カウントダウン
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花を踏みつぶす感触は、意外と残るものだ。
 
千切れた花弁を覗き込む。今際になって、成程と思った。
これは、避けて歩くものだった。囲って愛でるものだった。それは固定概念だ。
だとすると、私の思考の幅はまだまだ狭かったのかもしれない。なれば、私の生きた道のりは存外に短いのかもしれなかった。
手を伸ばす。見たことのない景色は、もう存在しないと思っていたのに。
瞬く間に、どこもかしこも変貌してしまった。
 
空が高い。
塀の近くは起伏も緩やかで緑の多い、お気に入りの場所だった。
今は様々な種類の花が、見事に一面を覆い尽くしている。そのどれもが、陽の光を受けて燦々と輝いていた。
ついには網膜に焼き付く色までが狂いだして、目が馬鹿になってしまった。
今となってはどこにでも溢れ返った風景だ。
 
   
大きく息をする。皆いなくなってしまった。
小さな鞄だけを持って家族に会いに行った者。満開に咲く樹の下で首を吊った者。
報告書の束を抱えて嬉々としてトラクターに飛び乗った者には、手を叩いて賞賛の言葉を送らせてもらった。
 
風が頬を撫でる。もうほとんど何も残っちゃいなかった。
やつはウクレレとハットを背負って2人で姿を消したし、あの野郎はもう一度アレに乗るのだとちょうちょを率いて壁の大穴をくぐった。
冷たいのと彼は短い会話を交わした後、揃って一張羅を着て出ていった。
最後まで私のメンタルケアをすると言ったあいつには呆れたが、変わらない日常がお望みなんだろう。
 
視線を落とす。大きな赤ん坊は、向こうで初めてのお花遊びに夢中だ。
鈍色が揺れる。「兄さん」と、やっと年相応に笑ったあの子は強く抱きしめてやった後、好きな色を見に行きなさいと送り出した。
 
 
踵を返す。私も役目を果たそう。
息抜きにとほんの少しだけ出てきたつもりが、もう靴の裏が花の汁でぐちゃぐちゃだった。

 
 
視界いっぱいに広がる、憩いの世界。潰したばかりの足元にはまた、カウントダウンの花が咲き始めていた。
私は、どんな最後を過ごそうか。一曲歌でも歌いたい気分だ。

鳥の羽ばたく音と、私を呼ぶあの子の声が聞こえてくる。
短く返事をして、開いたばかりの小さな花びらを踏みしだいた。 
 
 
  
ああ、いい気分だ。
 
 
 
無理矢理押さえ込まれる激情に吐き気がする。 
 

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