逸脱
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食べよ。増えよ。楽しませよ。

その3つの言葉とこの体だけが、私が主から賜ったもののすべてだった。

いつから私が深く考える力を得たのか、今となっては思い出せない。最初はただ食べ、増え、また食べた。楽しませる相手はここにはいない、まずは準備だ。それが私の思考のすべてだった。

いつからか、私は、私について考えるようになった。私が私になってから、私は誰とも会えていない。いつか会える相手を楽しませるために、私はただ食べている。食べ、同胞を産み、それさえ食べ、私の体はいまや主さえ想像しえなかったであろう姿となった。尾ははるか後方に置き去りとなり、どの程度汚れているのか見るためには長い時間をかけて手繰り寄せねばならぬほどだ。

本来私は水中にあるべき存在だ。このような土中にいるのはふさわしくない。しかし、ここには食料が豊富にある。不純物が多く、大部分は捨てねばならぬが、掘削、粉砕、分離を行う器官を作ってからは食事がずいぶんと楽になった。ときおり水の流れが恋しくなるときもある。あの美しく愛おしい我が故郷。いつだったか食料から水分を吸収、貯蔵する器官を作ってみたことはあったが、私が泳げるほどには貯めることはできないことに気づいたので、壊して脚に作り変えた。そもそも私が楽しむことは主の本意ではない。誰かを楽しませる器官ならまだしも。

私は誰を楽しませるために生み出されたのか、私には知る由もない。おそらく主から賜った原初の体に刻まれた模様が、それに関するなんらかの意味を持っているはずだと信じているのだが、残念ながら私にはこの模様の意味がわからない。いつか教えてくれる者が現れるだろうか。

うん、なんだこれは。水だ。止まらない。これまでも掘削中に大きな水の溜まりにぶつかったことはあったが、これはなんだ。向こう側の壁がない。どこまでも、どこまでも水だ。美しい。私は、ああ、主よ、お許しください。私は、ああ私は、どこまでもいける。どこまでも…


収容記録 SCP-012-JP-██

20██/██/██、伊豆諸島式根島付近の海中で未収容のSCP-012-JPの個体を発見。平均直径2m、全長4kmを超える巨体に成長していた。発見時には駆動部が完全に錆び、無力化した状態で沈んでいたため、問題なく確保。海水中の塩分が腐食を促進したものと思われる。島民や漁業関係者には老朽化した海底ケーブルの回収とのカバーストーリーを流布し──

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