日常の朝
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目覚まし時計の音で飛び起きる。もう起きる時間か。寝ぼけまなこで枕のそばを探り、クマのぬいぐるみを押しのけ眼鏡をかけたところで思い出す。そうだ、今日は休日じゃないか。
黒白のパジャマを脱ぎ捨てお気に入りのスーツを身に纏う。そして口笛を吹きながら階段を降り、歯を磨きに洗面所に向かう。……今日は爪が少し伸びているな。洗面所の棚で爪切りを探すも見つからない。まあ後でいいだろう。ともかく今は早く居間へ向かわなければ。今朝はパートナーがアップルパイを焼いてくれる約束だった。
居間に続く扉を開くとパイのいい匂いが漂ってきた。思えば私はこの手料理を食べた時から恋に落ちていたのかもしれない。机の上にはトマトとキュウリとポテトのサラダに焼いたハムが朝食として用意されている。普段ならここにシリアルがあるが、今日はパイがその代わりということだろう。
椅子に腰かけテレビのチャンネルを回す。バラエティに子供番組、ドキュメンタリー、またバラエティ……目的のニュースはやっていないようだ。あきらめてリモコンを置き、おいしい家庭料理の完成を待ちながらこの朝の幸せに浸る。


「どうしたの。そんなにやけた顔をして」

パートナーが私の顔を覗き込みながら尋ねる。そういう君だって私の顔を見て口角があがっているではないか。

「いや幸せだなぁ、って思ってね」
「なにそれ。いつもの朝じゃない。急にどうしたんだい?」
「別に大した意図はないさ。美味しいパイがあってキミがいる。それだけのことさ。ただ……」

私は少し逡巡する。こんなことを言っても意味はあるのか。怪訝な顔をさせてしまうか、それとも一笑に付されるか。この穏やかなひと時に水を差してしまうのではないか。それでも私の口から零れる言葉は止まらなかった。

「今のこの幸せは、本当に「幸せ」なのかと疑ってしまうんだ」
「ふうん?」

「私は確かに今この瞬間を幸せだと思っている。それは間違いない。けど、もしかしたらこの世界は5分前にできたばかりで、「幸せ」って感情を付与されただけかもしれない」
「それとも」
「この世界の裏では恐ろしい存在がこの星を壊そうとしていて、それを鎮めるために何十人もの生贄がささげられているかもしれない」
「世界が何千回とリセットされ何億もの生命が消えた末に神が無理やり創り出した「幸せ」かもしれない」
「もしこの「幸せ」が、数多の犠牲のもとに生まれた釣り合わないちっぽけな「幸せ」だとしたら、そんなものは幸せと言えるのか?」
「……裏にどんな悲劇があろうが、私には知る由もない。でも知らない犠牲者にとってはそれが全てだ。のほほんといつもの朝を過ごしている私たちをどう思うだろうか?」

……思わずまくし立ててしまった。なぜ自分でもここまで話してしまったのかわからない。さぞや幻滅しているだろうとパートナーを見ると、意外にも真摯に聞き込んでいる。

「ごめん。変な話をしちゃったね」
「いやそんなことないよ。なかなか興味深い話だった。ただ、」

吐息を漏らしニコリと微笑みを見せる。ただその微笑みを見て私は――パートナーの笑顔に抱くのも失礼だが――恐怖を抱いてしまった。

「君が言う犠牲者、それが私たちになるとは考えなかったのかい」
「テレビで開戦の速報が流れ核爆弾がここへ落ちてくるかもしれない」
「それとも」
「別の種族が人類に変わって支配を始めるかもしれない」
「突然世界に花が咲き乱れ、その後一瞬にしてすべての生命が息絶えるかもしれない」
「今ある「幸せ」によって優位に立ったつもりかもしれないが、私たちだっていつ犠牲者となるかわからない。平等だ」
「大切なのは今を生き抜くこと。過去には戻れないし、未来は知る由もない。幸せでも不幸せでもいい。進んでいくしかないんだ。たとえふとしたきっかけで

                              

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