不死の死
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「エージェント███、君には人を"死亡"させる任務についてもらう」
「えっと……それはどう意味でしょう」

正面に座る彼の顔に困惑の色が見える。長年財団に勤めているエージェントである彼ではあるが……まあ、無理もない。直々に上司の研究室にお呼ばれして2人きり。こんな状況でなければジョークにもならない話だ。

「言葉そのままの意味だよ。君は"死亡"という概念については知ってるね」
「はい。それは私の権限で許されている情報です」

彼の答えを聞いて、私は満足げに頷きながら続ける。

「うむ。君も知ってのとおり、我々は死亡しない。死亡という概念はSCP-███-EXによって奪われてしまっている。このままいけば、やがて人類は滅亡するだろう。あまり猶予はない。あと半年もすればアズバンド粒子分解槽の稼働数は、限界値に達するという予想さえあるのだ。」

緩やかであるものの、確実に滅亡が迫ってくる恐怖。財団の中でも限られた、ごく一部の人間のみが感じられる恐怖と、我々は常に戦っている。

「しかし、新たな希望が発見された。それが今回の任務に関わるオブジェクトだ」

私はあらかじめ机の隅に用意してあった資料を手に取る。表紙に、財団では見飽きたであろう「機密」の2文字がでかでかと印刷された資料。そいつを彼に手渡した。

「これが任務の概要だ」

失礼します、と受け取った彼は資料に目を通し始めた。会話の無くなった二人の間に、ページをめくる音だけが流れる。静かなものだ。彼が読み終えるまで、大人しく待つことにしよう。




「……なるほど」

「つまり、この"向こう側の世界"で私たちの世界の人間が死亡することができるかどうかの確認、またそれに付随するいくつかの実験。そして現地の探査。これらが今回の任務だと」
「そのとおりだ。探査は既に2回行われていて、その結果から不死性を持つ生物でも十分死亡させ得ると判断されている。責任者は君も面識がある██博士だ。他のメンバーは決定し次第、██博士から伝えられるだろう。……どうした、何か不安なことでも?」

閉じられた資料を不安げに見つめ続ける彼に問いかける。

「いえ、その、なんと言いますか……オブジェクトが関わる以上、危険を伴うことは理解していますが、クラスがクラスなので。変更前のクラスと合わせて考えても、少し嫌な予感がするなと」
「確かに君の指摘はもっともだ。これは財団の最重要機密の1つなのだからね。時に、君はChesedクラスのオブジェクトに関わるのは、今回が初めてだね」
「はい、直接には。報告書内では何度か目にしたことはありますが」

はっきりとした口調で答える彼だが、不安そうに自らのこぶしを握り込む姿は、どこか弱々しくもあった。

「そうか。財団においてそれは、反Keterと言われ他のオブジェクトの収容に役立てられているものだ。だが、所詮はオブジェクトだ。君の言うとおり、とても危険なものだ。加えて、当オブジェクトは発見されて間も無く、未解明な部分も多い。不安なのも頷ける。しかし、だからこそ君に白羽の矢が立ったんだ」

彼はオブジェクトが関わる以上危険だと語った。そして、それを体現するように、彼はどんな任務でも慢心などしなかった。

「君が財団で今までやってこられたのは、死亡しないからなんていう、くだらない理由からではない。不安とうまく付き合ってきたからだ。勇気と不安のバランスを上手くとれているからだ。私は君が優れたエージェントであると知っている。私にとって重要なことはそれだけだ。今回の任務、受けてくれるね」
「はい」

そう力強く答える彼の顔つきは、財団の優秀なエージェントのものだった。



「さて、とりあえず現状、伝えられることはこの程度だ。詳細な内容は後日、██博士から伝えられるだろう」
一通りの内容を伝え終えた私は、手に持った資料を机に置き、一息つく。エージェント███も質問することはもうないのだろう。真剣な表情が、わずかばかり弛緩したように見える。

重要な任務だ。人類の生と死、すなわち滅亡と生存を分けるほどに。


「どうかこの任務を成功させてくれ」
激励の言葉。エージェント███と違って、現場に行かない私にできることといえばこの程度のことだ。しかしそれでも、人類の一員として成功を、死を祈るのだ。

失敗はできない。同じ過ちを繰り返すわけにはいかないのだ。扉は未だ閉じられたままだ。


「君が良い知らせとともに帰還すること願っている」
私は椅子から立ち上がり、個室の扉を開く。部屋にこもっていた空気が廊下に流れ出ていき、代わりに廊下の少しひんやりとした空気が入ってくる。私に促されたエージェント███が立ち上がるのが見える。

我々は長く生きる。しかし、何もせず扉が開かれるのを待つには、あまりにも時間が足りない。


「それでは、任務終了後にまた会おう」
予定通りに進めば、そう長くはない任務だ。なのに長く感じるのは期待が大きいからか、それともただ猶予があまりなく焦燥感に駆られているだけなのか。エージェント███は部屋を出たところで立ち止まり、私に振り返っていうのだ。
「はい。ヤツの実態を解明し、死の満ちた鍾乳洞から良い結果とともに帰ってくると約束します」

我々には救いが、慈悲が必要なのだ。










あゝ死よ
どうか我らを救いたまえ

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