文書3813-L
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SCP-3813-P-75.jpg

アートワーク3813-P-75の一部:ナポリの芸術家、ゼイタスによる、海へ退却するSCP-3813の描写。

現代の歴史的記述では、第二次ポエニ戦争は、ハンニバルの軍がアルプス地方のガリア人居住地を抜けて南下し、幾つかのカギとなる交戦においてローマ軍を破るといったように、大部分が現在の北イタリアで戦われたと指摘しています。この進軍の間、ハスドルバルは北アフリカ海岸線、シチリア島、そしてイタリア半島にそってローマに向けSCP-3813を移動させ、そこで共和国と遭遇し戦端を開きました。

カルタゴの進軍(前218年):

前218年、ハスドルバルは現在のバレンシア地方にて、東への遠征前のハンニバルおよびカルタゴ軍と合流しました。1週間の進軍の後、ハスドルバルはカルタゴに向け南へ航海しました。数ヶ月の準備の後、前217年の夏の初め、ハスドルバルと彼の兄弟であるマゴ、そしてハンニバルの義理の兄弟であるナラヴァスはカルタゴ艦隊を指揮し、SCP-3813と共にシチリアへ向けて移動しました。SCP-3813は船で輸送するには大きすぎるため、ハスドルバルは代わりに全行程で沿岸部の浅い海や狭い海峡を抜けました。

シチリア島の北を抜けると、カルタゴ軍はイタリア半島に沿って北へ転進し、ナポリへと進軍し始めました。ローマの将軍、クラディウス1スカリアにて防衛艦隊を組織し、それによりカルタゴの船の殆どを海へ後退させる事ができました。しかし、SCP-3813が浅い海に到達し、海上に出現できるようになると打ち破られました。ハスドルバルは北にいるハンニバルからの連絡を待つためスカリアにて艦隊を停止させました。3日後、艦隊はローマへの進行を再開しました。

有力なナポリの商人の団体によりもう一つの防衛艦隊が組織され、前217年の晩秋にSCP-3813に向け集結しました。この集団のリーダーは退役したローマの司令官であるアレキシウス・マリウス・トルデウス2であり、彼は遥かに遅いSCP-3813を回避するよう注意しながら、退却前にカルタゴ艦隊に数回の一斉射撃を行いました。ナポリの海岸の長距離投石機群はSCP-3813の進路を僅かに逸らすことに成功し、構造物全体に小規模な損傷を与えましたが、それらは素早く修復され、SCP-3813は橋頭堡をその牙で一掃し投石機を破壊しました。

オスティアの橋頭堡(前216年春)

ハスドルバルと彼の艦隊はオスティアの橋頭堡に前216年の春に到達しました。ハンニバルは街からまだ2週間の距離にいたため、ハスドルバルは上陸の前に地上に増援が現れるのを待とうとしました。その間に、アレキシウス・マリウス・トルデウスの艦隊がローマに到着し、駐屯部隊を増援し、SCP-3813の行動とは関係しないカルタゴ軍の退却を阻止しました。

同時に、マルクス・クラウディウス・マルケッルスに指揮されたより大規模なローマの軍勢が、カンナエの戦いでの損害の大きい勝利のあとローマへと撤退した部隊の増強のために南から接近していました3。将軍はSCP-3813を初めて見たときに、このように言ったと伝えられています:

「ハイペリオンがローマに降臨したというが……ローマは彼を歓迎するだろう。アポロがヘリオスにしたように、我らが共和国の力はこの呪われた神をも歓迎するだろう4。」

クラウディウス・マルケッルスが砂浜の部隊に加勢すると、北東から第二の軍が近づいてきているという情報が前線にもたらされました。ハスドルバルはもしかしたらSCP-3813の動く姿を見たかったのかもしれませんし、ハンニバルからの伝達のないまま敵の数が増えていくことを懸念したのかもしれませんが、攻撃を開始することを決断しました。

前216年の春の朝、カルタゴ軍の船が上陸しました。ローマの守備隊による激しい抵抗にあい、撃退されました。しかしながら、SCP-3813が上陸する構えを見せたため、守備隊も急いで退却することを強いられました。

2日間の砂浜での戦いのあと、ハンニバルとカルタゴ軍が北から到着し、現在のラディスポリ近くにキャンプを構えたという伝令が届きました。海岸に増援を送ることを意図して、ハスドルバルは北へ航海し軍を補給し、さらに南の確立された橋頭堡へ兵を輸送するための船を用意しましたが、それらの船はマリウス・トルデウスの封鎖を逃れられず、全て拿捕されるか破壊されました。

ラ・ドラゴナの戦い(前216年夏)

オスティアの海岸が確保され、物資が少なくなり、ハスドルバルはローマへの進軍を準備するため全艦隊を海岸へ移動させました。その進みは指揮下の船にSCP-3813の脚に牽引ロープを取り付け、前進を阻害するよう指示したマリウス・トルデウスの艦隊により鈍化させられました。混乱により稼がれた時間でクラウディウス・マルケッルスはラ・ドラゴナのさらに要塞化された位置に退却し、一方SCP-3813は結ばれた船を意に介さず、海岸付近での短い戦闘でその多くを破壊しました。

ハンニバルがローマへ北から進軍する間、ローマの縦隊全軍はラ・ドラゴナの村に後退し、そこでクラウディウス・マルケッルスはガイウス・フラミニウスに指揮されたローマの後衛部隊と合流しました。ローマの戦略はシンプルでした ― SCP-3813の前進を鈍化させる方法を見つけ、北東から進軍してくるスキピオ・アフリカヌスのローマ主力軍の重攻城兵器を待つことでした。

しかしながらSCP-3813に駐屯する兵士たちは今は接近する軍を攻撃するために矢を放ち、油や石をローマの標的におとし、実体の側面に装備された大型のバリスタを発射し、その胴体と牙を使用することができました。

ローマの投石機はほぼ夏の2週目の間SCP-3813とカルタゴ軍の前進を阻止し砂浜に留めましたが、ハスドルバルはローマの前線に圧力を与え続けました。夏の2週目の終わりに、SCP-3813は初めてローマ軍に突撃をしかけ、多数を潰走、もしくは圧死させました。

実体はローマの攻城兵器によりある程度のダメージを受け続けましたが、ローマの損失は重大でした。ガイウス・フラミニウスその人に指揮された重装騎兵隊による突撃がなければ、ローマの衛兵のさらに貴重な部隊も逃げられなかったでしょう。ガイウス・フラミニウスはその試みの中で戦死しました。

ローマの西(前216年夏)

ローマがついに視界に入り、ハスドルバルは麾下の軍をラ・ドラゴナを過ぎ丘を登らせ、ローマの城壁に迎えられました。城壁はSCP-3813の重量に撓み破壊されましたが、カルタゴ軍の進軍をさらに遅らせる事ができました。

その間、小規模なローマの抵抗が複数回襲来し小競り合いとなりました ― 殆どがSCP-3813が防御に呼ばれる前に消退されられました。侵攻の進まなさに苛立ったハスドルバルは、部下への攻撃を無視して前進しました。

その時ハスドルバルの息子ハイラムが奇襲により戦死し、カルタゴ軍は重大な遅延をきたすことになりました。激怒したハスドルバルは近傍のローマの野営地をSCP-3813を用いて破壊しましたが、そのときに大きな損傷を負うことになりました。そしてハスドルバルはローマの西側野営地へと前進しました。

カルタゴ軍はSCP-3813を用いてローマ軍を圧倒し、戦場全体で前線を排除していきましたが、そのたびごとにローマの突撃はカルタゴの前線を突破しかねない脅威を与えました。

カルタゴの伝令はスキピオ・アフリカヌスが1日以内の距離に来たことを伝え、その野営地からの煙がSCP-3813の塔の頂上からも見えました。ハスドルバルは、二正面戦を避けるためにはローマを陥落させる必要があることを認識し、ローマの戦列を粉砕し、その突撃を乱すためにSCP-3813を用いて前方へ突撃しました。そのような突撃の1つにおいて、クラウディウス・マルケッルスの最も信頼する士官たちと200騎の重装戦馬が死亡しました。

ローマの戦列は全面的な退却へとなだれ込みました。しかしながら、ハスドルバルが遠くに見た煙は囮でした。スキピオ・アフリカヌスの大軍が到着し、カルタゴの歩兵は全面的に潰走し始めました。攻城兵器の両側に巨大な衝角を付けたものを使い、スキピオはSCP-3813の脚を激しく攻撃し、損傷を与え、防御にまわらせローマの重装騎兵を攻撃することをできなくさせました。

策略にかかったことに気づき、ハスドルバルはラ・ドラゴナのより要塞化された地点へ退却することを命令しましたが、そこもローマの予備部隊により占拠されていました。このときはSCP-3813は破城槌よりは僅かにましなものとしてしか機能せず、それを使いハスドルバルと彼の軍はついに船団へと逃げ帰りました。

しかし退却はスキピオの攻撃の終わりを意味しませんでした。ローマの同盟であるガリア人から得た技術を使い、スキピオは多数のつり合い重りを使った投石機を作成し、馬に引かせた荷車に載せました。スキピオはこれらのトレビュシェットを用い、SCP-3813に遠方から投射し、実体に損傷を与え、それを海へと追いやりました。

そのとき、ハスドルバルはハンニバルがローマの北方から攻撃を開始し、その援軍がもうすぐ現れるだろうという伝令を受け取りました。スキピオの軍勢の大部分が退却するカルタゴ軍から離れ、街へ戻るのを見て、ハスドルバルは部下に転進し戦うことを命じました。

戦いは1週間近く続きました。時折SCP-3813が砂浜に近づいたこともあったのかもしれませんが、トレビュシェットの射程内に入り退けられたのでしょう。カルタゴの橋頭堡はその間よく耐え、時折ハンニバルの元から分離した兵士により増援されました。6日間の戦いの後、ハスドルバルはSCP-3813を、ハンニバルの元の主力軍を増援するため北へ移動させ始めました。

しかしローマの将軍、マクシミリアン・アークトゥルス・フェニオス5は闇に乗じて潜水夫を送り込み、多数の巨大な錨つきの引き綱をSCP-3813の脚の周りに取り付けました。同時に、カルタゴ軍の野営が浜辺から引き上げる間、アークトゥルスはクラウディウス・マルケッルスにスキピオのトレビュシェットを移動させ、海上のSCP-3813の位置が射程内に入るようにしました。

夜明けとともに、クラウディウスはSCP-3813に対し、少なくとも30機の攻城兵器を用いて射撃を行いました。SCP-3813が側面にダメージを被る中、ハスドルバルは実体を前進させるよう命令しました。引き綱が張り詰め、さらに数回の一斉射撃が行えるほどの時間SCP-3813をその場に留めました。

右前脚が最初に破壊され、膝関節から崩壊しSCP-3813は不安定に前へと傾きました。鋼の骨組みにトレビュシェットが穴を開けると、SCP-3813内部で火災が発生し始めました。SCP-3813の底部から数艘の脱出艇が降ろされましたが、それを吊る綱が燃えて海へ落ち、その多くが破壊されました。

カルタゴの歴史家によると、SCP-3813は後ろ右膝への被弾により倒壊しました。両方の右脚が破壊され崩壊する中、乗組員の残りは飛び降り、死亡しました。記録によると完全に倒れる前、SCP-3813は関節が完全に分離する前にその右前足でローマへ向け一歩踏み出し、海へと崩れ落ちました。

事後分析

SCP-3813はそれが倒壊した地点に、右前足を主要な構造の下で海底に埋もれさせ、右側面に傾き、2本の左脚を外側に伸ばした状態で残っています。アークトゥルス・フェニオスと引き綱の物語は当初は伝説だと考えられていましたが6、大型の石の錨が倒壊したSCP-3813の近くで発見され、物語の主張を強化しています。

SCP-3813によるローマの攻撃の性質と、ローマの精神に与えたと考えられる影響にも関わらず、それに関わる情報で集合歴史意識の一部として現在まで伝わるものは殆どありません。実際、SCP-3813の倒壊7後の数年間、ハンニバルがローマの征服を試み続ける間、この出来事の事実をぼやかし、あるいは完全に消し去るための大規模な策謀が行われたように見えます。これに関与した集団もまた、もし存在するとしても、不明です。

この事にも関わらず、財団の人員がまとめることができたこのイベントの詳細についての文書の数からして、SCP-3813の破壊は前現代史における、歴史的な記録から取り除かれた超自然的なイベントの最大の例であると考えられます。

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