赤白青を微分せよ
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ring

システム起動完了。
次元変異角計測機器に異常なし。
各種観測機器に異常なし。
カダバーユニットの耐久性チェック完了。
自律観測AI動作チェック完了。

観測を開始します。


階層000000
微分係数の算出を開始
………
変異角 +130.4°と測定。

書斎と推定される建築物の内部です。マスターが本機の最終点検を完了し、ガラス窓の奥から本機に向けて手を振っている様子が記録されます。生体認証用のデータが保存されました。

今回の導関数解析対象となるシャフトを確認します。観測前に入力されたデータとの差異は検出されませんでした。シャフトに沿って次の階層へ移動します。

階層000001
微分係数の算出を開始
………
変異角 +130.0°と測定。

瓦礫が散乱している市街地が観測されています。建築物は煉瓦で作られており、そのほとんどが破壊され崩落しています。光学観測が可能な範囲内に人物の死体が46体確認されました。

遠方の空に飛行物体を確認。ズームイン。……飛行物体から長楕円体の物体が投下されたことを確認しました。激しい閃光と爆轟が観測されました。次の階層へ移動を試みます。

階層000002
微分係数の算出を開始
………
変異角 +107.5°と測定。

辰砂色の岩石で覆われた荒野が観測されます。強風による砂嵐のため視界不良。外気温300K前後と推定されます。周辺に生体反応は検出されません。

砂嵐の合間から上空を観察します。等級マイナス20前後の恒星が4個確認されました。次の階層へ移動します。

階層000005
微分係数の算出を開始
………
変異角 +80.9°と測定。

劇場の内部と見られる空間です。観覧席は満席です。舞台上には畳が敷かれ、数枚の座布団を重ねた上に座っている人物が6人と、舞台端に座る人物1人が確認されます。

舞台上の人物のうち1人が口を開き、ジェスチャーを交えながら何らかの発言を行いました。その直後、舞台端の人物が発言し、舞台の外から別の人物を2人呼び出しました。呼び出された人物は最初に発言した人物に接近し、それが座っていた座布団を2枚抜き取り、舞台外へ持ち去って行きました。次の階層へ移動します。

階層000032
微分係数の算出を開始
………
変異角 +0.0°と測定。

アーケードに覆われた街路がメインカメラに映し出されます。商店街と推測されます。通行人はまばらで、建造物の84%はシャッターが閉められています。

通行人に本機が発見されました。こちらを指差した通行人による悲鳴が観測されました。発言内容の解析に失敗。観察を打ち切って次の階層へ移動します。

階層000374
微分係数の算出を開始
………
変異角 +8.4°と測定。

ワンルームの室内と見られる空間です。シャフトの正面に人型生物が3体確認されます。人型生物の頭は大型の淡水魚の全身へと置換されています。

人型生物は本機に対して映像機器を向け、本機を撮影しているものと見られます。敵対的な反応は観察されません。人型生物のうち1体が腕を伸ばし、本機に接触しました。対象の人型生物は首から下が波打つように変異し、本機と類似した外見へと変化しました。他の人型実体が変異した人型実体の方を向いて拍手を送る様子が観測されました。次の階層へ移動します。

階層001792
微分係数の算出を開始
………
変異角 -70.0°と測定。

空間の全域に黄色の靄がかかった状態で観測されています。何らかの保管庫内であると推測され、雑多な物品がシャフトとともに保管されているのが観察されます。直方体の容器に収められた液体、極めて不規則な形状のオブジェがシャフトと近接した位置に置かれています。

壁にかかっている時計にズームインします。……文字盤のうち「10、11、12」と書かれるべき部位に、代わりに「A、B、C」と記載されているのが確認されました。反対側の壁には爬虫類の皮革と見られる物品が透明なケースに収められて放置されていました。次の階層へ移動します。

階層004597
微分係数の算出を開始
………
変異角 +73.6°と測定。

開けた原野です。背の高い裸子植物がまばらに生え、遠方には噴煙を上げる火山が見えます。顔に5本の角を持つ恐竜の群れが四つ足でシャフトの前を走りすぎていく様子が観測されました。群れは20頭で構成されていました。

次の階層へ移動を試みる直前に、シャフトが不明な巨大実体によって持ち上げられ、ガラスケースが牙のような実体によって破壊されました。実体は大型の肉食恐竜であったと推定されます。移動は問題なく完了しました。

階層013493
微分係数の算出を開始
………
変異角 +0.0°と測定。

一切が虚無の空間です。周辺は漆黒に包まれ、本機とシャフト以外の存在は全く観測されません。外気温は0Kと測定されました。

これまでに確認された階層のうち、本階層と同様の状態に陥っている階層は割合にして25.6%を占めています。また、虚無空間の出現率に、それが属する変異角による偏向は見られません。この空間は、シャフトからアクセス可能な全ての宇宙において普遍的に生じるものである可能性があります。次の階層へ移動します。

階層037976
微分係数の算出を開始
………
変異角 +37.9°と測定。

高層ビルが立ち並ぶ都市部の一角のようです。しかし、街並みの中に文字は全く確認されません。ビルの外壁に設置された看板は全てピクトグラムで構成されており、肉球や骨の意匠が散見されます。

本機に向けて10体ほどの犬型生物が突進してきました。本機に咬傷を与えてきたことにより、敵対的な存在であると判断されました。周辺区域に対する環状熱線の照射により無力化を試みます。……照射完了。生体反応の消失を確認。本機への損害は軽微であり、以降の探索に影響を及ぼさないものです。探索を再開し、次の階層へ移動します。

階層063254
微分係数の算出を開始
………
変異角 -37.9°と測定。

現在辿っているものと同型のシャフトが多数観測されます。その配置は極めて乱雑であり、地表に対して取っている角度もまちまちです。これらのシャフトのうちおよそ64%は、本機が既に通過したものです。空間内に光源は存在せず、外へと繋がる開口部は確認されません。

全てのシャフトが解析対象と同一の存在だという仮定が成立する場合、この変異角においてはシャフトの大半が現在の区画に集約されており、今回の調査で他の区画の情報を得ることは困難であると推測されます。次の階層へ移動します。

階層088015
微分係数の算出を開始
………
変異角 -168.2°と測定。

屋外の共同墓地と見られる空間に出ました。空には満月が存在し、月光によって周囲の観察が容易に行えます。地下から非常に高密度の生体反応が観測されています。

1体の人型実体が地上に出現しました。実体の右腕は失われており、左脚は皮膚や筋肉が腐敗し、大腿骨が露出しています。生存可能なレベルを遥かに超えた損傷であるように観察されますが、それにもかかわらず実体は通常の人間と同等の生体反応を示しています。実体は左腕を持ち上げてデジタル腕時計を確認したのち、声を上げて泣き崩れました。次の階層へ移動します。

階層122805
微分係数の算出を開始
………
変異角 -154.0°と測定。

地下深くの岩盤の内部と見られます。岩盤は透明であり、光源が存在しないにもかかわらず周囲を見回すことが可能です。長い円筒状の構造物がシャフトと並走する形で地下深くへと伸びている様子が観察できます。

円筒構造物の中には白い虎が収まっています。本来であれば虎が入ることが可能なだけの空間がないにもかかわらず、そこに虎はいます。虎は本機を横目で一瞥しました。自らを見るもの全てに対し、虎は自らの存在を誇示しようとしているのだという確信を本機は抱きました。この結果は報告される必要があります。次の階層へ移動します。

階層135790
微分係数の算出を開始
………
変異角 +130.4°と測定。

書斎と推定される建築物の内部です。バックアップに現在地と同一の観測地点から記録されたデータが存在しています。照会を試みます。……現在地が階層000000と同一地点であることを確認しました。観測を終了し、次の階層への移動を中止します。

書斎の扉が開き、3人の人物が本機に接近してきました。いずれもマスターとは異なる種族です。3人は互いに手を取り合い、歓声をあげています。人物のうち1人により、1枚のモノクロ写真が本機に提示されました。認証を行います。……モノクロ写真の被写体がマスターであることを確認しました。当該人物をマスターの関係者であると判断し、暫定的に本機へのアクセス権を付与します。





ついに成し遂げました。このサインポールが極めて巨大な歪んだ1個のリングの一部であるという仮説は、師匠が送り出したカダバーユニットの帰還によって検証されました。しかし、まさか55年もかかってしまうとは!師匠がご存命のうちに完了すれば良かったのですが、それにはこのリングはいささか大きすぎたようです。

探査ユニットのメモリには、総計135,790もの宇宙の断片と、それが属する宇宙の変異角とが一つ残らず刻み込まれていました。私はこれらのデータを元に、これからサインポールリングを平面投影した方程式を算出するつもりです。この事業が完結を見れば、私たちが利用可能な他のシャフトの平面投影形状も同様にして算出できるようになり、空間転移精度の向上に大きく寄与することは疑いありません。

全ての探査記録を保存したメモリを師匠の墓前に供えました。師匠が草葉の陰で喜んでいてくだされば、僕にとってこれほど嬉しいことはありません。研究者冥利に尽きるというものです。

S4-3

何もない真っ黒な宇宙の断片がこんなに多く存在しているのは重大な問題なんじゃないのか?全ての変異角に満遍なく生まれ、拡大していく虚無なんてものが本当にあるのなら、一つでも多くの世界を救うという俺たちの使命自体が根底から揺らぎかねん。どのみち全部滅ぶんじゃ話にならんからな。もっと詳細な観測に踏み出す必要がある。

ざっと見たところ、サインポールから繋がってる宇宙は全部、俺たちが今いるような3次元空間のようだ。ということは、サインポールリングが取りうる変異角で定まる宇宙には、俺の手元にある平面宇宙は入ってないってことだ。これは重要な結果だよ、マトゥラ達を救うためには全く別のアプローチを試さなきゃならないってことだからな。

S4-8

あの白い虎が収まっていた縦穴が気になる。長大な円筒形の構造となると、サインポールとの共通点がいくつか見つかる可能性がある。あの縦穴もまた複数の宇宙にまたがって存在しているのであれば、おそらく私が管轄している宇宙にも同じ縦穴があるに違いない。探してみる価値はありそうだ。

もし縦穴が見つかったら、蒐集院のお偉方にちょっとした交渉ができるかもしれない。私も彼らも野放し状態の白虎神にはほとほと手を焼かされている。あいつを映像記録の虎と同じ目に遭わせてやれればどれほどスカッとすることか。

S3-10

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