ね、回転し、体操を始める。
狐男、般若、天狗は微動だにせず、覆面男の方向を見ない。背景のマーブル模様は徐々に複雑になっていく。
 

覆面男: ずっと思っとった、まるで俺は世界で一人きりのコメディアンやと。大根役者にも程があんのに
 

覆面男の声が徐々に悲壮さを増していき、最後には絶叫に変わる。
背景は既に黒一色に変化し、舞台上には四つのスポットライトのみが照らされる。
 

覆面男: だからもう俺は辞めるんや。俺は役者辞めるんや。だから
 

覆面男が自分の覆面をむしり取り、三人に向き直る。その顔は客席には向けられない。
 

覆面男: 君らの仮面を貸してえな
 

狐男、般若、天狗がそれぞれ覆面男の方向を向く。
表情は見えない。狐男は困惑するような態度、般若は驚くような態度、天狗は怒ったような態度。
覆面男はそこでようやく何かに気づいたかのように後ずさる。乾いた笑い声。
 

覆面男: そないな顔せんでよ、今更やけどここはお芝居の中やで? 君らの仮面むしり取っても、何にも影響はあらへん。そうやろ?

狐男: …一体何がどうしたっていうんですか。お芝居? 何を言っているんですか? いつも通りと言えばそうですけども

覆面男: え? まさか、気づいてないっていうんか? それは酷すぎるやろ。俺は気づいて、だから望まれた役を

般若: 大丈夫ですか? 本当に

覆面男: 嘘やん。ちょっと待ってえな、俺は誰にもなれるって信じてたから

天狗: くだらない、それだけの為に呼んだんですか? 相変わらずですね、呼ばれた瞬間嫌な予感はしてましたが

覆面男: 君らの仮面被ったら俺は

狐男: …これは本当に危ないかもしれないな

般若: 何らかの影響を受けている可能性もあるかもしれませんね

天狗: とりあえず、連絡しておきましょう。すいません、少し手を
 

天狗が覆面男に手錠をかけようとする。覆面男は身をよじって逃れるが、天狗に取り押さえられる。
覆面男が動けなくなったのを確認し、狐男、般若、天狗は退場。

覆面男は倒れこみ、スポットライトに照らされている。
 

覆面男: 嘘やん。ここはお芝居の中やろ? だから俺はこんな覆面被って、アホなこと晒して、まさかそれがホンマなわけないやん
 

覆面男は落ちた覆面に這いより、掴み、掲げる。
 

覆面男: …まさか、まさか、まさか、いや、よくある話やけど、よくある話やねんけどな? 俺だけがコメディアンか?
 

覆面男が客席を向く。その顔は涙に濡れながら笑っている。
覆面男が慟哭し、暴れる。表情は隠れる。
 

覆面男: みんな、気づいてへんかったんか? 俺が覆面を被った時点で、逃れられなくなってたいうんか? 俺は、既に
 

覆面男の顔が剥がれ落ちる。
表情が見える直前。
 

覆面男: あゝ、我が過去は木っ端が喜劇
 

暗転。
 

ナレーター: ああ、人間、生まれてくるとき泣くのはな、この阿呆どもの舞台に引き出されたのがかなしいからだ 
 

拍手。

笑い声。


明転。
 

カーテンコール。
出てくるのは覆面男一人のみ。ユーモラスで猥雑な動き。
セリフは発していないが優れたコメディアンであることは容易に分かる。
覆面を脱ぐと、その顔には狐面が、般若面が、天狗面が。最後にもう一度覆面を被ると手を振り、舞台裏へと消えていく。
 

観客は一人、白衣の男。無感動なスタンティングオベーション。
たった一人の観客が振り向く。その顔は素顔の覆面男と同じ。
観客はカメラに近寄る。その顔が剥がれ落ちる。表情が映り込む直前。
 

暗転。

閉幕。
悲鳴、すすり泣くような声、慟哭
拍手の音は鳴りやまない。

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