多元宇宙とたんぽぽのお酒について
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問題がある。タンポポのお酒を作るときにはまず花を摘み取らないといけないってことが問題だ。

17分。この世界に残された時間。

十字架。悲鳴。人類の生贄は杭へと釘打たれて鞭打たれている。風景が置換される。牧歌的な牧草地。黄金を散りばめてキラキラと輝いている。この穏やかな丘を台無しにしてるのはただ一つ。30フィートのアルバートサウルスが300匹の羊を喰らっている光景。ストップウォッチを叩く。00:00:01とカウントが始まる。

南へ進もう。腰高のタンポポを押し分けて進む。あの捕食者のマナー知らずの食卓を避けて。足の傷がじくじく痛む。怒りで顔が赤くなる。痛みは、数分間が殺されるにも不具になるにも十分なことを思い出させてくれる。しばらくの我慢だ。そして血みどろの食卓から十分に離れた。草を掴みとって口の中に押し込んだ。苦い。かたい。だが、食える。本当に久しぶりの食事だ。

彼らは語った、君は安全だろう。彼らは語った、次元を超えて伝えなければならない。彼らは語った、ここではないどこかにきっと財団がまだ存在する宇宙があるはずだ。探せ。そして伝えるんだ。きっとすべてが元通りになる。

特大のタンポポを摘み取って、乳液を吸った。大皿ほどのタンポポを摘み取っては、くたびれたリュックサックに押し込んだ。多分次の旅で、大瓶と砂糖を見つけられる。タンポポのお酒を作ろう。

転移の衝撃があった。浮き上がっていたリュックサック、ずしんと肩に重みがかかる。四車線の大通りのど真ん中に、立ち尽くしている。タクシーが近くを通り過ぎていった。タクシーを追いかけて叫ぶ男がいる。手を大きく振り、血管を浮きあがらせ、怒りにねじれている。タクシーの運転手の瞳はうつろで、死体の客を乗せていた。

歩道へと向かい、真っ赤な空を見上げた。真昼の太陽が真っ赤だ。血のような色をしている。ぶくぶくと膨らんで、膨らみすぎて、空の半分が太陽だ。じっと見つめても痛くないほどくすんでいる。この輝く球体の表面には病的な斑点がところどころに広がっている。

いまや我々が可能なことは、一人の人間を外へ送り込むことだけだ。転移の影響を受けない、外側の観察者を。
我々は藁をつかんだ。我々はあなたを選んだのだ。

21分。この世界に残された時間。ストップウォッチを叩く。

曲がり角にスーパーマーケットがあった。長いこと死んでいた男を投げつけられて、窓ガラスが砕け散る。砕けたガラスを踏み越えて、荒れ果てた空っぽの通路を行く。空腹だった。ずっと、空腹だった。

腐った果物、蝿音、緑がかったもの、肉屋に並ぶ形成肉、すべて無視だ。缶詰コーナーへまっすぐ向かう。途中、乾物コーナーを通りがかる。すこし立ち止まった。インスタント食品の箱詰めだ。ノーマン・ロックウェルが描いたみたいな典型的な感謝祭の情景が箱の表に描かれている。お父さんが切り分けるのは、悲鳴をあげる人間の頭。リンゴみたいな頬の子供たちが、バラバラ死体を皿にとっている。

缶詰をひとつ棚からとった。イワシの缶詰のような、ペコペコ鳴る薄い長方形の缶。巻き取り鍵をくるくる回して缶詰を開けた。
17の赤ん坊の青い瞳が、油漬けになって見つめてきた。

缶を掴んだ。出来るだけ多くリュックに詰め込む。細かい事を気にする余裕なんてない。

我々は何故こんなことになってしまったか知っている。だが、遅すぎた。もはや止められない。知ってのとおり、現実は混沌の海にかき消える。"こうだったかもしれない"の海の泡となってしまうのだ。

今回、転移まで2時間丸々を残している。ストップウォッチを叩き、カウントをリセット。
世界は霧に包まれていた。霧は、人もしくは人型の何かから湧き出している。山刀を一番近くにいた奴に振り下ろした。そいつは大口をありえないほどに大きく開けていた。口の中はギザギザに満ちあふれている。鮫の歯のようなものが。

真現実の本性は多元宇宙にある。選択肢が分岐宇宙を作り出す。可能性は新たなる現実である。かつて、かつては、言うまでもなく平行世界は分かたれていた。
これからは違う。

次の数分は困難を極めた。沢山殺した。しかし、相手は大勢だ。地面に投げ出された。奴らはリュックサックに群がって、ハラワタをぶちまけるように缶詰を取り出した。奴らは缶詰を掴み取り岩にぶつける。缶詰の中身がこぼれ出す。瞳に指に舌が、缶詰の中から飛び出した。奴らは缶詰を食い尽くして、向き直った。

これはCK-クラスの再構築を視覚的に表現したものだ、と彼らは語った。螺旋の宇宙たち。それは収束している。

幸運にも、九分間だけが残されていた。しかし十分すぎるほどに長すぎた。鮫顔の怪物が、腕に噛みついて。次の世界へと転移する。雨だ。血と糞の雨が降っている。

真夜中に彼らに起こされた。いやな予感がした。だが、準備は出来ていた。長年の軍歴が恐れ知らずを作っていた。くそったれに立ち向かって生き残ることを教わっていた。準備は出来ていた。立ちはだかるものすべてに立ち向かう準備が。殺そうとするものすべてを殺す準備が。

彼らが映画を見せようだなんて予想外だった。数学的現実を鮮やかに着色して表現していた。美しい。青い海が泡だっては消えていく。まぶしい黄色の螺旋が波間に浮いている。そして、気づいた。螺旋たちが収束している。色あせている。

その光景は農園での幼年時代を思い出させた。じいさんがよくたんぽぽのお酒をつくっていた。ばあさんと妹が、ゆるやかな緑の丘でたんぽぽを摘み取っていた。じいさんは耐熱ガラスの大鍋に、たんぽぽを押し込む。なみなみと水をそそぎ、砂糖をどっさり、そしてレモンジュース。そのまま見つめていると、魔術めいた時間。沸騰したお湯の中、黄色いたんぽぽが上に下に。ゆっくりと泡立ちをかき回す。輝く黄色が褐色に変わっていく。

ストップウォッチを叩き、カウントをリセットする。

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