セブン
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過去

— - —

少年がオレンジ色のつなぎを来た男女の列に立っている。首には金属の首輪が巻かれている。片手にシャベルを持って寒空の下に駆り出され、火炎放射器を持った大人が侵入する肉を焼き、少年は灰を自分の作った山に押し込む。少年は痩せ細り、病んでいる。この収容所はもう3日もレーションを貰っていない。なのに警備員らは食物にありつけている。

暴動が起こる。弾丸が凍てつく大地を飛び交う。少年はにくにくしい死体の山の陰で伏せ、悲鳴や怒号から逃れる為に耳を塞ぐ。しばし続き、そして沈黙が満ちる。目を開けると、アンソニーが彼を抱き上げる為にかがんでいる。老人はアダムの肩に温かいブランケットを投げかけ、仲間らの待機する車両へと連れていった。

— - —

アーロン・シーガルは表彰台に立ち、新たな財団結成後初めての集会に朗報を告げる。喝采を送る群衆に笑顔を向ける。

— - —

大いなるアイボリーはスリーポートランドの暗い路地を走っていく。財団エージェント達が後ろをぴったりと追ってくる。もう数時間は走っていると感じており、残り体力もあと僅かだと気づいている。犬が吠えるのが聞こえ、足は燃え殻のように熱い。正面の曲がり角で別のエージェントが回り込んでくるのに気づいて、慌てて横道へと駆け込む。

静かな交差点に辿り着き、四方八方から奴らが追ってくるのが聞こえる。疲れ果て、諦めきって、彼女は道にそのまま倒れこむ。服にはペイントや血がこびりつき、そのメチャクチャな有様に笑いが溢れる。
まあ…
彼女は考える。
少なくとも着替えくらいは用意してくれそうね。

少しして、車がタイヤを叫ばせながら彼女の前に急停止し、カルヴィンが彼女を引きずりこむ。財団エージェントが路地を出た時には、もう彼女の姿はどこにもなかった。

— - —

電話が鳴っている。

— - —

遠くで山が炎に飲まれ、機械の悲鳴や大陸の割れる音が響く。大地が揺れる。アリアンスは跳ねて躍る地面をものともせず、車を道路にぴったりとおさめながら走る。後部座席では、アーロンが床を眺めていた。

— - —

2つの細い岩の隙間に、男が背嚢を引っ張りながら無理やり通り抜ける。マッチを擦り、空間に明かりを灯す。小さな白い虫が──もう何世代も光を見ていないようなものどもだ──カサカサと影に逃げ込んで行く。男はランタンに火を灯し、先へ進む。

隙間風が空間の向こうから流れてきたので、それを辿る。岩層の中を注意しつつ伏せて通り、あまり損なわないようにゆっくりと体を擦り付けていく。コウモリが頭上を低く飛び、それが彼に希望をもたらす──この道で確かだろう。先に進み、そう遠くない場所から流水の音を聞く。

また別の岩屋に辿り着いたが、足を踏み入れる前に通り道の角に足を取られて地面に投げ出され、ランタンは地面に粉々に砕け散った。油と炎が辺りに散らばる。慌てて体を起こし、強く打った横腹をおさえる。火を消そうと動き出した時、神秘的な光景が目に入った。目の前に滝がある。小さいが、高さは数十フィートはある。注意しつつ近づき、水に手を伸ばすと、手の周りを水が昇っていくのを見る。水を弾くと、それもまた足元の水溜りから離れるように立ち昇り、頭上の暗闇のどこかへと流れていく。

儚い岩屋の灯りの中、不可能の前に立ち、フレデリック・ウィリアムズは笑った。


現在

— - —

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アダムはようやく空き地に飛び出た。手では顔を何度も叩き、小さな襲撃者らから逃げようと伏せつつジグザグ動いた。オリヴィアもそう遅れておらず、カルヴィンとアンソニーが続いていた。4人の中で、オリヴィアが一番うまくいっていた。カルヴィンは転んで底なし沼にはまり、アイスクリームコーン男のように下半身が砂だらけになった。アンソニーは湿気からくる汗で頭からつま先までぐっしょりと濡れ、一歩進むごとにクソッタレ猛暑に呻いて蒸気を発した。そしてアダムは、なぜか羽虫の群れに目をつけられ、車が動かなくなって進んだこの数マイルを(彼の認識する限り)ずっと追い回されていた。

カルヴィンは仲間達に進行の停止をよびかけ、デルタから受け取った地図と任務のメモを確認した。7番目の監督者に関しては、手帳は情報不足だった──彼女は頻繁に移動するのだ──しかしデルタは『グリーン』と呼ばれるその女の動きをここ数週間ずっと監視してきた。手帳の記す通り、他の誰よりも彼女は移動を繰り返し、ひとところには長くても数日以上滞在しなかった。しかし、この森林の奥深くで、彼女は数ヶ月も滞在していたのだ。

「気に食わねえな、」
アンソニーは葉巻の先を齧りながら言った。
「罠の予感がするぜ。」

「そうだね、」
アダムが応じた。
「実際そこにいるっていう確信すらないんだ。ただヤツがそこから去るのを見てないだけで。それでも脱出方法なんていくらでもあるんだ。」

カルヴィンは考えながらヒゲを撫でた。部屋の対角からオリヴィアの視線を受けたが、彼女はすぐに目を逸らした。
「そうだな。こいつは大いにきな臭い。しかし情報が正しくて、俺達の思う通りの場所に彼女がいるならば、こんなチャンスは2度とないだろう。今動かなきゃならないんだ。」

そうして彼らがやってきたのが──

「よりにもよってカンボジア!」
アンソニーは叫び、またシャツを1枚剥ぎ取った。
「他のどこでもなくカンボジア!虫に殺される前に、このクソ暑さでくたばっちまうぞこりゃ。」
扇子を取り出して無我夢中で顔の前で扇ぎ出した。
「世界のこんな場所をもう一生分堪能した気分だ。もしこのクソひでえジャングルでもう1日過ごさずに済むなら、待ち遠しいこって。」

カルヴィンは地図を調べ、近くを流れる川を目印にした。
「近いな。町に入ったら、ヴァンデヴィアと合流する。彼はここのバーにいる。彼が、俺達の行き先へ導いてくれるツテを持っているんだ。」
そう言ってバンダナを取り出し、顔に巻き始めた。
「顔を隠しておけ。ここではなるべく固まって動かない方がいい。」
アダムとアンソニーに指をさした。
「そこの2人の白い顔はここじゃ目立つ。」

アンソニーはぶつくさ言ったが、アダムは叩きすぎて真っ赤な顔を振った。
「待ってよ、今度は何さ?なんで顔を隠さなきゃなんないの?」

カルヴィンは地図と手帳をしまった。
「監督者がここにいる理由と同じだ。政情不安さ。ヴァンデヴィアによると、地元の革命軍が何らかのアーティファクトを持っているらしく、『グリーン』は奴らを対処しアーティファクトを取り戻す為に自らここへ来たんだそうだ。」

アダムの顔は真っ白になった。
「なんで監督者が革命軍を直々に対処しに来るの?」

「騙されんなよ、」
アンソニーはアダムの持つ筒を肩に掛けさせた。
「こいつは外交任務じゃねえ。『グリーン』はこういう感じのいざこざに首を突っ込むんだ、奴がいるって事は、つまりこれから破滅的な何かが起こるって意味だ。」

軽く体を洗って顔を隠すと、4人は藪の中にコソコソと戻り、近くの町の方角へと進んだ。

— - —

カルヴィンは壁のかげにコソコソと移動し、その横を暴徒らが通りすがり、松明が暗闇に満ちた道路を照らした。遠くない場所で銃声と車のクラクションが響き、ときおり政府軍が街を闊歩する中で戦車の轟音がした。それらが去るのを待ち、すばやく東へと移動した。他の仲間とは、通りすがった食料品店の前で形成した野次馬によってはぐれてしまった。アンソニーは無線で無事を伝えてターゲットに向かっていることを報告し、オリヴィアとアダムは数軒先で合流したと確認できた。

オレンジ色の日よけの下に、看板の明かりが1つ点いているのをみとめ──ペドロズ・プレイス──ドアを開けた。スルリと入り込むと、通りの喧騒がフェードした。

ペドロズ・プレイスは昼間に窓を破られて無人となっていたが、今は少数の常連客達で賑わっていた。割れたガラスは掃除され、部屋の角に積まれて放置されていた。カルヴィンは何気なく入店し、自分の方向に向けられるいずれの目にも合わないように顔を伏せていった。店の奥、角側に席を見つけ、自分の姿を悟られないように背を丸めた。しばらくして、バーテンダーが席に来た。

「ご注文は?」
バーテンダーは片言の英語で聞いてきた。

カルヴィンはテーブルを2回、また2回、そして3回叩いた。
「彼のと同じものを。」

バーテンダーはしばし静止し、頷いてテーブルを離れた。もうしばらくして、別の男がビールを両手にしてテーブルにきた。どっしりした体格に燃えるような赤毛の男で、口の端に火のついたタバコを咥えていた。彼はカルヴィンの反対の席に座り、ビールの片方を彼の前に滑らせた。

「おうカルヴィン、」
男は言った。
「飲めよ。日が昇る頃にゃお互い死んでる可能性があんだぜ。」

カルヴィンはハンカチ越しに笑い、すぐにそれを顔から外した。
「ヴァンよ、」
そう呼んだ。
「目の保養だな、お前は。」

ヴァンデヴィアは肩をすくめた。
「ならずいぶんと疲れ目のようだな。」彼はひと口啜った。
「残りのめでたい連中は?これから襲撃パーティーだって聞いたのに、来たのは四十路男が1人だけってか?」

カルヴィンは鼻を鳴らした。
「はぐれてしまったんだよ。アンソニーはウォッチポイントへ向かっていて、リヴと若いのも向かってきているところだ。ここから出る時に合流できるさ。」

ヴァンデヴィアは頷いた。
「奴らが来たら、さっさと動かなきゃならねえぞ。行動の為の時間は潤沢じゃねえ──あの暴徒どもがいなくなったら、チャンスは失われる。俺達の隠れ蓑は火事場泥棒でいっぱいの通りだけだ、そして俺達はちょっとした観光客だ。」

外で犬が吠えて、2人の会話は遮られた。犬の声はすぐに背景音の唸りの中へと溶け込んで消えた。かたわらでカルヴィンはまたひと口飲んだ。
「何が起こっている?」

「地元の政治でな。」
ヴァンデヴィアは解説した。
「数年前にケルヴィエールがやって来てここに拠点を作り、そんで水を丁寧に汚していったんだ。いつものことをしてったんだ、わかるたろ──来て、建てて、躍起に掘り返して、あとは『オマワリ』が来て追い返すまでそこにとどまる。ただ今回は、財団が出しゃばらなかった。」
そこで彼は笑った。
「お前らが関係しているんだろうな、ええ?」

今度はカルヴィンが肩をすくめ、ヴァンデヴィアは話を続けた。
「それはともかく。今ここには3つの勢力が存在する。まずは地元政府、こいつらは全員ケルヴィエールから賄賂を受け取ってて、自分らの民衆からは裏切り者の烙印を捺されてる。次にこの民衆ども──『革命軍』とでも呼ぼうか──こいつらはここしばらく政府を転覆させようとしている。ケルヴィエールの取引内容の詳細が明かされた時、連中は今こそ輝き、一斉蜂起する時だとした。今は知事の荘園に拠点を構えて、地元知事と何かしらの交渉を望んでいるようだな。実際のところ、連中がそこにいられるのは、『グリーン』が煽って交渉を破綻させ、国を内紛に陥れる為だ。ひとたび国が揺らいだら、『看守達The Jailers』がやってきて喉から手が出るほど欲しいなんぞやを隠した武器庫を襲撃するわけだ。」

「通りにいる人々は?」
カルヴィンは尋ねた。

「暴徒さ。連中はただ政府に不満があって、ほとんどは革命軍に加担するが、全員じゃねぇ。大半はただ荒らし回りたいだけさ。不満で怒り心頭で、略奪やら荒らしやらしたいのさ。3勢力の中じゃ一番危ねえ連中だ、なにせひとたび攻撃的になったなら、俺ら全員、逃げる間も無く吹っ飛ばされちまう。」

ドアが開けられたときに通りの音が大きくなり、1組の男女が入ってきた。カルヴィンは頷き、ヴァンデヴィアは立ち上がった。

「始めるぞ、」
アイルランド人のハスキーな声が呟いた。
「インサージェンシーの為に。」

カルヴィンは伸べられた手を取った。
「インサージェンシーの為に。」

オリヴィアとアダムが2人の後ろにつき、4人は隠れた裏口から出た。バーテンダーの横を通り過ぎる時、彼は不安げに会釈した。路地に出るとヴァンデヴィアは遠くの明かりを指し示した。

「あそこがこれから向かう場所だ。」
群衆の喧騒に遮られないよう、声をやや上げて言った。
「革命軍があそこに拠点を作っている。中に入るためには、知り合いのジョーと合流しなきゃなんねえ。」
彼は手元の携帯電話を見下ろした。
「今頃には連絡が来るものと思っていたが、これ以上待てる時間はねえ。行くぞ。」

4人は知事の荘園に向けて歩きだした。なるべく暴徒や人混みを避けるべく、裏道を通っていった。群衆が通り過ぎるのを待つ間、カルヴィンは無線を取り出してアンソニーとの連絡を試みた。

「アンソニー、」
無線に話しかけた。
「応答してくれ。どこにいる?」

無線が音割れしながら応じた。
「ウォッチポイントに到着した。ろくでなしどもの群れが下の電気屋を漁ってやがるから、屋上にいる。お前らはどこだ?」

「『ペドロ』を離れたところだ。ターゲットの様子は?」

「まだ見当たらねえ。いたらすぐにわかる、姿形やツナギなんかでな。」
無線は静まり返った。
「注意しろよ、カルヴィン。荘園からかなりの規模の軍勢が出てきやがった。連中は大通りを避けて通るし、地上の連中は誰も気づいていなさそうだ。事態が悪化したら、きっと相当やばいことが起こる。」

カルヴィンは深呼吸した。
「了解。そっち向かうから待っててくれ。」

4人は燃える店を通り過ぎ、細い路地を通って大きく転換する突き当たりに向かった。近づいてきた時、ヴァンデヴィアが手を上げて全員はとまった。彼は角を覗きこみ、振り返って悪態をついた。

「野次馬どもだ。」
彼は言い、ホルスターから武器を抜いた。
「馬鹿な真似だけは絶対にすんなよ。」

彼は角をコソコソと曲がり、背後から残り3人も距離を保って続いた。店の残り物を漁る群衆に近づくと、1人が4人に気づき、そして残り全員も気づいた。ヴァンデヴィアは内心舌打ちして笑い、腕を広げた。

「やあ皆さんよ、」
彼は出来る限り愉快そうな声色で言った。
「ちっと通り過ぎるだけだ。何も起こす気はねえさ。金が欲しけりゃくれてやるさ、気にしなすんな。」

群衆の1人が仲間らを見やり、彼らに視線を戻すと頷いた。ヴァンデヴィアは財布を取り出すとゆっくりと前に進み、手にした財布を差し出した。

「ほらよ、」
彼は言った。
「落ち着いて、な?」

突然、弾丸が野次馬らに襲いかかり、男女問わずバタバタと倒れ始めた。1人が拳銃を取り出して背後の暗闇に撃ち始め、残り全員も同じくした。ヴァンは踵を返して3人の元へ走ろうとしたが、流れ弾が彼の足を捕らえ、悪態をつきながら倒れた。カルヴィンは倒れるヴァンを抱えに走り、3人で彼を路傍から助け上げにきた。ヴァンデヴィアは暴徒達の方を見て、目を大きく開いた。

ガスだ、」
彼は指差しながら呟いた。
『看守達』だ。」

ガスの霧が暴徒達の死体や倒れ伏した者達にかかり、それが4人にも手を伸ばしていた。靄の向こうからは、暴徒鎮圧装備にマスクとライフルを持った黒い影が現れた。この彼我の距離からでも、カルヴィンは彼らの肩の記章が見て取れた。九尾狐だ。

「うわあ、」
アダムが小声で呟き、影は突然駆け出した。カルヴィンは大柄なヴァンデヴィアを肩で支えたところだった。彼らは裏通りを走ったが、どこを通っても陰から武装した人影が回り込んできた。振り返ると、既に袋小路に追い詰められている事に気付いた。

「クソッ!」
オリヴィアは吐き捨て、財団エージェントらの立ち並ぶ路地の入り口に向き直った。ヴァンデヴィアはカルヴィンの肩からぐるりと振り返り、エージェントらに向かってがむしゃらに発砲した。1人、また1人と倒れていった。1人のマスクに弾丸が弾き返されると、エージェントは他の者達の背後に下がった。すると前線の1人が鋼の筒を取り出し、タブを引くと、それを4人に向けて投げ込んだ。濃厚なオレンジ色のガスが噴き出し、路地を満たした。

カルヴィンは走ろうと動いたが、ガスの中で踏む1歩は1000歩にも感じられ、突然体が鉛のように重くなった。ヴァンデヴィアがカルヴィンの肩からずり落ちながら悪態をつき、アダムが地面に倒れるのを聞き、また自分自身も倒れ、そして世界は真っ暗になった。

— - —

カルヴィンは目を覚ました。口の中は渇き、意識は朦朧としていた。目元に巻かれた黒い布のせいで何も見えなかった。手首の感覚を探ると、枷がはめられ、足首も同じだった。後ろの方を手が届く範囲で探ると、冷たいが、生命の兆候を感じるもの──オリヴィアに触れた。近くどこかに、紛れもなくアダムのいびきが聞こえた。

そして、声がした。

「隊長、隊長、隊長、」
ゆっくりと、しっかりと、それは言った。太く、かすかに南部訛りがあり、くっきりとして力強く、明らかの女性のものだ。声は自身の立ち位置をはっきりと認識しているものだった。
「あなたには単純な偵察任務をもっとあげた方がいいかしらね。こんな『貴重品』を持ってきてくれるんだもの。」

続いたのは別の声、今度は男の耳障りな声だった。
「こいつらがインサージェンシーの奴らで?」

「ええ、でしょうね。」
女が言った。カルヴィンは足音を聞き、静まり返るのを聞いた。
「こいつは人違いね。1人足らないわ。」

「こいつ、どうします?」
男は尋ねた。

女は止まり、考え込んでいるようだった。
「ええまあ、起こす必要なんてないわねぇ。概して言えば、残りのコ達に待ち構えてるものよりはマシな方法でいきましょうか。」

男が部屋を歩いていく時に、明らかにブーツの重々しい足音がした。カルヴィンは弾丸が筒の中へ滑り、引き裂くような発砲音を聞いた。カルヴィンは跳ね、オリヴィアが背後で悲鳴をあげた。

「あらら、起きてるじゃないの。さっさと起こしなさい。あんまり時間はないんだから。」
足音は増え、カルヴィンは2対の手に無理やり起こされた。手は彼を壁に押し付け、もう1つが彼の顔から目隠しを取った。

光の眩さに反射的に目を閉じた。視界がはっきりするにつれ、小さく、ずんぐりした女と目があった。濃い緑のパンツスーツを身に纏っていた。年はそこまで老けていない──おそらく50代前半、そして足には緑の花をあしらった黒いブーツを履いていた。彼女は身を屈めて訝しげに彼を覗き込んでいた。まるで獲物を探る鳥のように。カルヴィンは左右を確認し、オリヴィアとアダムも同じく至って元気そうにいるのを見つけた。そして部屋の角をチラリと見て、すぐに目を逸らした──ヴァンデヴィアが、眉間に穴を開けて横たわっていたのだ。

部屋のドアが乱暴に開かれた。
「何だ今の音は?」
向こう側の声が喚いた。
「誰を撃った?」

パンツスーツの女が払いのけるように言った。
「気にする価値もないわ。今あたしは個人的な事情に手を焼いてるの。わかる?個人的よ。コ・ジ・ン・テ・キ。つまり貴方は無関係。どきなさいな。」

ドアはまた閉じられ、彼女はカルヴィンらに振り返ると、微笑んだ。

「さーてさてさて、」
彼女は両手を叩いて言った。
「ここでしばらく貴方たち3人を探して時間を潰すことを想定してたけど、まさか自らあたしの部下たちの前にノコノコと現れるなんてね。たいした奇遇じゃない、ね?」

オリヴィアがヴァンデヴィアを見つめていることに気づくと、女は払うような仕草をした。
「ああ、そんなの気にしなくていいわよ、お嬢ちゃん。そいつなら簡単にイけたんだから。残念ながら、貴方たちはこれからよりひどい目に遭うんだからね。」

彼女は窓を開けるのに背を向けた。外からは、通りを埋め尽くす革命軍の怒号が聞こえた。

「さて自己紹介ね!あたしのマナーったらどうしちゃったのかしら。ママが見たらきっと悲鳴をあげちゃう。あたしの名前はあまり重要じゃない──ただ『グリーン』とお呼び。みんなそうするのよ、ええ、貴方もそうするでしょうね。さてそこの3人は、」
彼女は止まり、顔の横で指を立てた。
「細っこいのは脱走Dクラス。痩せたブスは取り逃がしたアナーティスト、そして貴方は…あらあら、カルヴィン・ルシエンじゃないの?無力な護衛兵らに手榴弾を投げるのに飽き飽きして、メジャーリーグに足踏み込んで監督者に挑む事にしたわけね。」

彼女は笑った。温かく、健康的な笑いだった。
「手の内に収めたいのよ、カルヴィン。貴方いいタマ持ってるわ。貴方のいた水辺に何があるかは知らないけど、なかなかよく効くものじゃない。あたしの配下もちょっと背の高いグラス一杯分はもらえないかしらね!」

『グリーン』はまた窓へと向いた。
「さて、貴方たちが何のためにここにいるかは知ってるわ。ええ、もう全員が知ってるわ。貴方たちが哀れなフェリックスおじいちゃんを出し抜いたあと、何人かは尻尾巻いて穴倉に逃げようとした。ええ、実に賢しいわね。なによりも可笑しいのが、フェリックス自身もずっと昔にそのことを気にしてたのよ。彼を説得するのに、アーロンは何も残らないまで泉を涸らし、土を掘り返したのよ。何も残らない状態になるまでね。それでも貴方はきた、やってはならない禁忌にまで手を出して。ああ賢しいこと。」

彼女は続けた。
「でもたとえこれが最後まで埋め合わすまできっちり片付けなきゃいけないことだとしても、あたしにはやんなきゃならない仕事があるの。財団はそれ単体では運営できない、そして誰かが指図しなければ間違いなく動けないわ。何よりも、」
彼女は3人に向き直り、その目は鉄のように冷たく、その笑顔は歪み、悪魔めいていた。
「今この瞬間はここ数年で一番イキイキしてる。」

カルヴィンはボソリと呟いた。
「ああ、 素敵なお人peachだこって。」

『グリーン』はまた笑った。
「ジョージア育ちよ!ぴったりでしょ?」
早歩きで、部屋を渡った。
「さてカルヴィン、ここで貴方にちょっとした提案があるわ──ちょっとした賭け事よ。ハエトリグサは見たことある?あれね、最も自然に近い形のギャンブルよ。ハエは中の甘~い甘い蜜を求めて、ハエトリグサが先に閉じるかどうかの賭けに挑むのよ。でもハエは賭けに乗り気。なにせ、蜜はとっても美味しくて、すぐソコにあるんだもの。」

彼女はアダムとオリヴィアを指差した。
「貴方たちの命、見逃してあげるわ。ちょこっとだけね。落ち着いて。2人のうち1人の命を、あたしに差し出すのよ──自分で選ぶのよ。あたしはズルくないから安心なさい──そしたらあたしのことを好きにしていいわよ。殺すのも、嬲るのも、捌くのも、なんでもいいわ。もしくは…ここが面白い部分よ。貴方はどっちかの死を選ばず、あたしは部屋を出て、そっちの部屋に行く、」
彼女はそのずんぐりとした指を、先に開かれたドアに向けた。
「そして、そこにいるイン・コー…ナントカ、まあ革命軍のリーダーの首元に弾丸をぶちこむわ。貴方と2人のおトモダチはここを無事出られるかもしれないけど、通りにはびこる暴徒どもが、今自分らに発砲してる軍勢の手で大事な希望の星に弾丸ぶち込まれたと知った瞬間、この地方全体が業火に包まれるでしょうねえ。」

グリーンは彼の前でしゃがみ、両手を自分の前に垂らした。
「そこよ、カルヴィン。それが蜜。すぐそこにあるわ。貴方のすべきことは、ただ手を伸ばしてとるだけ。」

カルヴィンは拘束の中でもがいた。背後に立つ警備兵の1人がカルヴィンの背中にライフルの銃床をぶつけ、彼を押し倒した。
「クソッタレ、」
彼は吐き捨てた。

グリーンは目を丸くした。
「もっと子供の頃から教会に行ってキレイな言葉を学ぶべきだったわね、カルヴィン。」

「私にして、」
カルヴィンは横のオリヴィアが呟くのを聞いた。彼女の声は枯れていた。
「カルヴィン、こいつはどうあがいても私たちを殺す気よ。他にチャンスなんてないんだから。」

女は笑った。
「ソイツの言う通りよ、カルヴィン。今夜誰かが死ぬ、そして貴方がそれを決める。ホラホラ、夜は長くないのよ。ピンポン野郎はあんま辛抱強くないのよ。」
彼女はジェスチャーをして、警備員がカルヴィンを立たせた。

「わかった、」
カルヴィンは血混じりの唾を吐き捨てて言った。
「俺を撃て。2人を放すんだ。」

『グリーン』は笑わなかった。しかし彼女の笑顔は、不自然なほどに大きくなった。
「ダメよ、ダメ、カルヴィン。コレはそういうものじゃないのよ。貴方は自分自身を選べない。これが何か尊い犠牲か何かの問題だと思ってるの?」
今度こそ彼女は笑った。
「この敗北の数年間で、インサージェンシーはとっくに気づいているべきだと、貴方も考えてるべきでしょ。尊い犠牲なんてないのよ、カルヴィン。これから起こるのは次の通り──貴方はおトモダチのどっちか、あるいは外のあの人々かを選び、あたしは生きるか、死ぬかになる。あたしが生きれば、仕事に戻って貴方の殺してきた監督者達を入れ替えるわ──別に初めてのことじゃないもの。あたしが死んだら、ほんの少しだけ勝利の美酒を味わう気分になって、その後ドアの向こうの群衆に八つ裂きにされるか、うちのエージェントの誰かに殺されるか、病気で死ぬか、まあなんでもいいわ。もしかしたら別の監督者を殺しに行くかもね──大使ジャンなんかはだいぶビビってるから、いい的になるかもね?いずれにしろ、やがて貴方は今までの苦労に疲れ果てる時がきて、挑むことをやめるわ。貴方はいずれ登れない山にぶち当たる──そして、これだけは信じていいんだけど、その山はすぐにでも現れる。貴方はこの塔が登られない為に建てられたと気づき、そして諦める。貴方が諦める瞬間、一切の死に意味が無かったことになる。貴方だろうが、そこのアマだろうが、あたしだろうが、関係ないのよ。」

彼女は立ち上がり、両手を広げた。
「犠牲がどのようにして意味を持つか知ってる?永遠よ。永遠に進み続けて生きるか、死んで歴史に忘れ去られるかよ。」
彼女は笑った。
「最悪な部分は、正直に言うと、自分のやっていることが何1つわからないってことよ。」

カルヴィンは喋り出そうと口を開いたが、『グリーン』は指を差し出して彼を黙らせた。
「貴方が、自分が何をしていると思っているのかは知ってるわ。でもね坊や、貴方は『ゴー』の意味からして取り違えたのよ。貴方は人間を殺して回ることが財団を止めると信じている、そして、まあ、」
彼女は何かを思うように止まった。
「詳しく知りたいなら、アーロン・シーガルに尋ねなさいな。考えを変えさせるのは難しいの。」

彼女はまた手を返した。
「最後のチャンス。選びなさい、ハエ。」

カルヴィンは再び拘束の中を暴れ、『グリーン』はため息をついた。
「わかったわよ。ま、最初からこうするつもりだったしね。」
彼女は隊長に指図をした。隊長はドアに向けて歩き出した。オリヴィアが叫んで彼に体当たりをしたが、銃床で跳ね返された。彼はドアを蹴りあけ、戸口に向かって3発撃った。反対側で叫び声がして、彼はその声が止むまで撃ち続けた。部屋の中の誰かに頷き、残りの仲間らと共に部屋を出て行った。隣の部屋から別のドアが開く音がして、重たく濡れた何かがコンクリートを打ち付ける音がした。

外の群衆は静まり返った。次の瞬間、1発の銃声が鳴り、瞬く間に何千と増えていった。暴動は爆発し、大地が揺れた。更なる銃声が空気を満たし、遠くから硝煙と焼ける肉の匂いが漂った。『グリーン』は荷造りを始めた。

「さっきのあたしの話、ハエトリグサの話を覚えてる?一番愉快なことを教えてあげる──たとえ蜜を取りに行かなくても、もう手遅れなのよ。ハエはもう逃げられない。ハエっていうのは、色んなことをできるように作られているけれど…ハエトリグサは違うわ。ハエトリグサはただハエを獲るためだけにできているの。それでもハエは来るのよ、だって、蜜はそれほどまでに甘美なのだから。」
彼女は残りの者たちに振り返った。
「さて、次は誰がくるかしら?」

突如、アダムは立ち上がり、手錠と釘が落下した。3歩前に進んだ時には『グリーン』が拳銃を抜いており、彼の顔面数インチのところで構えられていた。アダムはすぐに止まり、足を震わせ、その前で『グリーン』が首を傾げて微笑んだ。

「あらあらダメよ、」
彼女は言った。
「ごめんね坊や、でもあなたの番はなさそうね。」

瞬間、カルヴィンは窓から光が煌めいたのを見た。すると『グリーン』は後ろによろめき、手を押さえながら悪態をついた。血が彼女の指の間から流れた。その隣のテーブルに置かれた無線から、取り上げられていた無線機がガーガーと呻き始めた。

「走れ、」
アンソニーの声だった。

『グリーン』が逃げ出す時、アダムはテーブルから鍵を掠め取った。枷を外し、カルヴィンは武器と無線を回収した。

「アンソニー、」
隣の部屋に駆け込みながら無線に話しかけた。
「見えているか?奴はどこにいる?」

「屋上だ、」
アンソニーは答えた。
「ヘリが着陸しようとしている。俺は今お前らのところに向かうぜ。」

角を曲がる時、3人の革命軍兵士が銃を抜いて階段を駆け上ってきた。彼らは3人に向かって発砲し、カルヴィンはテーブルの裏に隠れ、オリヴィアは部屋に引っ込んだ。カルヴィンは銃を撃ち返し、弾が1人の肩に命中して下がらせた。オリヴィアは顔を出さずに撃ったが、弾は外れた。2人がさらに駆け上がり、下からさらにたくさんきているのがわかった。カルヴィンはヘリコプターの騒音にかき消される地上の群衆らの声がかろうじて聞き取れた。

カルヴィンは弾をリロードしていたが、視界の端でアダムがオリヴィアの背後で何やら駆け回っているのを見た。その手には何か細長いものが握られていた。カルヴィンが何か彼に叫びかけるより先に、アダムは『信じざる者の槍』を構え、階段を上る男たちへと狙いを定めていた。彼が手放す一瞬、カルヴィンは空気が部屋から吸い出されるのを感じた。それまでやかましかった場が静まり返り、光が少しだけ暗くなった。胸を押さえた。息ができない。どうにかしてテーブルの向こうの階段に向くことができた。

瞬間、機関車でも通り過ぎたような轟音がして、閃光と熱の爆発が巻き起こった。槍は空気を切り裂いて階段の男へと飛翔し、全員貫き背後の壁に縫い付けた。貫く瞬間、男たちは発火しあっという間に灰と化した──彼らの最後に発した音は、微かな消え入る悲鳴で、すぐに沈黙して消えた。カルヴィンはふらつきながらも立ち上がり、顔は目の前の出来事を信じきれない感情に満ちていた。アダムは後ろによろめき、壁にしがみついて、助け起こしにきたオリヴィアにしがみついた。彼は自分の髪をつかみ、両目を見開いて顎は開いたままだった。

そんな、」
彼は静かに呟いた。
「どうなると思ってたんだよ僕は、でも……まさかこんな。」

「時間がない、行くぞ。」
カルヴィンは言ったが、アダムが立つのもやっとであることに気づいた。
「オリヴィア、彼と一緒にいてくれ。アンソニーが来る、俺が『グリーン』を追う。」

オリヴィアは頷いた。カルヴィンは屋上に向かって階段を飛び上がり、肩を低くしてドアをぶち抜きながら床に転がり出た。ヘリコプターは数歩先の場所にあり、『グリーン』がレールのところに立っていた。彼女はカルヴィンに気づくと、迎えるように両手を広げた。

「御覧なさいカルヴィン!」
彼女の声はヘリコプターや地上の群衆の音すらも切った。地上はもはや狂乱していた。弾丸が中庭全体を飛び交い、遠くで街が焼けながらさらに激しさを増していた。
「これが貴方の選択が導いた世界よ。それだけの価値があったならいいわね!」

カルヴィンは銃を抜いて彼女に発砲した。1発は外れ、2発目も外れ、爆発が建物を襲って揺れで銃を落としてしまった。すぐに拾おうとしたがすでに遅く、屋上の端へと消えていった。『グリーン』が喧騒の中で高笑いし、ヘリコプターは上昇を始めた。

カルヴィンは隣に誰かの気配があることに気づいた。アンソニーは片膝を床につけ、ライフルのスコープ越しに狙いを定め、1発撃った。それは『グリーン』の真横の金属に当たり、そこで彼女は現れた男に歓喜するように目を見開いた。

「あらあら、ヴィンス!ずいぶん遅かったじゃないの!貴方とも遊ぶ時間があったならよかったのに!」
彼女は派手に投げキッスをして見せた。
「今度アーロンに会う時は貴方がよろしく言ってたって伝えておくわね!」

アンソニーはまた1発狙いを定めたが、トリガーを握った頃にはすでに距離が開いていた。ヘリコプターはさらに上昇した。彼はまた撃ったが──何も起こらなかった。

その次の瞬間、地上の群衆から何かが飛び出した──ロケット弾だ。それは空に弧を描き、ヘリコプターのドアへと消えていった。その一瞬、何も起こらなかった──『グリーン』はきっと見えもしなかっただろう。そして、ロケット弾とヘリコプターが炎に飲まれて爆裂し、紅蓮で空を満たして地面へと落下した。羽根が群衆へと飛び込み、燃える鉄塊が近くの建物に落下した。燃料が引火し、残骸と建物の両方が足元の群衆へと降り注いだ。

別の爆発がすぐ足元からして、また1発響いた。頭上を低空飛行する物体が目に入り、あっという間に彼らを通り過ぎて彼方へと飛んで行った。ほんの数旬後、地平線で炎が灯り、それがこちらに向かってきていた。またもうひと波、何かのカタチが──ジェットが──通り過ぎ、また炎が灯った。1つは知事荘園の側の道路に落ち、カルヴィンはよろめいた。アンソニーが彼のジャケットを掴んで支えた。

「そろそろ行くぞ、坊主。」
彼は告げた。

2人は屋上からアダムとオリヴィアの待つ下の階へと駆け下りた。ついてくるように仕草をして、アンソニーはキッチンへ続く別の階段へと導いた。爆発の衝撃で落下する鍋やフライパンの中を踊るように駆けた。頭上のモルタルやレンガがひび割れ、崩れ始めた。そして角を曲がり、さらに別の角を曲がり、3つ目を曲がった時にアンソニーはドアに肩で体当たりしてこじ開けて、通りへの道を開いた。

彼らは崩れる知事荘園と燃えるヘリコプターを受け止めた建物の間に立っていた。路地の向こうで暴徒らが群衆に発砲した兵士らと正面から衝突していた。頭上では更なる飛行機が悲鳴をあげ、更なる爆弾が狂乱する民衆に降り注いだ。アンソニーは路地の反対側を向いた。

「あっちによ、」
彼は路地の向こうを指した。
「来る時に駐車場を見つけた。もしかしたら俺らが使える車があるかも──」

その時、不自然な絶叫が彼の言葉を遮った。見やると、荘園の隣の建物に落ちた燃える残骸から燃え盛る何かが這い出てきた。その皮膚は顔面から半分脱け落ち、片腕は肘上で千切れていた。それは通りにまろび出て、激しく溶ける足で必死に体を支えていた。眼球は完全に失われていた──残るのは、煙に満ちた空っぽの眼窩だけだった。

ソレは4人に向かい、大口を開けると焼けた喉からおぞましいうめき声を上げ、周囲の他の声を全て埋めてしまった。それは1歩踏み出し、また1歩踏み出した。カルヴィンは1発撃ち、弾丸が肉と骨を引き裂いたが、それでもまだ進み続けた。ソレはまた呻いて手をあげると、カルヴィンの胸元に銃を向けた。カルヴィンが手の中のものが何であるかに気づいた頃にはもう遅く、しかし銃声が響いた時、彼は地面に投げ出されていた。

彼の前に立っていたのはアンソニーで、その手は首の横を押さえていた。また1発銃声がして、彼は背後によろめき、背後でオリヴィアが叫びながら相手を撃ち返した。彼のシャツから血が溢れ出ていた。3発目がして、弾丸は歩道を跳ね、銃を持っていたソレが倒れて、けぶり、燻る、動かぬ山と貸した。アンソニーは立ち去るように振り返ったが倒れ、アダムが滑り込んできたことでどうにか歩道に叩きつけられるのを避けられた。カルヴィンは慌てて立ち上がり、急ぎ駆けつけた。

血がアンソニーの首を抑える指の下から噴出し、シャツからはさらに溢れ出ていた。オリヴィアは彼の胸の傷を圧迫し必死に止血したが、アンソニーはその手を払った。彼は呼吸し、また息を吸った。1つ1つが永遠のようにも感じられ、そして繰り返すごとにそれは荒くなり、直前よりも不明瞭になっていった。カルヴィンは彼の横に立ち、アンソニーが咳き込むたびに彼の靴に血がかかった。無力さが、彼の周りを白布のように包み込んだ。

その時、何かの存在を感じた──ずっと忘れていて、唐突に思い出した重量感だ。ジャケットに手を伸ばし、煌めく透明な液体を湛えた水晶の瓶を取り出した。自分の前にそれを掲げると、それは遠くの炎の光を浴びて、雨の中の花火のようにキラキラと踊った。アダムもそれを見て、その目を大きく開いた。オリヴィアもしていたことを止めて、全員がカルヴィンを見つめていた。ほぼ無意識に、彼は封に手を伸ばしていた。

「やめろ!」
アンソニーが血を吐きながらもしわがれた声をあげた。
「カルヴィン…やめろ。やめろ。やめてくれ。」

オリヴィアは頬に幾筋も涙をこぼしながら見下ろした。
「アンソニー、お願い。お願いよ、私たち、貴方を助けられるから、だから──」

老人は首を振った。
「違う──違うんだよ。ダメなんだ。」
彼のそれまで虚ろだった瞳は、カルヴィンをしっかりを捉えていた。
「俺のミスだ。俺のだ。お前のじゃねぇ。」

カルヴィンは躊躇い、その手はまだ瓶の封から数インチ離れたままだった。そして、取り出した時と同じように、それをジャケットへと戻した。

アンソニーは息を吐いた。
「ヴィンセント──」
小さな声で言った。その声は枯れ、喧騒の中ではかろうじて聞こえるものだった。
「──アリアンス。俺の名だった。」
彼はカルヴィンに手を伸ばし、カルヴィンもそれを受け取った。
「今、ここに、お前のためにいるのは──アンソニーだ。」
彼は微笑んでいた。

そして、また浅いひと息をして──アンソニー・ライトは死んだ。

最初に立ち上がれたのはカルヴィンだった。彼は幾つか深く息をして、考えないようにするのに必死だった。

「もう行かないと。」
彼は言った。
「駐車場に、車があると言っていた。早くここから脱出するんだ。」

アダムは涙で目を真っ赤にして見上げた。
「アンソニーを置いていけないよ、ダメだよ。」
彼は乞うようにオリヴィアを見たが、彼女は自分の鞄を半狂乱に漁っていた。数秒後、彼女は細い筆と薄青色の絵の具の缶を取り出した。彼女がアダムに下がるよう指示すると、アダムは躊躇いがちにアンソニーの亡骸から2歩ほど下がった。

素早く巧みな手つきで、彼女は亡骸に長い線を描いていった。線が交差する地点では、まるで絵の具の下から光が差すように輝いた。彼女はもう幾筋を描き、さらにその上に線が走り、そして1歩下がった。アンソニーの亡骸は輝く青い絵の具に覆われ、それはゆっくりと瞬き、鼓動した。彼女は彼の前を覆い、その額に軽くキスをした。

全ての筋が雷のように一斉に光った。線によって作られた幾つもの枠が変化を始めて霞んで不透明になり、やがて彼が幾つもの色ガラスに覆われているようになった。全てがガラスの繭のように固形化すると、オリヴィアは筆の尻を中心に立てて砕いた。ガラスは崩れ、それは宝石の蝶で構成されたプリズム状の雲となって辺りを満たした。各々が音を鳴らし、背後の混乱や戦闘の音をかき消すように3人の周りで音楽を奏でた。やがてそれはひとかたまりになると、空へと飛び立った。ガラスは無くなり、アンソニーの亡骸は消え去った。

カルヴィンは2人を掴み起こし、全員荘園の裏へと路地を走っていった。更なる爆発が夜空を照らし、黒い影が町の外の森から走ってきた。駐車場にたどり着いた頃には、半数以上の車が炎に飲まれ、彼らのいた場所には10メートルほどのクレーターができていた。開いた門を通り、辺りを見回した。

「チクショウ、」
オリヴィアはつぶやいた。
「どうするの?」

なんのお前触れもなく、軍用ジープが木々の後ろから現れ、3人の前で止まった。ドアが開いて男が出てきた。彼の顔はバンダナとフードで見えなかった。

「乗りな、」
男は言った。
「北へと、国の外まで走れ。小物入れに地図が入ってる、ソイツで次の行き先へ向かいな。」
彼は3人の背後で燃え盛る町を見た。
「監督者は死んだか?」

カルヴィンは頷いた。

男は動かなかった。
「ライトは?」

誰も答えなかった。男は静止し、そして袋をカルヴィンに渡した。
「次のチェックポイントまでの食料、水、弾薬だ。急げ──監督者が、お前らを狙って抹殺部隊を国境に集めている。」

彼は木々の中へ数歩進め、振り返った。
「インサージェンシーの為に。」

「インサージェンシーの為に。」
カルヴィンは応じた。

男は木々の中へ消え、3人はジープに乗り込んだ。また近くで爆弾が落とされ、駐車場から飛び出て土の道へと乗り込み、北に向かって暗い森の中を走っていった。




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