ユーゴスラビアのダーナ神族
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戦いの傍らにはいつも音楽が溢れていた。

音は嗤い、音は嘆き、音は救った。


20██年 █月██日 モンテネグロ サイト-██ リシチ・トマシェヴィッチ

私は長くない、だが長くないというのは今までが長かったという事だ、私は生きているうちに記録を残しておこうと思う、私たちモンテネグロ支部のリソースの数%を割いて行われている調査任務についてだ。

何故我々が大戦時の人型実体を追い続けているか疑問に思っているものも多いだろう、だが、あれは歴代首相の墓1と同じレベルで歴史に影響を及ぼしかねない危険なオブジェクトなのだ、その上まだ未収容ときた。

何人もの財団職員があれを目にし、何人もの人々があれを見ているにも拘らず、彼女は消えてしまった、記憶をとどめることが出来たのは1979年当時、ミームに関しての対抗処置を受けていたエージェントかスクラントン現実錨の影響下にあったもの、それにあの首相の墓の半径3マイル以内にいたものだけだった。

あの人型実体、現実改変能力か異常性質か、それはわからないがあれが持つ力を我々が目にしたのは我らが祖国の解放を目指したあの戦いが最初だった2、我々がユーゴスラビアでパルチザンとして活動していたころだ、チトー3がある少女を連れてきたのだ。

彼女はブリギット4と名乗り、あのチトーの傍らで女神のような振る舞いをしたよ、今では民族主義者として有名なあの誇り高きチトーがまるでカルティストか何かのように骨抜きだった、思い出すと悪夢のようだが、これもまた何かの改変なのかもしれないな。


1942年 █月██日 ユーゴスラビア リシチ・トマシェヴィッチ

あの枢軸の悪魔5とクロアチア人殺しのセルビア至上主義者たち6は3度目の攻勢を始めた。我々は包囲されチトーだけが笑っている。
奴はリー・エンフィールドの古びたライフルを手に嬉々として指示を飛ばし、我々は不十分な戦力をかき集め包囲を突き破る鏃として動き出した。

「理想は死の壁を越えた先にある!今日の我らはいつもより狡猾だ!食い破って目にもの見せるぞ!」

チトーはいつも一人の少女を伴っていた、記憶が正しければ彼女が最初の力を見せたのは枢軸軍が3度目に行った反パルチザン攻勢、我々を包囲し、本来は全滅させられていたであろうあの地獄での一幕だ。当時私はチトー率いるパルチザンの一人だった、戦場でガタガタ震える若造で、国の為になどというふざけた理念に燃えて泣きを見た1人だった。

だが、あの時私は生まれ変わった。私だけではない、あの時逃げ延びたパルチザン全員がおそらく影響を受け曝露したと言うべきだろう。それは有用なものでもあったが、それだけではなかった。

あの時、チトーは包囲突破を行った、乏しい武器を持つものが一定距離ごとに残りゲリラ作戦を仕掛けて追っ手を振り切る中、精鋭が最前線に立って枢軸軍の矢面に立ち包囲を食い破る、そういう作戦だ。我々は鏃と呼んだ。

あの時、必ず2つのタイミングでチトーの連れていたあの少女は歌を歌った。戦いの前、そして残るやつらの去り際だ。

私はチトーの傍らでその歌を常に聞いていた、当時は知る由もなかったがケルトのドルイド7が使う言葉だと財団で働き始めてから知ったよ、間延びする声で彼女はアルスター8や古代ギリシャ、ヴァイキング、かつての英雄や神々の英雄たちの事を歌っていたように思える。意味は分からないのに我々はそれが見えたんだ。彼女のくすんだ金髪が揺れウード9が紡がれるその姿の後ろに、駆け抜ける英雄や策謀するケントマント10、語り掛ける哲学者にMEKHANE11の最期、様々な光景を我々は聞き、そして見た。

そして奮い立ち死の旅路へと旅立っていったのだ、あの歌を聴いた後、我々は感情を揺り動かされた。ある時は浮かされていたように熱狂し、ある時は悲嘆にくれ、ある時は全てを捨て敵へと切りかかった。あの少女の歌は我々の精神状態に深く作用していたのではないかと推測しているよ。


20██年██月██日 モンテネグロ サイト-██に設置されたカメラより

カメラはエージェント・ドラジェ・トマシェヴィッチがサイト-██にてSCP-██-MEの資料をまとめて居る様子を映している、カメラ外からエージェント・ドラジェに女性が声をかける音声を拾う。

???:「ねえ、少しいいかしら、その資料ってSCP-██-MEについてよね、何かあったの?」

「あったさ、例のSCP-██-MEのついての資料をまとめ直さなくちゃいけなくなった。リシチ爺さんは死んだし、行方も情報もない人型実体についての熱心な探索をしている職員はここの支部には殆どいないからな、それよりも差し迫った仕事はいくらでもある、対策が練れる程度にまとめて他に予算を回すのが吉って」

甲高い音が2回弾け、エージェント・ドラジェが体を抑える。彼が痛みに顔をしかめながら無理やり振り返るのとSCP-██-MEと同一とみられる少女が小型の拳銃を持って接近する様子が映し出される。拳銃からは薄い硝煙が立ち上り、至近距離でさらに2発発射される。

SCP-██-ME:「悪いわね、もうちょっと今のままでいてもらう必要があるの……そうね、あと少し、予算が使える状況にないと困るのよ、私のチトーの遺産12だけじゃ足りなくてね、銀行のあれは持っていかれてしまったし」

少女、SCP-██-MEは醜い笑みを浮かべ膝をついたエージェント・ドラジェの頬に手を当てる。額にキスをすると銃を押し付けて引き金を引く。

SCP-██-ME:「あなたのお父さんもお爺さんもよく働いてくれたわ、でもメイベルとメングを取り戻すにはまだ足りなかった、大丈夫、私があなたになってあげる、きっとあなたでいるうちに取り戻せるわ、多分ね」

SCP-██-MEがエージェント・ドラジェに触れ、何らかの歌を歌い始める。カメラはエージェント・ドラジェが粒子状の何かに変換されてSCP-██-MEに吸い込まれていく様子が映し出されている。

このカメラを偶然監視していたエージェント・ドラガンにより即座に映像をランダムにモンテネグロ支部以外のサイト複数に送信、また同時にエージェント・ドラジェが編纂していた報告書についても遠隔操作によりデータが転送された。その途上、急にSCP-██-MEが急に存在を隠されるように設置されていたカメラに向かって視線を向け、甲高い音で何かを叫び映像が途絶える。

この1時間後、サイト-██からの連絡が途絶え、派遣された機動部隊によって施設ごと消失、サイト-██があった筈の場所には何も存在していないかのように空き地が広がっていることが確認された。


20██年██月██日 モンテネグロ サイト-██より送信された編纂中の報告書

アイテム番号: SCP-██-ME

オブジェクトクラス: Uncontained

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唯一記憶されたSCP-██-MEの写真 19██年5月9日

特別収容プロトコル: このオブジェクトは1939年以降、数度にわたって存在を確認されているにも拘らず財団は一度としてこの人型実体の収容に至っていません。SCP-██-MEを確認した職員は速やかに抗ミーム処置を受けた職員へと引き継ぎを行うか、スクラントン現実錨によるヒューム値の固定化を行える環境への一時退避を行い確保のための行動計画を立てる事を推奨されます。

説明: モンテネグロ支部にてSCP-██-ME『チトーのブリギッテ』と称される人型実体は解離性同一性障害を持つ人型実体です。19██年█月██日までに抗ミーム処置を受けた人物と1979年█月██日にSCP-2072の周囲2マイルの圏内に駐留していた財団職員により活動が表面化する事で確認されました。くすんだ金髪の髪を持つ身長140センチ前後の実体で、大抵の場合はケルト民族の血を引いている10代前半の女性であるかのように認識されます。

SCP-██-MEは言語依存の現実改変能力及び人間の精神や知覚能力への一定の影響能力を持ち、歌や詩の形で発言します。現在この能力が起因したとみられる事象としてSCP-██-MEに関する記憶操作、思考能力の拡大、目的意識の増量及び減衰、認識能力への干渉などが確認されています。

SCP-██-MEの最初の活動が確認されたのは旧ユーゴスラビアの指導者ヨシップ・ブロズ・チトー氏によって行われたパルチザン活動の最中です。チトー氏はSCP-██-MEを戦意高揚や作戦行動への利用、戦後の戦時活動においていくつかの用途で利用した事を確認されていますが、その活動が異常性質によるものだと認識されたのは1979年█月にSCP-██-MEによる世界的な記憶操作が行われ、抗ミーム処置を受けているかSCP-2072の周囲2マイルの圏内に駐留していた人物以外がSCP-██-MEの存在についての記憶を喪失し、歴史上の痕跡が抹消された時まで認識されることはありませんでした。


モンテネグロ支部サイト-██消失事件に関する通知

モンテネグロ支部におけるサイト-██消失事件を調査する捜査チームの立ち上げが行われています。
この調査について参加意思のある職員はモンテネグロ支部、サイト-██の██博士まで連絡するようにお願いいたします。この調査には現実改変能力を有する人型実体、SCP-██-MEが関与していると目され、抗ミーム措置を受けたエージェントが一人でも多く必要です。

モンテネグロ支部、サイト-██ ブリード・ブリガンティア管理官 

20██年██月██日

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