悪魔のジャガー
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今夜の集会、俺の愛車"ゼット"の新装開店初走りだ。先輩が譲ってくれたパーツでチューンアップされたゼットは渋さに磨きがかかり、皆の羨望の的になる事請け合いだ。

こいつで集会に颯爽と現れりゃあ、今夜の主役は俺、話題は俺のゼットで持ち切り……の、はずだった。

「とにかく鬼みてぇに早えジャガーなんだって。」

愛乱怒あいらんどの信也のシルビアがチギられたらしいぞ。」

「信也がチギられた?マジかよ……。」

たまり場の茶店は別の話題で持ち切りだった。皆ゼットではなく、ジャガーの話をしているようだ。俺のゼットの話題を塗りつぶしやがって、俺はイラつきながら軽く歯ぎしりをすると、親友のサトルが座る席を探した。サトルの方から俺に気が付いた様で、サトルは手を振り、自分の座る席の正面に座る様に促してきた。

『よぉサトル。しっかしなんよ?どいつもこいつもジャガー、ジャガーって。今日は俺のゼット――。』

「ああケンちゃんお疲れ。ケンちゃん、もう知ってるの?悪魔のジャガーの噂?」

思わずため息が出た。サトルのヤツまでジャガーの話だ。サトルは、俺が今日の為にゼットを改造している知っているはずだ。なら「ケンちゃん、ゼットはどう?」とかから話を始めてもいいだろうに、開口一番ジャガーとはいい度胸だ。俺はイラつきを募らせながらサトルのジャガー談義に応答した。

『知ってんよ。まったく、ただのジャガーだろ。なにをそんなもりあがって――。』

「ただのジャガーじゃないのよ、それが。」

サトルは興奮した話口調で、俺の話を遮りジャガーについて語り始めた。サトルは興奮しているのか顔を薄く赤らめながらマシンガンのように話してくる。

「湾岸で流していると、すげぇ速さで後ろから走ってくるんよ!んで抜かれると愛車をギられちまうだって!」

いきなり話が飛躍している。ギられる?速いジャガーがいるってのはまだ分かるが……。メンコじゃねぇんだから、なんでただ流してるだけギられなきゃなんないんだ?いきなり意味不明だ。

「実際信也が湾岸を流してたらさ、例のジャガーが現れたんだって。んで煽ってきやがったから、軽くワッパでシメてやろうと思ったらしくてさ!」

「でもソイツさ、ホント鬼みたいに速かったらしくて、あっという間に抜かれちゃったらしいよ。そんで気が付いたらシルビアが消えちゃってて……。」

サトルのヤツ、馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがここまで馬鹿だったとは。こんなバカみてぇな話に俺のゼットの話題がかき消されたと思うと更にムカついてくる。信也のヤツがチギられたってとこはまだ理解できる。でも消えるってなんだ?ギられるんじゃなくて?

『消えちまった……ってなんだよ。信也の野郎はなんか言ってんのか?』

「それが信也は何も覚えてないんだってさ。」

なんだそりゃ?覚えてないのになんでそんな詳細な話が出回っているんだか……。だんだん怒りを通り越して呆れてきた。

『おいおい、信也が覚えてないって、じゃあそんな噂どっから出回るんだよ。』

俺が当然の疑問をぶつけるとサトルは渋い顔をした。そしてなにかを考えこむようなポーズをとりながら話を続けた。

「うーん、確かに変だよね。これは3日前に信也と話したっていうヤツから聞いたんだ。んで俺も気になって今日信也のバイト先にわざわざ行って聞いてきたんだ。そしたら覚えてないって。」

「でも確かに信也のヤツ、バイト先にカブで来てたし。本当にシルビアは無くなっちゃたっぽいよ。」

「悪魔のジャガーかぁ。信也をブっちぎっちゃうなんてどんなヤツなんだろ。多分"曰く付きの妖車"ってやつだよ。うん。」

ツッコミどころ満載な話だ。じゃあ百歩譲ってシルビアをジャガーにギられたとしよう。じゃあジャガーの運転手はどうやってシルビアを持ち帰るんだ?助手席に窃盗役がいるのか?牽引するのか?そもそも信也は抵抗しなかったのか?何もかもが変だ。

どうせシルビアもしょうもない方法でお釈迦にしちまって、あわくった信也が適当なフカしこいてんだろ。んで辻褄合わない事ほざいてるのに気づいて「覚えてない」とか開き直ったってとこか。信也は自分のシルビアを鼻に掛けてやがったからな。もし本当にギられたんならもっと大騒ぎしててもいいだろうに。覚えてねぇだのなんだの怪し過ぎるってんだ。

俺はイラつきを通り越して呆れちまった。どいつもこいつもこんな噂をマジで信じてやがる。頬杖をつきながら、大あくびをした俺を、サトルは"やれやれ"といった表情で見てくる。やれやれはこっちのセリフだ。「目を覚ませ」と一発小突いてやろうと思い姿勢を直した時、入り口の扉が乱暴に開かれた。

「おい!大変だ!ヤツだ!悪魔のジャガーがでたぞ!」

ジャガーが出た?オイオイオイ、こいつらの言う馬鹿な噂はマジだっていうのか?

「ほらケンちゃん!本当にいるんだって!」

『ほー……、まさか本当に。そりゃあゴキゲンだ。』

まさか居る訳ないと思っていたが、本当にいるっていうだったらそれはそれだ。俺のゼットに泥塗りやがって、俺がブッチギってシメてやる。少々八つ当たり気味かもしれないが俺をイラつかせたのは事実だ。

俺はゼットのキーをポケットにしまうと席を立った。サトルは俺が何を考えているのか察したらしく慌てた表情で口を開いた。

「ケ、ケンちゃん!?まさかジャガーと勝負するつもり?負けたらゼットがギられちゃうんだよ?」

『バカ。そんなもんフカしに決まってんだろ。まぁ見とけや、今夜の主役が誰か教えてやる。』

呼び止めるサトルを無視し、俺は茶店を飛び出た。ゼットに飛び乗りセルを回す、"ウォワン!"とエンジンが唸りをあげ、スピーカーから大音量の銀蠅が流れる。翔の歌声が響く車を走らせ俺は湾岸線へ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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俺は甘かった。

磯子の乗り口から本線に入った瞬間寒気が走った。なにかがヤバイと俺に告げている。そして後方より外車の爆音が轟く。マジかよ?本当に悪魔のジャガー?

バックミラーで確認する。痩せた男の乗った漆黒のXJ220が恐ろしい速度で迫ってくる。俺はアクセルを全開に踏み込んだ。アクセルが酷く重く感じる。後ろ髪を燃やされているような感覚、もしかして本当に妖車かよ?汗が噴き出してくる。

そして、俺は見てしまった。

俺とジャガーの前をスカイラインが走っていた。このスカイラインはただ走っているだけだ、見た感じ多少は改造されいるようだったけども速度は法定速度だっただろう。俺とジャガーは当然コイツを抜き去った。

俺は妙な胸騒ぎがして、サイドミラーから抜かされるスカイラインを見ていた。そしてスカイラインがジャガーに抜かされた瞬間、なんの前触れもなくスカイラインが消えるのが見えた。目を疑う光景、マジだった、悪魔のジャガーはマジだった。マジというより想像を超えていた、"ギられる"とか言われてたからもっと違う様子を想像していたが、あれは『消滅した』と表現するのが正しい。スカイラインのオッサンはいつのまにか路肩に移動している。なんで一輪車に乗ってんだ?そんなことはどうでもいい。ヤバイ、ヤバイ、これはマジでヤバイ。

あれは本当に悪魔のジャガーだ。抜かれたらあのスカイラインや……、信也のシルビアみたいに……。ふざけるな、ゼットをこんなところで失う?冗談じゃない。もうアクセルはとっくに全開だというのにヤツはジリジリと迫ってくる。俺は半べそだった。

『クソッ!もっと速く走りやがれ!』

俺が叫んだ瞬間、"ガコンッ"という音がケツの下から聞こえた。車体が大きく沈んだ感覚がしたかと思うとハンドルが一気にとられた。左方向に大きくスリップすると、速度にのった慣性によりゼットは横転しながら宙に舞った。おそらく右前輪のホイールがイカれたんだろう、先輩に貰ったパーツ、きっとあれがポンコツで……。だが俺にはそんなことを考えている余裕は無かった。

え?死ぬ?

俺の眼に写る光景は、自らの死をイメージさせるに十分だった。ゼットは宙を舞い、天地がひっくり返ってしまっている。このままではどうなるかなど言うまでも無かった。湾岸のアスファルトが眼前に迫ってくる。

その時、逆さになった世界で俺は見た。ジャガーがさっきまでの速度を遥かに超える速度で俺を抜き去っていった。あれは急加速した—―とかそんなもんじゃなかった、勉強のできない俺にもわかる。物理法則を超えた走りだった。

そして気が付くと、スカイラインのオッサンと同じように俺は路肩で一輪車の上で体育座りをしていた。何がどうなっているか分からない、俺の想像を超える現象の連続だった。さっきまで乗っていたゼットは完全に消えてしまっており、その跡形すら存在しなかった。さっきまで聞こえていたジャガーの12気筒サラウンドはもう聞こえなくなっていた。

俺はその日で暴走族を辞めた。

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