ファイブ
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過去

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3人は小さくこ汚いモーテルの部屋で窮屈な思いをしていた──アダムは隅で無政府ブログをぼんやりと読み込み、オリヴィアはベッドの上で髪を乾かし、カルヴィンは窓辺に座って下の暗い道路を車が通るのを眺め、アンソニーは別のベッドでサンドイッチを食べてのんびりしていた。テレビはついていたが、誰1人としてそれを観ていなかった。事あるごとに通路で誰かの足音がして、すると全員が行動を止めて部屋の隅へと隠れた。そんな行動を繰り返した後、ついにアダムが沈黙を破った。

「ねえアンソニー、」
彼はラップトップを閉じて足を上げながら尋ねた。
「あんたは財団からの離反の時から生きてるんだよね。」

アンソニーは応じるように唸った。

「第一、その話からしてイカれてるよね。次に、そもそもどうして離反が起こったのさ?」

老人はサンドイッチをかじるのをやめ、飲み込んだ。
「理想論的な屁理屈さ。」

カルヴィンは目を見開き、アダムは口をとがらせた。
「いや、マジでさ、」
アダムは返した。
「財団ってそうめちゃくちゃ昔からあるわけじゃないよね。そんな短期間でそんな軋轢が起こるなんて、何があったの?」

アンソニーはサンドイッチをベッド横のテーブル置いた。
「財団のもたらすものに関して、最初から明確な意見の相違があったんだ。当時、俺たちにはある宿敵がいた──俺たちはそれを『アバドン』と呼んだ。俺たちはそのアバドンが邪悪で危険な現実改変者集団であると知らされ、それが俺たちの倉庫を襲撃し超常物品を略奪していると言われていた。アバドンの脅威が日々俺たちに近づくことによって、ただアノマリーを研究し、収容するだけに集中することができなくなった──ある時、自分たちの身を守ることを意識するようになった。すなわち、限界を超えることだ。」

彼はテーブルに置かれた缶からひと口飲んだ。
「俺たちはそこで究極兵器eigenweaponを造る計画を立てた。アバドンに終止符を打つ手段をな。フェリックス・カーター…13番目の監督者こそがこの神秘の研究の担当者で、開発した儀式によって未曾有の力を『言霊』に縛り付けた──思考するだけで宇宙から瞬時に存在を消しされる言霊だ。俺たちは──」

そこでアンソニーは一度言葉を止めた。ドアの外を足音が通り過ぎ、少しだけ何やら躊躇った後に通り過ぎた。

「とんでもないことをやらかした。」
彼は続けた。
「あの兵器の開発の最中、あまりにひどい悪行をやらかした。俺はあれほどまでに完璧な武器を造るために仕出かした以上に重い罪はないと確信してる。そして監督者が死神と契約したのも、やがて落ちるだろう地獄の業火を逃れるためであると半ば確信している。」
彼はまた言葉を止め、飲み物を口にした。
「いずれにしろ、俺たちはすっかりしてやられたってわけだ。アバドンなんてのは『管理人』が、最初のアノマリーを創るために語られた言い訳にすぎなかった。俺たちがあの団体を作る以前は存在しなかった何かにカタチを与えるためのな。俺たちは任務を遂行した、しかし代償は大きすぎた。離反はその後に起こった2つの根強い派閥問題の結果だ──あの兵器を造ることを総合的善だったと信じるものと、総合的悪だったと信じるものだ。残ることを決めたものはその結末を自分らの所業が正当であったと証明していると考え、あの兵器を造ったことで世界がより平和になったと信じている。俺や他の連中は言葉にするのも憚られるようなことを仕出かしたとたしかに信じ、財団を残すわけにはいかないと信じた。あれはもう、芯から腐り果てていた。」

アダムは話の内容をしばし噛み砕いた。
「兵器はその後、どうなったの?」

「埋めたとよ、」
アンソニーは躊躇いなく返答した。
「例の『言霊』以外じゃ起動できねぇ。それを知る唯一の人間は俺たちとともに離反した。アーロン・シーガル、すなわち『エンジニア』、そして現在の第1の監督者。連中はそれをもう使えないと知るや否やその中の重要なパーツをバラバラにして起動を妨げた。奴が二度と使えないように──『言霊』も、ほかの手段でも。」

「じゃあなにが離反を起こしたの?」
オリヴィアはフェイスタオルで顔を拭いながら聞いた。
「どうしてアーロン・シーガルは財団に戻ったの?」

「傲慢と色欲の末さ、」
彼は唾棄した。
「連中が都合の良い条件を差し出してやったらあっさり電話を取りやがった。」

彼は薄っぺらで汚れた枕にもたれかかった。
「離反の時、アーロン・シーガルは『管理人』を殺した。それが財団を終止符を打つとばかり思ってな。だが『管理人』は所詮いち人間でしかなく、財団は今より遥かに分権的だった。今と昔の違いは単に規模だ。今の財団は自己認識できていて、その芯は細い血管の寄り集まりではなく、血の通った脈打つ心臓だ。管理官どもには権力やなにやらがあるが、真の権力はあくまでも監督者が握る。それがいなくなれば、財団は頭を失くした蛇同然だ。」

タバコを1本取り出し、火を灯した。カルヴィンは応じるようにもう少し窓を開けて何か視線をやった。

「そしてなによりも、」
彼は続けた。
「お前らも、全ての財団サイトや倉庫が核兵器の上に建っていることは知っているだろうよ──何かまずいことが起きた時の最終手段だ。全てのサイトにあるわけじゃねえが、大半にはある。サイト-01のどっかに、監督者がたった1人になるような異常事態時に、その全ての爆弾を起動させるようなシステムが組まれている。そこにたどり着いてアーロン・シーガルを殺したら、全てを破壊するためにソイツを使えるかもしれん──サイトも、アノマリーも、全部な。その後まだやることはあるが、勝機はある。」

カルヴィンは彼を視界の端で捉えていた。
「どうしてその存在を知っている?」

「造ったのは俺だ、」
アンソニーは答えた。
「当時は核兵器なんて持ってなかったが、理屈は同じだ。奴のデスクの下からそのまんまできるぜ。ボタン1個で、ボン、だ──全部無くなる。」
彼はサンドイッチをまた手にとって頷いた。
「それが俺たちの切り口。俺たちのやり方だ。」


現在

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カルヴィンは銃を抜いて、ハンヴィーから2歩離れた距離で止まっていた。オリヴィアは彼の背後近くに立ったが、道路の真ん中に立つ男は動かなかった。彼は両手をあげ、軽く振った。

「ほら、ご覧?」
彼は手の甲も見せた。
「銃はなし。暴力目的で来たのじゃないよ。」

「あんたは?」
カルヴィンは尋ねた。

男は深く、弧を描くようにお辞儀した。彼はややセムシのようで、背を曲げた時に背骨のズレが見て取れた。

「私はモーティマー・J・デニング・フォン・クロネッカー。」
彼は体を起こしつつ言った。
「次の監督者さ。5番目だよ、ご存知の通りね。」
そして3人に向けて肘で小突くような仕草をした。
「君たちが数字順通りに来ているのには気づいてたよ。ユニークとは言えない手法だが、流れとしては辻褄が合うものだ。」

オリヴィエは片眉をあげた。
貴方が『黒歌鳥』?」

男は遠慮するようなジェスチャーを見せた。
「おおっとやめておくれ、『黒歌鳥』は業務上の名前だ。私は仕事でここにいるんじゃあない、ただ、まあ──」
彼は2人に視線をやった。
「──君たちは仕事で来ているようだがね?」

カルヴィンは発砲するつもりで銃を構えたが、躊躇した。
「何のためにここにきた?」

「私かい?」
モーティマーは口元に手を当てた。
「やあやあ、私は君たちに会いに来たのだよ!私はこれまで素晴らしいものを見てきた──たくさんの素晴らしいものを見てきた、今まで聞いてきたことの半分を信じてくれるならね。だが誰かが、あらゆる手で8人も監督者を殺害してきたなどというのは初めてだよ。」
彼は腕を組んで頷いた。
「うむ、お見事。今まで誰にも果たされなかった、監督者自身にもね!」

「私たちがここにいる理由を知っているなら、どうしてわざわざ会いにきたの?」
オリヴィアは尋ねた。
「私たちはあなたを殺すつもりよ。」

男は笑った。
「ああ、うむ、知っているとも。だがね、お互い不幸なことに、私を殺すということはちょっと難しいのだよ、あの尖塔でフェリックスとキャッキャした後にもね。」
彼はカルヴィンにジェスチャーを向けた。
「ほら、見せてあげよう。こうすればもうちょっとはっきりするだろう。撃ちなさい。」
彼は自分の額をトントンと指し示した。
「ここだよ、可能なら眉間のど真ん中を狙いなさい。」

カルヴィンはまた銃をあげたが、止まった。オリヴィアを見返したが、彼女もまた曖昧な顔を向けた。するとモーティマーは呆れたように天を仰いで袖の下からナイフを取り出した。

「あーハイハイ、」
彼は呟いた。
「こういう手法もあるな。」

左手でナイフを持ち、右手で柄の尻を押さえると、モーティマーは刃を顎の下から頭に突き立てた。血が地面に飛び散り、彼は即座に眼球を転がして泡立つような喘鳴をあげた。右手でもう1撃押し込み、ナイフの尻が完全に彼の頭蓋にすっぽりおさまった。彼は後ろによろめき、倒れた。

3人は衝撃のあまり男の転がる死体を凝視した。

「なに、今の?」
アダムが2人の背後から漏らした。

すると突然、 目の前の道路が暗い紫色の光に輝いた。それは二度明滅し、パチンという音とともに独特のオゾン臭がすると、『黒歌鳥』は再び彼らの前に、無傷で現れた。彼はマジックを演じたかのように両手を突き出し、そして転がる死体を指し示した。

「ね?」
彼は言った。
「じゃんじゃじゃーん、新品ホヤホヤさ!」

「異常性持ちね、」
オリヴィアが言った。

モーティマーは頷いた。
「だがまあ、むしろそうでない者なんて居るかい?」
彼は顎に指を当てた。
「いやね、最近になって考えるようになったのだが『グリーン』は違ったかもしれないな。彼女はきっとそのことをすごく気にしていたんだろう、ね?あのようにさまざまな策謀を巡らせて──」
彼は派手な身振りをした。
「きっとその方がずっと簡単だったんだろう、特に彼女に私のような真似ができないとしたらね。」

「あんたにはどんなことができるんだ?」
カルヴィンは銃を下げつつ言った。

監督者は指をあげた。
「ああ、いい質問だね!その説明にはちょうど良い方法がある──私の由来だ。」
彼は背を向けて歩き出し、途中で止まると3人に振り返って付いてくるように手を振った。
「ほら、おいで。荷物は置いていっていいよ、どうせしばらく誰も追っては来ないのだから。」

3人はしばし悩んだが、躊躇いがちに男の後ろをついていった。1歩進むごとに、空模様が変化していることに気づいた。さっきまで夜だったが、今や深く濃い紫色が、どこか遠くの光で時折波打つ様に変わっていった。地形も同じく変化した──山へと続く丘は消え失せ、代わりに知らない街の石畳の道を歩いていた。空はまた変わり、紫色から陰気な灰色へと変化した。うっすらを雨が降り、背後から冷気が漂ってきた。

「ここが…」
モーティマーは3人に振り返りながら言った。
「私の故郷──まあ、私の由来だ。私はこのロンドンの街で生まれた。このロンドンは、250万人の住まうこの街は、世界で最後の場所だ。大したものじゃあないか?」

三人は無言で圧倒され、辺りを見回した。何か暗く巨大なものが頭上を通り過ぎ、一瞬だけ暗闇に飲まれた。

「なにが起こったんだ?」
アダムは尋ねた。

監督者は肩を竦めた。
「『黒死病』をご存知かな?教科書だのなんだので読んだことはあるだろう──君たちの世界史で起こった大規模な悲劇だ。まあ、この世界において黒死病はかなりの大打撃になったわけだ。どこぞの男がその佳境で覚醒し、周囲に救済を見つけたと言って回った。想像するように、人々は彼の提案を喉から手が出るほど渇望していた。問題は、彼の癒すものがペストじゃなかったということかな。」
彼は眉を揺らした。
「意味はわかるかな。」

彼はどんよりとした道路を見渡した。遠くで、馬が荷車を引いていた──馬はほぼ骸骨に等しかった。

「君たちの世界──君たちの生まれた世界で、この実体は存在している。実を言うと、我々は収容したのだよ…どこかの収容室に入っているよ。彼はこことはだいぶ異なる。こっちの彼をどうこうできる可能性はほぼないと私は思うよ。」
彼は一拍置いた。
「いずれにせよ、世界中で次から次へと街が陥落していった。しかしロンドンは別だ。先人たちは頑丈な壁と堅牢な防護を建てた。かつては仲間たちもいた──パリ、ミュンヘン、ローマなどね。ずっと遠い昔の話だ。やがて、ゆっくり、それらも沈黙していった。残されたのはロンドンのみだ。」

彼はまた歩き出し、三人はついていった。彼は道を進んでいき、やがて自分たち以外誰もいない広い大通りへと出た。

「さて、私に『できる』ことだがね、君は今ここで一端を体験している──現実同士を行ったり来たりするというのは、便利でわかりやすいだろう?だがそこから先に進む前に、これから君たちの行く末を考慮する必要がある。」

彼は空を指差しながら、目を閉じた。
「君たちは私の良き友人だった『会計士』と会ったね。彼は統計について卓越した男だった、そして彼が未来視できると信じる者が幾人かいた。だが実質的には視えていなかった…私も実質的には視えない。だが、私は彼の1歩先を行く。よく言うだろう、宇宙は無限に分岐しているって。そして素人にとってそれはほぼ真実に等しい。しかしそれは正確はない。この世全てのものには必ず終わりがある──限界数とでも呼べばいいか。この世界には限りある分子と限りある反応で構成されている。君たち普通の人たちにはあたかも無限に見えるが、私はそのバリエーションが見えているのだよ──1つ1つ、全てね。それよりも数があると言うのなら、どの宇宙でそれが起こりうるのかも私にはわかるのだ。」

彼はまた立ち止まった。
「さて想像してみてほしい。君は幼いモーティマー・J・デニング・フォン・クロネッカー少年で、世界の果てのクソじみた島のクソじみた街で暮らしている。空はいつも灰色で、空気は毒に満ち、壁の外の溝の更に向こうでは、鼓動のうちに君を殺す悪夢が犇めいている。ある日君は夢を見る──自分の世界とよく似た世界、ただちょっとだけ違う。そこは光に満ちている。喜びに満ちている。差し迫る死の確率はより小さい。それが見えるのだ、昼の光のようにはっきりと。そしてある日、君はそんな世界から呼び声を聞く──そしてそれは紛れもなく自分自身の声なんだ。君ではないのが、それはなのだ。」

彼は振り返った。
「私はその声を聞き、私のものでない世界に始めの一歩を踏み出した。ここは、このロンドンは、死に行く世界の1つなのだ。もしこれがあと6ヶ月保ったなら、それは奇跡だろう。私にはもはや家族はいないし、友達もいない。幻聴を聞く汚らしい孤児なんて誰もいらないからね。」
彼は肩を上げた。
「だから去ったのだ。」

「ちょっと待って、」
オリヴィアはこめかみを押さえながら言った。
「つまり、あなたには並行世界が見えるということ?」

モーティマーは考え込むように、彼女を興味深そうに見つめた。
「うーん…違うね。私はこの目を開いてその世界を視られるわけじゃあない。それよりも、こうね…聴こえるんだ。」

彼はまた歩き出した。無人の肉屋、無人の銀行、無人のアパートメントを過ぎた。

「私が自分の声を聞いた、と言ったね?」
彼は言った。
「それは本当だ。私がそこを通った時、私はもう1人の私を見つけ、さらに別の私をお互い見つけた。私たちはずっとお互いと巡り合い続け、やがてそれ以上の私と出逢わなくなると、なんというか…1つになったのだ。統合、とでも言おうか?ここにはまだたくさんの私がいるのだ。」
彼は頭をトントンと指で叩いた。
「しかし今やみな同じ言葉を使う。これはなかなか便利でね、万が一私の1人が死んだとしても、次の私がそれを取り外して自分を維持するのだ。意味、伝わるかな?玉ねぎのようなものさ。1枚剥いで、その下にはテカテカの玉ねぎがまだある感じだよ。」
彼は顎をさすった。
「どこかで聞いた話な気がするね。」

「まだわからないわ、」
オリヴィアはまた言った。
「もしあなたが最早ひとところにあるのなら、どうやって他の次元の音を聴くの?」

「現実だね、」
彼は指を立てて言った。」
「次元はちょっと違う、私はそれには関わらない。そいつはもうちょっと複雑でね、ただ案外機能するものなんだ。私の旅の中で、私とよく似た人と出会ったんだ。私ほど整理整頓が得意な子ではなかったが、それでも彼女は異世界にいる自分自身を聴くことができたんだ。名前はアリソン。財団の古参の上級メンバーの娘だ。彼女と、その…姉妹ら?正確じゃないな。彼女と別バージョンの彼女らは私に取引を持ちかけた。彼女がなにかしら『筋力』がいる時は私が手伝い、彼女は…全現実で起こっている全てを私に知らせてくれる。わかるかな?」

カルヴィンは歩みを止めた。
「それで?どうして俺たちを連れてきた。何が目的だ?」

モーティマーは立ち止まり、振り返った。彼は笑顔を浮かべていたが、どことなく悲しげな雰囲気があった。

「君たちが何を目指しているのかは知っている、」
彼は言った。
「そして同情するよ、本当さ。君たちが断固としてその任務を果たしたいことは知っているし、私がそれを曲げるだけの言葉を言えないともわかっている──それでいいのだ。肝心なのは、君たちこそが正しいかはわからないし、君たちのその聖戦によって大局が変わるかもわからないということだ。なんとなく想像はできるが、わからない。念のため、私はそれを妨げようとはしたい。なにせ君たちがその任務を遂行し、私がここにいる全てのとの繋がりを失ったなら、それは…、」
彼は少し沈黙した。
「何を引き起こすのか、わからない。正直ね。あまりいいこととは思わない。」

「だから君たちにプレゼントを与えよう!」
彼の笑顔は、3人の表情の変わりように少しだけ薄れた。
「おっとご安心を、これは他の者たちが君たちに持ちかけたものとはまったく異なるよ。特にそれが、そうだね、ヴァレリーとルーファスだったんだろう?あの2人は意地悪かったからね。」
彼は首を振った。
「彼らが君たちを説得するために恐ろしい手を用いたことは間違いないだろう。そしてその結果どうなったかね!しかし私は、それよりもずっと上手にできる。」

彼らは、無人の店の3つのドアの前に止まった。遠くで何か閃光が上がり、彼らは赤い光に照らされた。ドアに視線を戻すと、3人の男がドアの前に立っていた。それぞれが、各人とそっくりだった。

「君たちに出口を与えよう、」
モーティマーの声が、綺麗なユニゾンで語りかけた。
「『嘘使い』がしたような頭の中だけのものでなく、ましてやルーファスが持ちかけただろう、出口と嘯いて実は死出の道というような代物でもない。そうだ、これは本物だ。100%保証された出口だ。それを望むなら、全て君のものだ。私が書類を全部整えて実現してあげても良いが、望むならすぐそこにある。」

3人のそれぞれは横にずれ、今は開いたドアを見せつけた。1人、1つずつ。

「ここを通ったら、」
カルヴィンはゆっくり言った。
「なんだ、即座に殺されでもするか?これは冗談か何かか?」

モーティマーの表情は緩んだ。そこで彼は初めてむやみやたらににこやかな様子を崩した──今はどこか疲れて見えた。

「いいや、冗談ではない──そしてこれはインチキでもない。私はお互いの利になることを求めているだけだよ。」

彼らは互いを見渡し、1分ほどしてオリヴィアが肩を竦めた。

「というか、他にやることなんてあるかしら?」
彼女は言った。
「コイツを撃つくらいじゃない?」

カルヴィンとアダムは同意に頷き、3人はそれぞれのドアをくぐった。

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アダムは温かく照らされた部屋で、毛足の長いカーペットの上に立っていた。下階の道路で誰かがサクソフォーンで何か演奏しているのが聞こえた。小さな暖炉があり、炎が燃えていた。隣の部屋で誰かが料理をしており、いい香りが漂ってきた。アダムは部屋を観察して何か覚えのあるものを探ったが、特に何もなかった。

「すぐそこだよ、探しているならね。」
『黒歌鳥』が突然隣に現れて言った。
「あそこの角、ということね。パソコンを探しているのだろう?君がそれを全く手放さないことなら知っているよ。」

「なんだよ、これ?」
アダムは困惑した。
「ここはどこだ?」

「アメリカ合衆国、オレゴン州のポートランドだ。正確な住所は思い出せないな。実は君はここにいたことがある、幼い頃にね。君のご両親は、ここに安息を見出していたのだよ。」

アダムはまた部屋を見回した。
「うん、そうだよ。」
彼は頷いて答えた。
「あの山の町に移り住む前に、ここに住んでいたんだ。」

『黒歌鳥』は窓に歩み寄り、外を眺めた。アダムはまだ部屋を観察していた。
「どうしてここに?」

「なぜならこの世界において、君の安息は保証されたのだ。」
『黒歌鳥』は顔を上げずに言った。
「ここは君で育ち、ご両親もご兄弟も健在だ。今も全員生きているよ。ご両親はロサンゼルスに引っ越したが、どうやら君はここが好きだったらしい。此処こそが、君の家だったのだ。」

アダムは答えなかった。確かに自分の家のように思えた。分厚いカーペットとちょっとカビ臭いカーテンを覚えていた。小さなダサい暖炉ですら、子供心には嬉しかった。完璧だった、自分の記憶よりもさらに良い感じで、ただ──

「アダム、」
声がキッチンから呼びかけた。暗く、渋く──覚えのある声だ。アダムは心臓の鼓動がかすかに早まるのを感じ、部屋の中央に鎮座するソファに沿って数歩動いた。少し経って、カルヴィンの顔が角から覗いた。

「夕飯だぞ、」
彼は言い、片眉を上げて部屋を見渡した。
「誰と話していたんだ?」

アダムは動揺し、声が喉奥につっかかった。『黒歌鳥』に話を聞こうと振り向くと、男はまっすぐ、瞬きもせずに見つめていた。

「驚いたかい?」
監督者は聞いた。
「私からは隠れられないよ、アダム・イヴァノフ。」
彼は頭の横をトントンと叩いた。
「私にもちょっとした安息を求めた頃があった。人肌だ、わかるだろう。あの少女アリソンはかつてそこに価値があったが、君の趣味は私のそれよりもなかなか充足するものだと正直思うよ。」

アダムはカルヴィンに振り返ると、彼は動いていなかった。世界はシンとした。今立つリビングルームから、少年は小刻みに震えて心臓を抑えられないながらも、カルヴィンの指の1本に巻いた銀色を見つけることができた。顔に一気に血が迫り上がるのを感じた。

「ここには苦難がある、」
『黒歌鳥』は語った。彼は部屋の奥にある輝く紫色のドアへと向かっていった。
「君は苦難と面することになる、他の人々と同じようにね。しかしそれはチャンスであり、普通である。恐怖に震える必要なく過ごせる人生だ。君の人生だ、他の誰のものでもない。」

そしてカルヴィンは彼に向かって歩いてきた。アダムは動けなかった。カルヴィンの顔はストイックだったが、その目は心配に反した。彼は手を伸ばし、アダムの後頭部に優しく触れた。それは、温かかった。

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オリヴィアは1歩ドアを踏み出して、顔面に塩辛い水に勢いよくひっぱたかれた。横によろめき、目を開けると、もう少しで今立つ船から海に踏み出していたところだった。正しくは船ではなかった──今彼女の乗るものは、ヨットのようだった。頭上には青く雲ひとつない空が広がり、船を囲う海は穏やかだった。

デッキの中央に歩いて行くと、イーゼルが立てられ、その横にさまざまな画材をおさめたラックが置かれていた。前にいくと、それは目の前の地平線を描いた未完成の絵だった。絵の中の太陽は空に低く垂れ下がっていた。覗き込むと、太陽はゆっくりと動いており、地平線の中にゆっくりと沈んでいった。そのうち、完成された部分の絵は暗くなり、空は紫色と青色に満たされた。

1歩下がると、『黒歌鳥』が船の端で近くのビーチを眺めていた。

「ここはどこ?」
彼女は聞いた。

「君が望むどこか、だと思う。」
彼はヨットの手すりを指先でトントンと叩きつつ答えた。
「この世界で、この船は君のものだ。そこのイーゼルと絵の具もね。ここでは何も心配はいらない、ただイーゼルと海のことを気にすればいい。好きな時間、好きなだけね。」

オリヴィアは鼻を鳴らした。
「私がステキなボートと新品の絵の具で転ぶって言いたいの?」

『黒歌鳥』は彼女を見つめ返し、微笑んだ。
「いや、思わなかったよ。」

背後から足音がした。誰かが階段を登っている。振り返ると、男がデッキの下から姿を現した。浅黒く健康的な肌、太く編んだ長い髪。彼は白い短パンとわずかな小物だけを身につけていて、その隆々とした筋肉が美しくひふに浮き上がっていた。オリヴィアは彼を見て、息を飲んだ。

「テヴィン、」
彼女は、途切れ途切れに発した。
「どういう…どういうことなの?どうやって?」

世界は止まった。『黒歌鳥』は彼女の背後から歩み寄り、男をしばらく見つめた。

「君のことはずっと気になっていたよ、オリヴィア。君はそれだけの情熱を持ちながら、本当の気持ちを一度もあらわにしたことがないように思える。ありのままの、正直な気持ちをね。」
オリヴィアが彼を見ると、『黒歌鳥』は大きく笑った。
「ああ、私は長いこと君たちを観察してきた。この事態が遠からず訪れることは知っていた、だから関わってくるだろう人物に付箋をつけていたのだ。」

彼は階段から登り来る男を指し示した。
「これは…しかし、驚きだった。君がこのことを、たとえ最も信頼する人々にさえ、丁寧に隠し通してきたことは意外だったよ。だが、大いなるアイボリーに素晴らしきエボニーがいなくて何になる?」
彼は笑った。
「道理で名前がしっくりこないと思ったよ。ああ良いんだよ、私も人のことを言えないからね。」

『黒歌鳥』は海に視線を戻した。
「この世界では、この船も画材も君のものだ。そこのテヴィン・ラルドもね。財団が君たちアナーティストのコミュニティを襲撃することはなく、その追跡者を足止めするために君が描いた炎によって、彼がガラスに変えられる事故も起こらない。」
彼がオリヴィアを見返すと、彼女の顔は真っ白になっていた。
「そうだ、『全てを視る目』は細やかなものまで見逃さない、むろん君のことも見逃さなかった。さぞかし辛い思いをしただろうね、本当にね。君の苦痛はよくわかるよ──私も、過去にひどい選択をして望まない結末を迎え、一生ものの傷を抱えたことがある。」

かれはデッキチェアーに座り、コートの裏からグラスを取り出すと、同じくコートから取り出した水筒から液体を注いだ。彼はひと口飲んで息を吐き、椅子にもたれかかった。

「この世界ではね、オリヴィア。君はそんな惨い選択をする必要がない。事故なんて起こらない。君と彼は、この船で共に過ごし、好きなところへ旅立ち、好きなものを見てまわることが許されている。ここに君たちを遮る地平線などないのだよ。」

オリヴィアは顔を背けようとしたが、すでに涙が顔を流れ落ちていた。『黒歌鳥』はもうひと口飲んだ。

「それは、素晴らしいことだと思わないかい?」

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カルヴィン森の中にある草原に踏み出した。空気は澄み、昇る太陽の光を浴びた草の朝露がキラキラと光った。数歩進み、辺りを見回してからため息をついた。自分がどこにいるのか、すぐにわかった。

『黒歌鳥』が彼の隣に現れ、森の端に存在する小さな湖に伸びる緩やかな丘陵を見下ろした。2人はしばし、言葉を交わさなかった。

「こいつは変わったチョイスだな。」
カルヴィンはようやく言葉を発した。

『黒歌鳥』は彼を見るように横を向いた。
「どうしてそう思う?」

カルヴィンは肩を竦めた。
「ここには来たことがある。これからどうなるかは知っている。」

『黒歌鳥』は口を鳴らした。
「さて、そうではないよ。君は1つの視点でしかこれからの展開を知らない。あの日、この森で起こったことをね──」

カルヴィンは片眉をあげた。

「──しかし、この世界は…此処こそが、君の望む結末の世界だ。君が、君の母を救うチャンスを得られる場だ。」

幼いカルヴィンとその母親が木々の隙間から現れるのを見た。湖を通りがかる時、暗い水底から死体が浮き上がった。そしてまた1つ、また1つ、ついには水面をスライムのように何百もの死体が埋め尽くした。それらが浮き上がるごとに、カルヴィンの母は立ち止まり、踵を返し、湖に向かって歩き出した。幼いカルヴィンは彼女の隣で動けずにいた。

「君はこの時を待ちわびただろう、」
『黒歌鳥』は言葉を続けた。
「彼女のもとへ駆け寄り、止めることを待ちわびた筈だ。だが君はできなかった、なにせ君は小さな子供で、怖かったのだから。しかし、今なら、君は十分な時間を──」

彼は止まった。2人を見返すと、カルヴィンの目をじっと見つめていたのは、幼いカルヴィンだった。2人は互いを『自分』であると認識した視線を向け、今まで何があって、これから何が起こるのかを理解していることを確かめた。少年は母を見やり、そして木々へと視線を戻した。藪と生い茂る葉の中に立っていたのは、銀の筒を抱えたローブ姿の人影だった。カルヴィンは彼らのもとへ歩き出した。

『黒歌鳥』はその光景にたじろいだ。
まさか!?
彼の声は震えた。カルヴィンはその声色から不自然な気配を聞き取った。
君がこれを仕出かしたということか?」

カルヴィンは人影に手を伸ばし、銀筒を受け取った。人影は口元に指を1本立てた。

「これはあなたの思うようなものではありません、」
ソレは告げた。
「さあ、確かめなさい。」

カルヴィンは筒を開け、中身を手に出した。金属フレームの眼鏡で、金色の文字が刻まれていた。耳あて近くの裏には黒文字で名前が刻まれていた──『A. Bright』。カルヴィンが掲げると、昇る太陽の光を浴びて煌めいた。

何をしている!?」
『黒歌鳥』は草原の向こうから叫んだ。
「君はあらゆる努力を無駄にしているぞ!君ら全員に残るのは混乱と無力さだけだ。少なくともはその問題を解決しようと努めた。は救いの手を差し伸べた。は皆々を幸せにしたかった。たとえここでは果たせないとしてもだ。」

カルヴィンは静止した。
「あんたが俺にここを見せたんだろう?きっと2人にも似たようなものを見せつけたんだろうよ。何だ──理想の世界か何かか?」
彼は少し考えた。
「もしこれが俺の理想の世界なら、どうして俺は今幸せじゃない?」

『黒歌鳥』は鼻筋に親指を押し付けた。
「なぜならあの2人はまだ合理的に手に入るものを望んでいたからだ。一方で君は、より原始的な本能に従う凶悪なデマゴーグだ。2人は苦難を乗り越えてきた──全ての人間は苦難を乗り越えてくるのだから。君とその同族はただ財団に指を差して憎悪の矛先を作った。私はより良いものを君たちに与えたかった。だが君が望むのはただの殺戮だ、そしてほんのこの一瞬、たった今のこの場所のためだけに!」

彼は水面を指差した。
「見ろ!君の母はたった今、残酷な運命へと向かおうとしている。君の人生そのものが変わるんだ、こういったことに関わらないことを選べば、遥かに素晴らしいものになるんだ。君には選択肢を与えられ、それでもなお暴力を望むというわけだ。君は一体何になりたいんだ!」

カルヴィンはメガネを見下ろし、少し考えてそれをつけた。

「さてね、」
彼は答えた。
「で、あんたはどうなんだろうな?」

かすかに青みがかったレンズ越しに見上げると、青々とした草原と湖と森はまだそこにあった。しかし、『黒歌鳥』の代わりにそこにあったのは聳え立つ怪異──鳥を彷彿とさせる、死んだ目に悪臭放つ腐乱した肉の怪物だった。その薄く艶のない羽根の層の奥に、渦巻く無数の顔が絶叫し呪詛を吐き、今にも破裂しそうな器で押し合っていた。怪物がそのおぞましい嘴を開くと、『黒歌鳥』の声が無数の化身と重なり、悲愴と苦痛の不協和音を搔き鳴らしてこだまするのを聞いた。

「私は君に人生を与えようとした、」
怪物は言い放った。
「自由を与えようとした。君のを与えようとしたのだぞ。」

カルヴィンは首を振った。
「違う。あれは俺の母さんじゃない。」
彼は幼いカルヴィンを見下ろした。少年はじっと彼を見つめ返していた。
「彼女は彼のものだ。俺の母さんは、とっくの昔に死んだ。あんたのような超常存在のせいでな。」

「痴れ者が、」
『黒歌鳥』は鳴いた。
「もはや関係ない。君を幸せにする必要などない。君はもうここにいて、私がここにとどまる理由もない。」

空はまた紫色に変わり、カルヴィンはオゾン臭を感じた。背後の人影が、彼の肩に手を置いた。

「もう一度筒をひっくり返して、」
ソレは言った。
「早く。」

カルヴィンは言う通りにすると、中から長いファイバーグラスの釣竿が現れた。まばゆいピンク色で、横に「ワンダーテインメント博士の次元間釣竿」と書かれていた。そこにさらに別の物があり、カルヴィンはほくそ笑んだ。真っ白なウィッフル・ボールのバットで柄にはテープが貼られ、そこには「とりバイバイby dado」と黒マーカーで書かれていた。

彼は竿を片手に持って振りかぶると、それを『黒歌鳥』に向けて振った。先端から白く輝く線が草原を渡るように弧を描き、『黒歌鳥』の肉に沈んだ。線はピンと張り、カルヴィンは世界が紫色に融けて消える直前、湖のそばに立つ少年を一瞥した。

再び目を開けると、カルヴィンはボロボロの難破船に立っていた。その中央に大きな洞が空き、その下を覗き込むと何もみえなかった。少しすると、『黒歌鳥』が空から落ちてきて濡れた落下音とともに背後に船に衝突した。

「な──」
怪物はよろめきながらその翼と鉤爪で立ち上がりこぼした。
「なんだこれは?どこにいる?ここに来る筈では──」

その言葉は遮られた。カルヴィンがウィッフルボールのバットを振って『黒歌鳥』の腐った顔面に叩きつけて、キャッシュレジスターの音を鳴らした。衝突部位の羽根が弾け、怪物は吼えて呻いた。背中に刺さった釣り竿に噛み付こうとしたが、その前にカルヴィンがまたバットを何度も振り、その都度『黒歌鳥』の肉体から翼と血肉をレジの音とともにまき散らした。

『黒歌鳥』は翼を広げて飛び立ち、カルヴィンは竿の先をしっかりと掴んで紫色の空に持ち上げられた。靄が消えるとそこには混乱の最中の建物があった──財団サイトのように見受けられた。収容違反を知らせる警告音が赤い光と共にけたたましく鳴り響き、2人のいる控室を満たした。たくさんの灰色の白衣を着込んだひとびとが通路のあちこちから湧き出て、その背後からは何かの咆哮がした。『黒歌鳥』はその音の方向を見つめるとその眼は大きく見開かれた。

「冗談だろう、」
そう呟いた。

通路から飛び出たのは、アダムの村にいたあの巨大な爬虫類的な怪物だった。ひと回りほどサイズは小さいが、全身を鋭い刃で覆っていた。少し違うとカルヴィンは思ったが、あまり関係はないだろう。怪獣は吠えて鳴き、体を逸らすとその背で男が叫んで高笑いをあげていた。

『黒歌鳥』がたじろぐ横で、カルヴィンはまた駆けてバットで殴り、続けざまに何度も打ちのめした。その都度にその背からさらに羽根が飛び散り、内に固められた無数の渦巻く魂どもが絶叫して蠢いた。爬虫類が無数の歯を剥き出しにこちらへ向かってくると、『黒歌鳥』は後ろにはばたいて揃って空隙に逃げ込んだ。

カルヴィンは砂利の上に投げ出され、そう遠くないところで『黒歌鳥』も同じく落ちる音がした。立ち上がると、かつては草原だったのだろうか、草木が死に絶えて久しいような場所にいた。事実、2人以外何一つとして生命が存在しないということに病的な驚きさえ覚えた。空は曇り、遠くでは嵐が吹き荒れ、しかしあらゆる鳥の、虫の、人の気配を知らせる音は1つとして聞こえなかった。

頭上にドローンが音を立てて飛んでいくのに意識を奪われた。かすかな風の音しか聞こえない静寂をモーターが切り裂いていった。視線を戻すと、『黒歌鳥』が迫り、その嘴を狂ったように鳴らしてカルヴィンの立っていた場所に突き立てた。横に転げ、釣竿をしっかり掴んでどうにか体を起こし、またバットを振り上げて『黒歌鳥』の嘴を横から殴りつけた。嘴はひび割れて怪物は悲鳴をあげたが、それでも引き下がらなかった──1発ごとに、カルヴィンに接近した。

すると地平線が眩く輝いた。2人は立ち止まって光を見て、遠く北のほうで大きなキノコ雲が生じ、火炎が天を貫いた。それが高まっていくのを見つめ、やがて灼熱と死の壁が迫り来た。『黒歌鳥』はまたしても2歩してカルヴィンをぶら下げたまま飛び立ち、2人は消えた。

即座には地に足がつかなかった。カルヴィンが必死に竿にしがみついていると、目の前でいくつもの風景が通り過ぎるのを見た。暗い施設の中で、3人の少女らが突如現れた2人の人影がそのまま消えるのをうつろな瞳で見つめていた。7つの月の輝く夜空と弧を描く黄金色の門を見た。雪に覆われた財団サイト──それは知らない場所だったが──で、無数の博士たちが流れているのを見た。劈くようなスピーチ、青い閃光がして、サイトは消えた。

それぞれの光景を通り過ぎるごとに、ふといくつかの顔が目につくようになった。最初は朧げで、新たな世界をよぎるごとにそれはハッキリとした。それはどんどん近づき、焦点も定まってきた。それは少女だった──毎回、ほんの少しだけ異なっていたが、みな同じ少女だった。彼女らは彼のことをじっと見つめ、毎度何かを言おうとしているかのように目を向けていた。そしてその1人が手をあげ、5本の指を立てた。次は4。そして3。2。1。

最後の少女が手を出し、カルヴィンも手を伸ばした。手が触れ、そして即座に紫色の靄は消えて2人は固いコンクリートの上に投げ出された。

最初にカルヴィンが気づいたのは、圧力だった。近くにあるなにかが大量に放出しており、呼吸すらも意識しなければならないほどだった。立ち上がって辺りを見回すと、その原因を見つけた──巨大な、非常に複雑な機械だ。いくつもの同心のリングが連なり、その内側では多量の塵芥が暗く渦巻いていた。顔を上げると、自分たちが先の見えないシャフトの底にいるのだとわかった。壁は機械やパネル、ホースや金具、眩めくような高みへと伸びる光の束に覆われていた。

そして『黒歌鳥』が、中央の機械の山の前から立ち上がり、その翼を広げて激しく絶叫するのが見えた。その眼は下に向くと、この空間に存在する唯一の第三者、その黒髪に、黒い冠を彫り込んだ銀色のサークレットをつけた細身の少女へと向いた。怪物が声を投げかけると、その子は控えめに1歩下がった。

「アリソン?」
怪物は言った。その両眼では憤怒が燃え盛っていた。
「何をしている?どうして君がここにいる?」

「もう十分よ、モート。」
彼女は叫んだ。その声は、彼らの前に佇む巨大な機械の騒音の中で辛うじて聞き取れるものだった。
「こんなの間違っている。何ひとつとして正しくないわ。」

『黒歌鳥』は唸り、叫んだ。
「何を言っている、『正しくない』とはどういうことだ?どうして君たち全員わからないんだ?私は君たちに望むものをいくらでも与えられるのだ。価値ある人生、価値ある死、その合間にあるものさえも。君はにもなれるのだよ、アリソン!」

彼女は首を振った。
「違う。違うわ、それは自然じゃない。もうこんなこと続けられない。」

『黒歌鳥』は彼女に迫った。
「自然だと?死は自然だ、苦痛は自然だ。私が与えるのは自由だ──恐怖でない存在だ。他に何を求めるというのだ?」

彼女は応じなかった。巨大な怪物は大声で鳴き、彼女に向けて翼を羽ばたかせた。

「すまない、アリソン。」
それは言った。その声は、冷たく、平坦だった。
「だが、君には他に選択肢がないようだ。私こそが黒の王だ。君は私を止められないぞ。」

「ええ、できないわ。」
彼女は答えた。その手は、近くのパネルに降りた。
「でも、『彼』ならできる。」

彼女はキーを回し、太く黒いハンドルを引くと、周囲の光は赤く変わり共鳴するように点滅した。『黒歌鳥』の背後で巨大な機械が展開し、リングは後ろに下がり、その内に閉じ込めていた凄まじい圧力を室内に解き放った。『黒歌鳥』はじっとして笑った。

「本気かい、アリソン?君は何を学んできた?ここには無限の私がいる…私の1人を殺したところで、何にもならないよ。」

カルヴィンは少女の背後に回り、バットを手に握った。その先端で自分の靴をちょんちょんと叩いた。

「無限じゃないね、」
彼は言った。
「明確にはな。」

駆け出し、カルヴィンは部屋を突っ切り『黒歌鳥』のど真ん中を狙い澄まし、必殺の一撃を食らわせた。明瞭な、『ボキリ』という音が響いた。怪物は喘いで軋み、背後の渦巻く塵芥の中へとよろめき落ちた。それは鉤爪で機械の端に掴まり、金属を歪ませた。足元の地面が揺れて躍りだし、シャフトの鋼の壁がうめき出した。

そして、柔らかな風のなびきとともに、塵の雲は消えた。そこにあったのは、真っ黒で動かぬ人型の存在だ。空気はいっそう歪み、塵の渦巻いていたそこは赤く光り始めた。金具の軋みと大地の悲鳴は失せ、機械の中の人影はかおをあげた。アリソンはカルヴィンの腕を掴み、彼を台の後ろに下げた。

部屋は振動し始め、その音の中でカルヴィンは声を聞いた。甲高い、金属的な声が、空気の中を反響した。

監督者…
声は言った。
汝が…監督者か?

「そうだ!」
『黒歌鳥』は叫んだ。
「私を解放しろ!」

人影は展開し、空中に浮き上がった。今はまっすぐ立ち上がっていた。

罪…数えきれぬ罪。

「何の罪だ?」
『黒歌鳥』は喚き続けた。
「私のしてきたことは、自由の提供だ!その道を与えただけだ!」

影は、開いた手を伸ばした。

ちがう、
それは言った。
これこそが、道だ。

それは手を閉じると、『黒歌鳥』は下がった。また空気が流れ、カルヴィンは自身の胸腔から空気を吸い出されるように感じた。台に寄りかかり、ちょうど『黒歌鳥』が過熱した点に吸われ、シュウシュウと焼き消える様を目撃した。部屋は激しく振動し、アリソンは台に身を乗り出してハンドルをまた引いた。するとライトがまた点滅し、機械がまた巻いた。しばらく2人は台の裏に隠れたままでいると、空気は落ち着き轟音は止んだ。

カルヴィンは深く息を吸い、咳き込んだ。
「何だ…何だったんだ今のは?」

アリソンと呼ばれた少女は恐る恐る立ち上がった。彼女はカルヴィンに手を差し出し、カルヴィンも同じくした。

「アレは最高峰に近しい存在の1つ、」
彼女は首をさすりながら答えた。
「アレを見つけるのに結構な時間がかかった、けどもう長い間探してきたわ。ここはそんなものが存在しうる唯一の現実だから、貴方に来てもらう必要があった。」
彼女は首を鳴らした。
「お手数ごめんなさいね。」

カルヴィンはゆっくり頷いた。
「君は、誰だ?」

彼女は微笑んだ。
「私の名はアリソン。財団は私に、私たちにまた違う名をくれたけど、ここともあちらとも違う。私たちは貴方たちが何をしているかを悟って、彼の齎してきた被害を修復する機会だと察したの」

カルヴィンは首を傾げた。
「被害?」

彼女は手首をさすった。
「『黒歌鳥』が私たちを見つけた時、私たちは彼に同族意識のようなものを持ったわ。彼は──」
彼女は言葉を躊躇した。
「彼が悪だったとは思わない、でも、モーティマーは無数に重なりすぎてもう誰なのかわからなくなっていた。彼は邪道を理解したと私は思う、けれどそれを回避する自身の力を持ちながらそれを気にかけなかった。きっと彼は自身の存在を楽しみすぎたのよ。」

カルヴィンは頷いて、また後ろで唸る機械に目をやった。
「どうやって帰ればいいのかわからないんだが。」

アリソンは地面に落ちた釣竿を指し示した。
「それを投げれば、きっと次の黒の女王が貴方を引き上げてくれるわよ。」

彼は難しい顔をした。
「君はさっき財団と言ったな。この世界でも存在するのか?監督者らについて、何か知らないか?」

彼女は笑った。
「したよ。監督者も、昔はいた。でもこの機械は──」
彼女は機械を見やった。
「──これがずっと昔に、みんな殺してしまった。ここにはもう誰もいない。私だけよ。そしてこの機械が動き続けるのを私は見守るだけ。」

カルヴィンは再度頷いて、釣竿を持ち上げた。彼は少女に背を向けて、少し止まった。

「奴が彼らに何を見せたのか、知っているか?」
彼は尋ねた。
「俺と一緒にいた2人。」

アリソンは顔を歪めた。
「ええ、知っている。」

「何だった?」

彼女は首を振った。
「それは言えない…ただ、彼らを今いる場所から引きずり出すことは、正直むごいことだと思うわ。」

カルヴィンは応じなかった。代わりに彼は竿を振り上げ、空へと投げかけた。それは何か頭上に引っかかり、空はまた紫色に染まった。

— - —

3人は小さな空港のターマックに立っており、その前に1便の飛行機が停まった。停止したそこから階段が降りてくると、シルヴェスター・スローンが現れた。

スローンは3人をゆっくりと見遣った。確認を終えると大きく咳払いをした。

「3人ともひっでぇツラしてんな。」
彼は言った。

まったく言う通りだった。アダムは居心地悪げに2人から離れて立ち、その目はどんよりと影を差して肩は落ちていた。暖かい風が背後の悪地から吹きこんでいるのに、体がブルブル震えていた。オリヴィアは紙のように真っ白だった──目の周りの皮膚は引きつり、呼吸は浅かった。カルヴィンはそんな2人の前に立っていた──手は包帯まみれ、首と顔面に幾つもの痣を作っていた。折れた釣竿が手に握られていた──オリヴィアの目が時折それに降りて、彼女の呼吸はまた浅くなった。

カルヴィンは素っ気なく頷いた。スローンは複雑な顔をして、他に言葉なく3人を機内へと案内した。少しして、飛行機に乗って全員いなくなった。


何処か

— - —

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アーロン・シーガルはエレベーターの中に立っていた。静かに素早く、施設に空いた穴の先、赤い液体に満ちた浅いプールへと伸びた長いシャフトを降りていった。エレベーターは止まり、彼は現れたプラットホームに踏み出した。プールの中に沈む人影を見下ろし、コントロールパネルへと向かった。

パネルにキーワードを入れ、足元の赤い液体が流れ出た。暗闇に佇む4つの人影を長いアームが持ち上げ、作業を進める中で静かに駆動音を鳴らした。金属板、長いワイヤーやパイプ、装備品のラックを人影らに運ぶと、彼らが静かに悶える横で過熱した金属の筋が走った。アーロンはそのプロセスを終始眺め、4人の影がプラットホームに挙げられ、排出された。

「聞こえるか。」
アーロンは言った。

手前の人影──柔軟な鎧を身につけた禿頭の男だ──は答えた。
「聞こえる。」

「3人のインサージェンシーのエージェントが、強力で重要なアーティファクトに手をかけた。」
アーロンは口早に説明した。
「奴らはすでに7人の監督者らを殺害している。私自身、『ナザレ人』、そして『少年』は守護されている。『大使』は行方不明だ…おそらく次の標的は彼だろう。」
彼はコントロールパネルに何かを打ち込んだ。
「これらが最後に彼の確認された地点だ。」

「任務は?」
別の人影が発言した。こちらは小さく華奢だ──明らかに女性で、髪は短く切りそろえられていた。

「3人を見つけろ。」
アーロンは言った。
「可能なら、連れてきてくれ。抵抗するなら殺せ。彼らは2つの非常に重要なアーティファクトを手にしている──手帳と槍だ。この2つの品を持ってきてくれ。」

彼は肩口から背後を見た。そこにスクリーンがあった──黒い画面に、暗灰色の円に3つの矢が赤く点滅する光を中心にゆっくり回っていた。アーロンがそれを見とめると、赤い光は一層眩く光った。

「彼らに見せておくれ、」
彼はかすれた声で言った。
「彼がどこにいるのかを示してやっておくれ。見つけておくれ。」

赤い光は2度点滅すると消えた。彼はまた目の前の人影に向き直った。

「いけ、イラントゥ、ムンルゥ、ナンクゥ、オンルゥ、」
彼は告げた。
「インサージェントを探せ。槍を回収しろ。俺のレッド・ライト・ハンドとなってくれ。」




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