眼、夢、翼
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背中に一対の翼を生やした私は河川敷のベンチに腰掛けていた。
「やぁ久しぶり、また会ったね」
何時からそこに居たのだろうか。隣に座るスーツ姿の見知らぬ男がこちらに語りかけてくる。

何処かで会ったことがあるか尋ねると、男は一瞬だけ哀しそうな顔を浮かばせ、眼前の清流の向こう側に目をやる。覚えのない顔のはずだが、どことなく既視感を感じるのは何故だろう。

「ほら、見なよ」
既視感の正体を探っていると、男は対岸をあごで指しながら言った。
「SCP-████-JPだよ」

ノイズがかかって上手く聞き取れなかったが、彼が指した光景を目の当たりにして呆然とする。色とりどりの花々の草原が広がる"こち ら"側。それとは対照的に幾つもの施設が並んでいる"あちら"側が炎に包まれていた。その劫火の中を、遠目に見ても50mはありそうな蛇の胴体(?)が泳ぎ、科学と文化の結晶をなぎ倒していく。みるみる崩壊していくそれを眺め、それがようやく自身が勤めるサイトであることに気付いた。

悲鳴を上げて、僅か数mしかないせせらぎを横切ろうと駆け出すが、隣の男は私が取る行動を知っていたのか、それとも単に興味が無いのか微動だにしない。渡ったところで 自分に何が出来る?と問いかける。普段から雑用しか任されていない自分にはこんな状況に対応する訓練など受けていない。何か出来るどころか逆に足手まといかもしれないことは理解していたが、黙って見ているのは出来ない。

そこまで自分に言い聞かせたところでようやく違和感を感じた。いくら走れども一向に川を渡りきれない。いや、足が重くて上がらない。足元を見るとせせらぎだったはずの川はどす黒く濁り、無数の眼が蠢いていた。

「言ったよ、何回も。今私達のいる"こちら"と彼らの"あちら"は、"違う"んだってね」
慄く私の耳に呆れたような声が後ろから響く。もうまともに振り返ることさえ出来ないほど足に重みを感じていたが、おそらく同じ姿勢でベンチに座ったままなのだろう。
「何回も、何回もだ。だけど君にならまだ望みはあるさ」
首だけで後ろを向いて声の主を見る。
「まだ、ね」
その男の疲れ果てたような瞳は光を失っていた。

もはや濁流となりつつある足元から、亡者達が声にならない叫びを上げながら水底に引きずり込んでいく。湧き出た黒く細い腕が体を絡め取り、一対しかない翼を毟り取っていく。
「忘れるな、そしてペンを持て、アマミエル。もう会わないことを願うよ」


「あ、やっと起きた」
頭を振って時計を見る…..休憩時間を3分過ぎている!慌てて席から立ち上がろうとするが、変な体勢で眠っていたからか足が痺れていてつんのめる。
「なにやってんの、天見君。心配したんだよ?いくら起こそうとしても起きないから……もう少しで医療スタッフを呼ぶところだったんだから」
「イタタ、ありがとうございます。早く行かないと博士に殺される!
手早く荷物をまとめて、心配そうにこちらを向く視線を背に受けながら、鬼神の如く怒っているであろう博士の研究室に走っていく。

「休憩時間に夢見るほど寝てしまうとは……相変わらず自分以外は誰も出なかったけど後で夢日記も付けないといけないし……」


記録███ - 日付201█/██/██

綺麗な河川敷にいる。優しい風が頬を撫でると、一面に満開の花が広がっていく。それぞれの花の中央にある眼が瞬く度に鳴る音で旋律 (聞いたことない)が奏でられている。対岸には花が咲いていないことに気付いて、生えてた羽根を使って川を渡ろうとする。途中で目の前 が真っ暗になって水に落ちる感触がして目が醒めた。

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