彼方の光
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「ほら、あそこに一番星が見えてきた。ずぅっと遠くにあるのに、あんなに明るく見えるんだ」
「二番星…三番星… ほら、もう一面星空だね。綺麗だなあ」

おねえちゃん、お星様だいすきなんだね。

「うん。辛くても、苦しくても、こうやってお星様を見ると、なんでもちっぽけな悩みに思えちゃうんだ。それに…」
「…それにね。人は、みんな精一杯生きると、最後には綺麗なお星様になれるんだよ」

…お星様になるの?

「そう。頑張れば、頑張っただけ、強く輝く綺麗な星になるんだ。そして、空の上から優しくみんなを見守ってくれるんだよ」
「ほら、いつでも空を見上げれば、数え切れないほどの人たちが、私や、キミを応援してくれる。…とても遠くにいるから、小さく見えたり、私たちからは目に見えなかったりもするかもしれない。けれど、その人たちは、確かに"そこ"に居るんだ。私たちは、いつも こんなにたくさんの人たちに囲まれて、見守られてるんだよ」

僕や、おねえちゃんも、お星様になるの

「…うん。いつかね。ずっと先のことかもしれないし、明日かもしれない。…いつになるかは、誰にもわからない」
「お星様は、みんなを見守るのが仕事。だから、その前に、みんなは精一杯遊んだり、働いたりして、"あぁ、たのしかった、これで満足さ"と、安心して星空に昇れるように、精一杯 後悔のないように生きているんだよ」

「…おねえちゃんは…おねえちゃんもね、もうすぐお星様になれるんだよ」

えぇー

「あはは、まだわからないけどね」
「けど、もしそうなったら この病院には、私も、私の車椅子も、私のベッドもなくなるんだ」
「もし、キミがまたこの病院に来てくれて…そこに私が居なかったら…そしたら、この屋上に来てね。…夜になれば。私はいつでもそこにいるよ」
「いつでも、キミが元気に楽しく過ごせるように、私がずっと見守ってあげる。…だから、寂しがらないでね」

おねえちゃんは、"まんぞく"なの?

「…いいえ。本当は、やってみたかった事だって、いっぱいあったよ。でもね、一度決まってしまった期限は、どうにもできないんだ。だから、私はこうやって今のうちに、キミといっぱいお話したい。私がキミを、キミが私を、ずっと覚えていられるように。できる限り、精一杯楽しんでおきたいんだ」

おねえちゃんがお星様になったら、…僕もいっしょに行っていい?

「ダメ。キミには、まだいっぱい時間があるんだ。いっぱい勉強して、いっぱい遊んで、立派な大人になって…」
「そして、キミの番がきたら、ゆっくり、ゆっくりとだよ?急がず、私のところへ会いに来てね。その時が来たら、私はひと一倍大きく光るから、それを目印にね。また一緒にお話したり、お菓子食べたりしよう」
「キミがお星様になるまでに、どういう風に生きてきたか、いっぱい聞かせてね」

「その時が来たら、また、会おうね」


ほんとうのことを言えば、男の子は、おねえちゃんのおはなしが よくわかりませんでした。
もういちど お話しようと病院に行ったとき、もう そこにおねえちゃんはいなかったのです。


「この計画は極めて危険と思われますが、なぜ自らの手で、それも独りで行おうとしたのでしょうか?」

これは実験や、調査といった性質の航行とは違います。一種の”冒険"なのです。それにみなさんを巻き込むほど、身勝手なことはしたくないのです。

「著名な天文学者であるあなたが、今回の計画で目指すものは一体何なのでしょうか?」

わたしはこれまで数多くの研究を重ねてきました。その過程での少なくない発見の数々をこの社会に還元し、みなさんが暮らす、この外宇宙航行や銀河旅行が身近となった世界を創り上げる上での礎になることができたと、わたしは自負しております。しかし、わたしはもう老い先短い。既に、わたしのしてきた"発見"は、誰もが学校で習い、誰もが知る、ありふれたものになりました。これから、あたらしいものを見つける、そういった活力は、今のわたしにはもう残っていません。ですから、最期に何か、形あるものを成し遂げたい。それが目的であり、意義であります。

「博士ほどの優秀な人材を危険な航海に出すのはどうなのか、といった意見もありますが」

よしてください。わたしはそれほど優れた人間ではありません。今や、ずっと優秀な若き研究者たちが、競うように新たな革新的技術を生み出しています。彼らには、わたしの知る総てを伝えました。すべき事は、もう残っていません。もう充分に役目を果たしたのです。どうか、時代遅れの老研究者のわがままと思って、お許し頂けたらと思います。

「このロケットの建造に、博士は全財産と何年もの歳月をつぎ込まれていますが、何故、そこまでしてこの航海に執着する理由は、一体何故なのでしょう?」

簡単です。わたしは、このために天文学を志したのですから。


男の子は、すっかり白くなった髪をさっとなでると、たくさんのカメラに背を向けて ロケットにのりこみました。
火をふくノズルが雲にきえるまで、世界中の人がそれを見つめていました。


████年██月██日。計器がまだ正常に動いていれば、だが…多分そうだろう。一体、どれほどの月日が経ったか、わからない。今日この音声記録を残すに至れるのが奇跡のようだ。最後に星を見たのはいつだろう。もう長らく、窓に光を見ていない。既に、これまでの最長航行記録は超えているだろう。そりゃそうだ。それまでの航行距離だけでも、人々はすべてのものが手に入るようになった。知識も、物質的にもだ。わざわざ好き好んで、何もないその先に向かおうとなどするだろうか。


████年██月██日。トラブルは何度もあったが、おそらくこれが最も深刻だろう。わたしの手では、完全な修復は不可能…だと思う。少なくとも、すぐに死んだりはしない。なに、遅かれ早かれ、だ。わたしはこの進むロケットの中で、その時を喜んで待とう。


████年██月██日…いや、もうよそう。日付なんてもう分からないんだ。ただ進む、それだけだ。いつか、輝く光が見えるだろう。


とても、寒い。もう、空調が限界なのだろう。ここまで、よく頑張ってくれたものだ。しかし、不思議とこの刺すような冷たさが心地よい。一足早く、この静かな闇の海に溶け込んだように思える。…ひたすら、正面から見える黒く染まる窓を、眺めている。なんだか、光る星が今にも見えてきそうで、いてもたってもいられないのだ。


もう…そろそろだな。まだ星は見えないが。慣性で先に進んでいるだけで、わたしは満足だ。わたしは…約束を果たせただろうか。できる事は、すべてやった。とても充実した人生だった。きっと、果たせただろう。…わたしは、満足だ。




もうすぐ、会えるよ。




どれほど、長く眠っていたでしょうか。ふと目をさますと、不思議な感覚をおぼえました。
空気はとてもつめたいのに、ほんのりと暖かく、どこか懐かしく感じたのです。
ふと見つめた真っ暗なコックピットの窓の向こう、はるか遠くに、小さな光が見えました。
その小さな光が放つそれは、ずっと昔に感じた、優しい暖かさ。
氷のように冷えた窓に、しわしわの手をはりつけ、こどものようにそれを見つめます。光はだんだんと大きくなり、近づき、やがて、その姿が見えはじめました。

長くて綺麗な髪も、雪のようになめらかで美しい肌も、つららのように細い指先も。みんな、はるか昔に見た、あの頃のまま。
優しい笑みを浮かべて、おねえちゃんは、そこにいました。

のばされた手をつかんだ時、白い髪も、しわしわの肌も、そこにはありません。
男の子は、また、男の子になっていました。

よくきたね。おつかれさま。
淡く光る暖かさのなか、やさしく手をつないだ二人は、また はるか昔のいつかのように、ゆっくりと歩いてゆくのでした。

ほんとうのことを言えば、男の子は、おねえちゃんのおはなしが よくわかりませんでした。
もういちど お話しようと病院に行ったとき、もう そこにおねえちゃんはいなかったのです。

けれども男の子は、それを忘れた事なんて、一度もありませんでした。





Anomalousアイテム記録:

説明: 深宇宙空間に存在する、起源不明の無人のロケット。
発見日: ████/██/██
発見場所: ラニアケア超銀河団の最遠端部付近。他のオブジェクトを使用した実験時に発生した不測の効果により、偶然発見された。
現状: 回収困難であり目立った特異性も持たないと推測される為、現状維持。その後の追調査により、その形成する材質の大部分が絵の具で着色された紙であることが判明しています。




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