調査報告書“オルフェウス”要約
評価: 0+x

調査報告書“オルフェウス”要約

実地踏査Cの結果を受け、2585監視所の所長は評議会に公式な要請を行い、保留されていた米国宇宙探査計画とSCP-2585との関連性についての調査を行うよう求めました。

アメリカ政府およびNASAから得られた文書および証言によれば、1972年のスペースシャトル計画の開始以来、政府およびNASAは「ブラック・イーグル」(おそらくはコードネーム)としてだけ識別される個人もしくは団体を関与させていたことがわかりました。ロックウェル・インターナショナル(現在のボーイング統合防衛システム部門)が「ブラック・イーグル」なる団体と関連を持っていた、もしくは少なくともその存在に気付いていたという証拠はありません。1974年、(NASAやロックウェル・インターナショナルではなく)アメリカ政府の監督のもと、「ブラック・イーグル」はスペースシャトル・ホライズンにいくつかの変更を加え、スペースシャトル軌道船のプロトタイプが公式な最初のモデルとは別に開発されることとなり、それはエンデバーと名づけられました。この変更に関する正確な記録は見つかっていません。スペースシャトル・ホライズンは1975年に最初の宇宙飛行を行い、それはスペースシャトル・エンデバーが発表される1年前のことで、スペースシャトル・コロンビアが最初の宇宙飛行を行う6年前のことでした。ホライズンの打ち上げ施設に関する詳細は[編集済み]、この情報には特定の個人に関わるものが含まれているため、完全な報告書には閲覧制限がかけられています(機密ファイル・オルフェウスを参照)。ホライズンとの交信は打ち上げから2時間と39分後に失われ、それはシャトルが地球のインド洋上の軌道にある時間でした。

以下の証言の抜粋は国家安全保障局(NSA)の職員だったデレク・ライトから1995年に得られたものです。

まず明確にしておきたいが、私は“ブラック・イーグル”なるものが誰あるいは何なのかということは知らないし、私の同僚もまた同じだ。B・Eに関する情報は私の給料よりも上のクラスの機密扱いで、私のボスはそれを厄介もの扱いしていた。

70年代、我々人類は月に最初の足跡を残したが、宇宙開発競争はまだまだ終わりではなかった。宇宙の軍事利用に関する巨大な圧力があり、SSPはその矢面に立っていた。サリュート1号が打ち上げられて以来、軌道上に自分たちの宇宙ステーションを建設しようという熱狂が興り、そういうステーションにミサイルを載せてやろうという計画が大真面目に語られたんだ。今でこそそういう計画がイカレてると誰もが思うだろうが、誓って言うが私はその当時でさえそう思っていた、だが我々はそのために働くしかなかったんだ。はっきりさせておきたいが、私はその“仕事”にはいっさい関わっていなかった、私はただ事態が安全に推移しているか確認するだけだったんだ、だから私はそうした対象の技術的な側面を語ることはできない、ただ何を見て何を聞いてきたか話せるだけだ。なんにせよ、宇宙ステーションにミサイルを載せるというのはそれまでで最もイカれた話というわけではなかったのさ。我々は実際、シャトルに武装システムを搭載するよう提案したんだが、そうしたシステムはあまりにかさばるし、目立ち過ぎ、非効率的だとされた。

それはB・Eの出てくる前の話だよ。

私はそれが誰なのか知らないと言ったし、実際そのとおりだ。そうした連中を見たことはないし、誰か連中を見た奴がいたとしても、それは私でも私の同僚でもなかった。彼らはほとんど紙の上だけの存在と言ってよかった、彼らについて言及もしくは参照する連絡は事実上すべて、口頭によってのみ行われた。それは珍しいことではあったが、前例がなかったわけじゃない。いったい何度「B・Eに任せておけ」と聞いたことか。私はいつもそれを聞いていたように思うよ。おかしなことに我々はあらゆるスケジュールを前倒しするように言われた。私のいた仕事では、スケジュールの前倒しなどありえなかったことだ。打ち上げ予定はどんどん早くなり、いくらなんでも早過ぎるくらいになった。私はある話を、ずいぶんと早口で抑えた口調で“前代未聞の兵器”にB・Eが関わっていると話す声を聞いたことがあるが、私はただSSPの武装プロジェクトがつい一年足らず前に実現不可能とみなされたことを思い出していたよ。それはあまりに速く、非現実的なくらいに奇妙なことで、私はともかく打ち上げの夜までそれに付き合うことにした。

私はホライズンからオフィスに連絡を受けた。いや、打ち上げ施設からじゃない、スペースシャトルからだ。彼らがどうやって私のオフィスの番号を知ったのかは知らないし、彼らがなぜ私を呼んだのかもわからない、そもそも彼らがどうやって連絡を取ったのかもわからないんだ、そうした記録は残っていなかった、なのにそれは起こった。電話の男は自分を、シャトルの宇宙飛行士であるフィル・マクギニスだと名乗った。当然私はそれをはじめ冗談か何かだと思ったが、彼の後ろで聞こえた何かがそれを納得させた。何を聞いたのかは申し訳ないが詳しくは言えない、しかし……好ましいものではなかった。私はかろうじてマクギニスが何を言っているのか聞き取り、それをオフィスの廃棄用紙の切れ端に書き記した。「光が時を食べてる」「戻っちゃいけない」そして「僕の中の光を守ろう」、はっきりと聞き取れたのはそれだけだ。2分もかからず、電話は切れた。私は半時間ほど座ったままで、文字通り何もせずにだ、そのとき何を考えていたかは正直言って忘れてしまった。何が起こったのか聞かれても答えようがないし、実際何も知らなかったんだ。今日この日まで、この話は誰にもしたことがなかった。

そちらも知っているだろうが、シャトルは3時間も経たずに交信を絶ち、B・Eは跡形もなく消え去った。あらゆるものはフタをされ、SSPの仕事は何事もなかったかのように続けられることになった。B・Eがまだいたときにその計画で働いていた者はみな、別の計画に回されるか、行方がわからなくなったんだ。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。